起業のススメ
「株式会社テンクー」研究成果より価値を届けたい。東大助教から起業
「社会の役に立つ価値を世界に届けたい」との思いで起業したのはテンクーの西村邦裕社長。約30億文字の遺伝子情報(ヒトゲノム)の解析サービスを手掛ける。ヒトゲノムはシーケンサーと呼ばれる読み取り装置で数ギガバイトの遺伝子情報を出力し、研究者や医師が分析可能なデータに解析する必要がある。
西村は「従来2日間かかっていたものを数時間で解析できます」と胸を張る。研究者が作ったオープンソースのソフトウェアもあるが、「20~30種のソフトを組み合わせ使う必要があり、データの処理が大変」だった。
ヒトゲノム解析で期待されているのが、ガン治療などのテーラーメード医療(個別化医療)だ。1人ひとりのガン細胞遺伝子を解析して、その人に合った効果的な薬剤や治療法を選択できる。病名がついていない希少疾患の原因解明や治療、創薬にも応用が期待されており、遺伝子医療を支えている。
「可視化」に興味
西村は1997年に東京大理科1類に入学。「工学や技術を使ったモノづくりで世界を舞台にしたい」との思いで工学部機械情報工学科に進学した。在学中、「コンピュータを使ったモノづくりができないか」と考え、バーチャル・リアリティ(VR、人工現実感)を学ぶ。VRの中でも、ゲームなどの「仮想現実」ではなく、視覚的に分かりやすく説明できる「可視化」の技術に興味を持った。
一方、ヒトゲノムのドラフト配列解読のニュースを聞いて、解読の進み具合に驚いた。以前から生物にも少なからず興味を持っていたが、「解読が一気に進んでいる」と感じた。同大の大学院生や研究者向けのゲノムを専門とする研究室に出入りし、ミーティングや合宿に参加し、知識を深めた。
ゲノムに触れる中で、VRの「可視化」技術を使えば、研究者が複雑なゲノムを分かりやすく理解できると考えた。「百聞は一見にしかず」である。元来、西村には「物事を分かりやすくしたい」という考えがあり、以後11年に渡ってVRとゲノムを研究する。
東大の助教となり、VR技術を用いたプロジェクトを手掛けた。それが「デジタル パブリック アートin羽田空港」だ。2009年10月から4カ間、ロビーの天井にLEDを4000個取り付けて星空を再現するなど、羽田空港内にVR空間を取り入れた。実際の飛行機が離陸すると、飛行機のシルエットがLEDで光る演出も加えた。
このほかIC乗車券の履歴をもとに、自分がどの駅から乗ってきたかをLEDで表示する電光板などを設置した。「大学の研究を社会に還元して、公共の場で多くの人に体験してもらう」ことが狙いだ。
評判は良かったが、所詮は期間限定のイベントであり、西村は展示期間の短さが気になった。「大学は永続性を担保しません。論文を書くために実証できればいいだけだから。それだったら、自分で作った方が良い」と感じた。翌春、東大助教の立場を捨てて、起業する。「もったいないと言う方もいましたが、迷いはなかったです。何とでもなると思っていました」。2011年2月末に大学へ辞職届けを出し、3月末に退職、4月1日に自費で会社を設立した。
大震災でも焦らず
だが、会社設立前に試練が訪れる。「3.11」の東日本大震災だ。数社と建物の表面や壁面に映像を映すプロジェクション・マッピングなどVRを使った仕事の話があったが、すべて白紙に。計画停電と企業の節電が始まり、VRに必要不可欠な電気が使えなくなったためだ。
この年は「論文をいっぱい読んだり、研究者としてやりたかったことをしていました」と焦らずに時機を待った。翌年5月、東京スカイツリーの開業に合わせて、東京スカイツリーの天望デッキから見渡せる景色をウェブで見られるサービス「スカイツリー ビュー ソラマド」を企画し、サービスを開始。「VRという枠組みで、サービス化」した事業だ。
12台の高解像度カメラで撮影した写真を1枚の画像に繋ぎ合わせ、360度の景色をパソコンやスマートフォンの画面で見ることができる。西村は1枚の画像に繋ぎ合わせる画像処理技術や配信システムを開発。ズームや方向を変えた際に滑らかに表示する点にこだわった。「病気の人や地方の人、カメラの撮影ポイントの把握などの利用があり、評判はよかった」。
焦点をゲノムに定める
2013年ごろから、現在の主力事業のゲノムやヘルスケアといった医療分野に進出する。「学生時代からの研究がそのまま仕事になっている得意分野」だ。ある医療機関には健康診断のデータからメタボリック症候群になりやすい人を抽出、可視化できるソフトや患者データベースシステムなどを販売した。
変わったところでは、京都大学の山中伸弥教授のiPS細胞研究所に実験装置の稼働状況を管理するシステムを納入した。「医師や研究者などからの相談が多く、情報とゲノムやヘルスケア(健康管理)などメディカルを組み合わせたニーズが出てきました。時代の流れ」と背景を説明する。
ゲノム解析では既に同社開発の「クロビス」のサービスの一部を東北大学の東北メディカル・メガバンク機構に納入。ゲノムの解析ソフトは学生時代から作っていたが、一から作り直した。改良を重ね、現在、ほぼ全サービスを提供できる状態だ。ゲノム解析はシーケンサーの性能向上と低価格化で、取り出せる情報の質、量が年々向上している。「あと数年でゲノム医療の時代が到来すると思います」と利用者の増加を見込む。今まで「(資金と時間の)半分はクロビスの開発に費やしてきました。最終的に全世界に広めたい」と雌伏の時をへて、飛躍を目指す。
(敬称略)
東大が起業家教育をする「東京大学アントレプレナー道場」の1期生として昨秋、同道場の11期生に、ビジネスプランやプレゼン練習などのアドバイスをした。起業したい、と言われたら、「やってみたら」と言っている。何事もやってみないと分からないから。ただ、その前に「自分が世界で一番になれるものは何か」、「社会の中で自分の価値を一番発揮できるのはどこか」を考えるといい。発揮できる価値や場所がはっきりしないのなら、それがわかるまで積極的に行動してみることだ。
掲載日:2016年3月23日
企業データ
- 企業名
- 株式会社テンクー
- Webサイト
- 設立
- 2011年4月
- 法人番号
- 3010001139230
- 代表者
- 西村邦裕
- 所在地
- 東京都文京区本郷4-2-5
- 事業内容
- データ分析・データ可視化