生産性を考える-IoTとものづくり企業-
クラウド見積り作成支援システムで新会社設立「月井精密」
小惑星探査機「はやぶさ」に使用されるコンピューターボックスを製造するなど、精密機械部品の切削加工技術を得意とするメーカーだが、2004年4月に現社長が就任して以来、見積り作成業務へのIT・IoT活用を探求。大学と連携するなど模索した末に、クラウドコンピューティングを活用した見積り作成支援システム「Terminal(ターミナル)Q」の開発に成功、自社の見積り作成業務をはじめとする経営効率化に役立てるとともに、新会社を設立して主に中小製造業を会員とするワールドワイドな見積り作成支援サービスに乗り出している。
フェイスブックに近いシステム
「ミクシィやフェイスブックに非常に近いシステムです」。月井精密の名取磨一(なとり・きよかず)代表取締役社長(34)は、代表的なSNS(ソーシャルネットワークサービス)の名を挙げて、見積り作成支援システム「Terminal(ターミナル)Q」の仕組みを説明する。単に見積り作業を自動化できるだけでなく、登録企業同士で受発注できるという画期的な機能を持っているからだ。今後、認知度が上がるにつれて急速に普及し、日本の中小製造業の生産性を大きく向上させるコアシステムとなる可能性を秘めている。
「ターミナルQ」の基本的な機能は見積書の自動作成にある。見積り金額は「単価×時間」で計算するので、ユーザーは予め「旋盤」「塗装」など見積り金額に反映させる自社の各作業工程と作業者を自由に登録し、それぞれの工程と作業者ごとの時間当たりの単価を設定しておけばいい。顧客から送られてきた図面をパソコンやタブレット、スマートホンなどの画面に取り込み、その図面をもとに、材料や作業工程、機械、作業者などを画面上で選択していけば、自動で見積書が作成される。見積書の書式はもちろん社名やロゴマークなども予め自在に設定しておくことができる。
もう一つの機能がSNSだ。製造業には、1社だけでは顧客の注文通りの製品を仕上げることが難しい場合に、「転注」と言って、同業他社などにその製品の一部分の製作を発注するケースが往々にしてある。「ターミナルQ」はこの転注がスムーズにできるように工夫されているのだ。発注側の企業は、画面で「東京都」など地域と「メッキ」など業種を選択して検索すると、該当する企業がリストアップされるので、その企業名にリンクされているホームページで企業概要などをチェックしたうえで、転注先候補企業を選び、相手の画面に図面を送って見積りをとればいい。最大3社までの相見積りがとれる仕組みになっている。チャットの機能もついているので、発注側と受注側はこのシステムを通じて自在にやりとりできる。
そして3つ目の機能がデータベース化だ。「ターミナルQ」は見積書作成の過程で入力した数字や選択した工程、機械、作業者、発注先・受注先間のやりとり、顧客データなどのすべてがクラウドコンピューティングの環境下で保存されるので、それらのデータを使って各種の経営分析ができる。例えば「工数分析」。図面ごとに作業時間を入力しておけば、見積り時の予想作業時間との差異が月ごとに自動集計されるので、工程や作業者など社内の強みを分析することが可能だ。
名取社長は自社に導入した経験から、「とくに、これまであまり顧みなかった失注率を分析できるのが大きい」と語る。「ターミナルQ」に蓄積された見積りから統計データを自動集計するので、受注率や受注額の推移、顧客別の傾向などがひと目でわかるようになり、失注の要因も明らかになるのだ。
悪戦苦闘の経験を活かす
「技術力と見積り能力は会社経営の両輪。もっと言えば、技術力がなくても見積り能力がある会社は利益をだす」。名取社長は見積り作業は会社の根幹を支える重要な作業だと力説する。その背景には、自ら見積りに悪戦苦闘した経験がある。
名取社長は高校を卒業すると、大学教授の父親が進学を勧めるのを振り切って、祖父が創業した月井精密に入社した。ものづくりが好きで、高校生時代から工場にある機械の操作を覚え、身につけた技術をさらに磨きたいと考えたからだ。2004年4月に20歳の若さで祖父の跡を継いで社長に就くと、その直後に祖父が病気で倒れてしまった。
祖父が担当していた見積り作業を引き継がなければいけなくなったが、祖父の長年の現場経験と経営者として積み上げてきた知見から成り立っていた作業だけに、簡単には継承できない「暗黙知」だ。四苦八苦して見積書を作成したが、1日に複数の見積書作成を求められると他の業務が何もできなくなるという事態に陥った。
そこで、見積書作成ソフトを探したが、適当なソフトがなかったという。「エクセルで計算式を組んだくらいでは社内の見積りしかできない。見積もりは材料や塗装など社外に発注するぶんも含めないと正確に弾けない」(名取社長)。
2008年のリーマンショックでは、初めて会社の売上高が減少するという苦境を経験。そのときに無理して安価で引き受けた仕事が景気の回復過程でも継続せざるを得なくなり、同社の業績の足を引っ張った。名取社長は「見積りの大切さを痛感した」と振り返る。
既存のソフトでは満足できないことから、自社開発に取り組んだ。紆余曲折や失敗もあったが、ITを活用したシステムの開発やサービス提供を行う新会社「株式会社NVT」(東京都立川市、代表取締役社長・名取磨一氏)を設立、青山学院大学の長谷川研究室と連携するなどして「ターミナルQ」の開発にこぎつけた。
5年後に登録企業30万社へ
テストマーケティングを経て、昨年8月に正式リリース。現在までの半年間で、登録企業は約1000社。料金は発注側企業のみ有料で、基本使用料1万円プラスアカウント使用料月6000円(1アカウント当たり)。登録しても受注に使うだけならいつまでも無料だ。つまり、登録さえしておけば、約1000社分の外注リストが無料で手に入る仕組みだ。このシステムの便利さに気づいて、発注側に回ろうとした場合、国のIT補助金を活用すれば、基本使用料などの費用を半額にすることも可能という。
社内だけでなく社外の見積りも含めた「全体最適化を目指してクラウドにたどり着いた」(名取社長)というだけに、どこの国のユーザーでも、その国の言語を使えるシステムにした。すでに米国のシリコンバレーをはじめ、中国やタイなどの企業も登録しているという。さらに、今年末までに、自動為替変換システムと自動翻訳システムを搭載する予定だ。
「できるだけ早い段階で世界中のシェアをどんどん獲得していきたい」と意気込む名取社長。今後5年で登録企業を30万社に増やすのが当面の目標だ。人工知能「AI」の活用も視野に入れており、ゆくゆくは「図面を入れれば、どうやってその製品をつくるかをAIが教えてくれるシステムにする」と語る。
自社でも活用、収益力向上
ちなみに、月井精密に「ターミナルQ」を導入した結果、収益力向上に大いに役立ったそうだ。顧客から製作を依頼された製品をいくらで加工するかという社内会議がいかに非効率であるかがわかり、会議のやり方も変わった。なぜなら、従来は誰も客観的な基準を持たずに議論していたが、「ターミナルQ」なら客観的基準が明確に示され、高すぎれば失注、安すぎれば赤字受注という微妙な差を把握したうえで見積り金額を決定できるからだ。
企業データ
- 企業名
- 月井精密株式会社
- Webサイト
- 法人番号
- 10131401000467
- 所在地
- 東京都八王子市大塚637
- 事業内容
- 航空衛星・自動車・医療等分野向けの精密機械部品加工