経営支援の現場から

ベテランも若手も成長し、地域の企業を支える:前橋商工会議所(群馬県前橋市)

関東経済産業局は、地域の商工会議所の経営指導員が「対話と傾聴」を重視した課題設定型支援の手法を実践的に学ぶ「OJT事業」を2022年度にスタートさせた。地域の中小企業・小規模事業者を支える商工会議所の経営支援機能の強化を目的にしている。前橋商工会議所をはじめOJT事業に参加した5つの商工会議所ではどんな成果を得たのか。その取り組みを紹介する。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)

2023年 12月 21日

前橋商工会議所の経営指導員 左から横山課長、須田所長、牧野係長
前橋商工会議所の経営指導員 左から横山課長、須田所長、牧野係長

前橋市は南北に関越自動車道、西に上信越自動車道、東に北関東自動車道があり、首都圏だけでなく、信越、北関東、東北各地へのアクセスを有する交通の要衝の地となっている。明治時代、日本が近代化をはかるなかで、製糸業や絹取引が活発な歴史を背景に、国内有数の製糸業都市として繁栄した。その後、食料品や輸送機器等製造業だけでなく、卸売・小売業、サービス業も含めバランス良く産業が育ってきたが、近年は人口減少が続き、中心市街地の空洞化が加速、外部環境も激変する中で産業振興においても新たな展開が求められている。そのような中、前橋商工会議所は「事業者の自己変革と新たな価値の創造、イノベーションへの積極的支援」をステートメントとして掲げ、課題設定型の支援に取り組もうとしている。

若手職員の育成に課題

前橋商工会議所は4306社(2023年1月現在)の会員数に対して、経営指導員15人、経営支援員3人の体制で、市内を4つのブロックに分け、各ブロックに経営指導員を配置して経営支援にあたっている。同商工会議所の特徴的な取組の一つとしては、前橋市が実施する「経営計画実行補助金」と連動した支援がある。この補助金は、事業成長や事業継続に課題を抱える市内小規模事業者及び中小企業者に対し、前橋商工会議所・前橋東部商工会・前橋富士見商工会が経営計画の策定支援を行い、その計画の実行に要する費用の3分の2(上限20万円)を前橋市が補助するというもの。各商工団体が、補助金の計画策定支援だけでなく、その後のフォローアップまで行うことがポイントとなっている。結果として、「指導員が企業を訪問し、経営者と対話する機会が増えたのは良かったが、補助金からさらに踏み込んだ経営支援のスキルが不足していることが実感された」という。ただ、人材育成に取り組もうにも、コロナ禍で会員企業からのさまざまな相談が一気に増え、対応に追われる中で、経験豊かなベテラン指導員に相談が集中し、若手職員に対する育成に手が回らない事態となっていた。そこで、会員企業へのより深い支援と若手職員の育成という2つの課題への解決策として、「OJT事業」への参加を決めた。

ベテランから若手にスキルを伝授

OJT事業に参加したのは、須田憲人中小企業相談所長、横山善彦同相談所経営支援部課長、牧野友也同経営支援部係長の3人。比較的経営指導の経験が豊富なメンバーで、OJT事業により課題設定型支援のノウハウを学び、それを担当企業で実践しつつ、若手職員に伝授していくという手法で臨むことにした。
OJT事業の支援企業は有限会社グルメフレッシュ・フーズ。同社の松本健社長は商工会議所の青年部に所属していたが、これまでは補助金の申請支援や各種情報提供しかできていなかったところ、商工会議所として、今後更なる成長を遂げ地域をけん引する役割を果たしてくれるのではないかと期待しての選定だった。

専門家の対話と傾聴ノウハウに驚き

対話と傾聴を実践
対話と傾聴を実践

須田所長はコンサルタントがヒアリングする手法を見て「課題設定型支援を進めていくにあたり支援のマニュアルがしっかりとできている。このマニュアルどおりにやれば課題設定型の支援ができるというレベルまで完成していることに驚いた」という。さらに、対話と傾聴を重視するヒアリングだけではなく、「期限内に進めるスケジュール管理のやり方にも学ぶことが多かった。ヒアリングを行ったあとにスムーズに課題設定に向けて進んでいけた」と感想を率直に語った。

