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愛娘を思う親心から誕生した世界初のピアノシューズ、支援機関とともに成長「リトルピアニスト株式会社」

2024年 6月 13日

世界初のピアノシューズを開発した倉知真由美氏
世界初のピアノシューズを開発した倉知真由美氏

足でペダルを操作するピアノが発明されたのは18世紀後半と言われる。以来200年以上の歴史で初めてとなるピアノ演奏用シューズを開発・販売するのがリトルピアニスト株式会社(茨城県龍ケ崎市)だ。支援機関のアドバイスを受けながら専業主婦から起業した倉知真由美代表取締役が世に送り出した商品は、今では有名ピアニストも愛用するアイテムに成長。今後は海外展開を目指している。

ヒールずらしてスムーズに、「娘のため」から特許取得へ

ヒールを少し前方にずらしたピアノシューズ。踵部が湾曲しているのも特徴だ
ヒールを少し前方にずらしたピアノシューズ。踵部が湾曲しているのも特徴だ

世界初のピアノシューズは愛娘を思う親心から誕生した。2014年、小学生だった長女の美悠さんがコンクールに向けてピアノを弾いていた際、ペダル操作に苦労していた。ピアノの音色を変えるペダリングは演奏のレベルが高くなるほど重要度を増してくる。倉知氏は「娘のために」と楽にペダリングできるシューズ作りに着手した。

ある日のこと、上履きの靴底にヒールの代わりとなる木型を付けて試作品を製作していたところ、美悠さんが試作品を持ち出し、木型を前方に少しずらしてピアノを演奏。すると木型が支点となってペダリングがスムーズに。これがきっかけで試作が進展していった。さらに、ヒールの後部に丸みを付けて湾曲させることで安定感を増した。「当初は娘のために作ろうと考えたが、知人から『特許が取れるのでは』と言われ、弁理士に相談しながら特許を取得した」と倉知氏。起業してピアノシューズを商品として世に送り出すことを決意した。

頼りにしたよろず支援拠点、販売価格などでアドバイス

オリジナルシューズボックスにはペダリングに関する音楽記号を使用している
オリジナルシューズボックスにはペダリングに関する音楽記号を使用している

しかし、ゲーム会社などに勤務した後は長らく専業主婦だった倉知氏には起業や経営の知識はほとんどなかった。国の創業補助金を活用しようと考えたが、何をすべきか皆目見当がつかなかった。困り果てた倉知氏が頼ったのが、国が中小企業のために設置している経営相談所、よろず支援拠点だった。よろず支援拠点は全国47都道府県にあり、中小企業・小規模事業者のほか、NPO法人や一般社団法人、社会福祉法人といった中小企業・小規模事業者に類する団体、さらに創業予定の個人を対象に、売り上げ拡大や経営改善など経営上のあらゆる悩み事の相談に対応している。

倉知氏は茨城県と東京都のよろず支援拠点をそれぞれ訪問。このうち茨城では販売価格の設定についてアドバイスを受けた。よろず支援拠点の専門家は原価などをもとに算出したが、倉知氏が想定していた価格の倍ほどだった。「そんな高い値段で買う人がいるのか、と驚いたが、自分が考えていた価格だったら売るほど赤字になり、ビジネスは成り立たなかった。今、会社があるのはよろず支援拠点のおかげ」と話す。

起業後に相次ぐトラブル、よろず支援拠点が精神的な支えに

そして補助金は無事採択された。工場探しも難航したが、100社ほど回った末に東京都内の工場が生産を引き受けてくれた。こうして2015年5月、ピアノ演奏用シューズが発売された。“子どもたちのために”という思いを込めて商品名は「リトルピアニスト」と名付けた。その後、2017年に個人事業主から法人化した際には社名となった。

「経営について全く素人だった私が起業し、特許を商品化できたのは、よろず支援拠点を訪ねて専門家の意見を聞いたから」と倉知氏。起業してからは特許や契約などをめぐるトラブルが相次ぎ、その都度、東京のよろず支援拠点に相談し、弁護士からアドバイスを受けた。「実務上だけでなく、精神的な支えにもなっていた。様々な問題が次々と起こり、もし自分一人で悩んでいたら、ビジネスどころではなく、心を病んでいたことだろう。何度相談しても無料という点も大いに助かった」と話す。

リトルピアニストの商品。(左から)大人用ハイヒール、男性用シューズ、室内用「ピアフィット」
リトルピアニストの商品。(左から)大人用ハイヒール、男性用シューズ、室内用「ピアフィット」

大人用ハイヒールを発売、有名ピアニストが太鼓判

高橋多佳子さん写真
高橋多佳子さん(©Akira Muto)

周囲から助けを借りながら誕生したリトルピアニストは、全国展開する楽器店でシューズが販売されるなどして販売実績を伸ばしてきた。テレビや新聞、雑誌など様々なメディアにも登場し、認知度は上昇。そしてプロのピアニストやピアノ講師からは要望が寄せられるようになった。その一つが「大人用のハイヒールが欲しい」との声。これを受けて2016年にヒール高5cmのシューズを開発、発売した。

音楽情報誌の企画で倉知氏と対談したピアニストの高橋多佳子さんは、ハイヒールのシューズについて「ペダリングするときもぐらつくことがなく安心して演奏できる」と高く評価した。ショパン国際ピアノ・コンクールでの入賞経験を持つ有名ピアニストの太鼓判を得た商品の人気は一層高まった。

さらに今年2月には男性用を発売した。国際的なコンクールで優勝するなど最近注目の若手ピアニストが早くも採用するなど、一流ピアニストの間でピアノシューズの存在感は一段と増している。

コロナ禍を機に産学連携、海外へ販路拡大を目指す

起業・創業に関するセミナーで講師をつとめる倉知氏
起業・創業に関するセミナーで講師をつとめる倉知氏

よろず支援拠点への相談を契機に産学連携、さらには海外出展にまで発展したケースも。コロナ禍でピアノの演奏会やコンクールがなくなった影響でピアノシューズの販売が一気に9割以上も減少した。「この時期に商品強化を進めた方がいい」とするよろず支援拠点からのアドバイスを受け、自宅やピアノ教室など室内で演奏する際に履くシューズをはじめとした新商品の開発に着手した。その際に活用することにした茨城県の補助金では産学連携だと採択されやすいことから、筑波大学との共同研究をスタートした。

研究では、同大学の足立和隆准教授が筋肉負担や操作性の観点から検証を実施した。その結果、靴底の堅さや形状、踵部の湾曲が人間工学的に理にかなっており、少ないエネルギーでペダルを踏めるなどの結果が判明した。ペダリングは右足だけに力を込めて踏み込むが、発育期にある子どもの場合、骨の発達にはよくない。ピアノシューズを履けば偏った負担が解消されるという。

足立氏は研究結果を今年9月にドイツで開催される学会で発表する予定だ。これに合わせて会場ではピアノシューズの展示会を行うことになった。「国際的に活躍するピアニストが愛用しているという実績に加え、学術的なエビデンスをアピールしていくことで、国内だけではなく海外へ販路を拡大していきたい」と倉知氏は話している。

企業データ

企業名
リトルピアニスト株式会社
Webサイト
設立
2017年11月
資本金
500万円
代表者
倉知真由美 氏
所在地
茨城県龍ケ崎市上町4264番地1
Tel
0297-84-1246
事業内容
ピアノ演奏用の靴(ピアノシューズ)の企画・開発・販売