横山課長は「これから成長していく段階の企業なので、改善のやりがいがある。企業自らが課題を発見してもらうことを尊重しながらやっていく手法は勉強になった」と語り、牧野係長も「社員の思いを聴くことができ、事業の総点検を行うことにより、企業の内部まで入り込んで支援を行うという貴重な経験ができた」と語るなど、自身の指導のあり方にも影響を与えたようだ。

前橋商工会議所は、OJT事業で得た知見をもとに、今後OJT事業を経験した職員と若手職員がチームを組み、課題設定型支援を独自に実践することにしている。「ベテランがひっぱりながら、若手もスキルを向上させていく。今回得たものを会議所全体に波及させていきたい」(須田所長)と、将来を展望する。

支援企業を訪問

業務改革と人材育成の機会に 有限会社グルメフレッシュ・フーズ(前橋市、松本健社長)

グルメフレッシュ・フーズのホルモン製品
グルメフレッシュ・フーズのホルモン製品

有限会社グルメフレッシュ・フーズは、主に豚ホルモンを加工して大手スーパーや外食産業、食品問屋などに販売している。松本健社長の代になって、工場を第三工場まで拡大し、事業のすそ野も広げた。大手スーパー向けのプライベートブランド(PB)にも採用され、全国の店舗で販売されている。「当社は顧客の要望によって味付けや量、パッケージを変えるなど、小回りの利く対応で販路を拡大してきた」(松本社長)。コロナ禍においても、外食向けは低迷したものの、スーパー向けは堅調に推移したことから、経営面でも大きな影響はなかった。

人材育成に役立てたいと語る松本社長
人材育成に役立てたいと語る松本社長

しかし、最近になって原材料費やエネルギー価格の高騰、人材確保の難しさに直面し、経営を見直す必要に迫られるようになっていた。そんな時に前橋商工会議所から今回の支援の提案を受けた。「会議所が当社のことを見てくれていたのだとありがたく思った。正直、課題解決に向けての途中の過程を見せるのは恥ずかしいし、大丈夫だろうかと不安もあった。しかし、後継者育成の必要性などを感じていたこともあり、当社の課題を見つける作業は人材育成のいい機会になると思い、参加を決めた」(松本社長)と、前向きに取り組む覚悟を決めた経緯を語る。まず、ヒアリングを受ける中で分かってきたのは、経営層と若手社員の間に「意識のずれ」が生じていた。ベテランの従業員もいるため、業務が属人化しており、若手が積極的に業務に入り込めていない状況であった。

そこで、ベテランと若手を融合させたプロジェクトチームを結成した。若手が業務に入り込めるようにまずは社内の業務の流れを見える化するフロー図の作成に取りかかった。総務部門の若手社員が工場の生産工程について聞き取っていくという作業は、当初はとまどいもあったようだ。しかし、作業を進める中で知識を深め、聞き取りのポイントも的を射たものになっていった。プロジェクトチームを担当した松本理恵総務部長は「最初は緊張していた社員が、経験する中で自信を深め、発表会でもしっかりと資料をまとめ堂々と発表するようになっていった」と社員の成長を実感したという。

工場の工程をフロー図に見える化
工場の工程をフロー図に見える化

現在はフロー図の作成は終わり、業務プロセスの改善に向けた段階に入っている。今後、業務効率を改善するための具体的なプロセスの見直し作業や、新業務プロセスを前提とした情報システムの導入へと結びつけていく。「取り組む段階ごとに、コンサルタントからアドバイスを得られたことや、商工会議所の指導員が、コンサルタントと私たちの間に入って、認識のずれを修正してくれた。社員も前向きにとらえてくれるようになった。私がほめるより、第三者から言われることの方が社員には響いているようだ」(松本社長)と、今回の支援による効果に満足している。

須田所長は「OJT事業としての支援は来年2月に一区切りとなるが、商工会議所として引き続き同社の支援を続けていきたい」と、同社に寄り添って成長を支援していく考えである。

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