中小企業のイノベーション

多拠点というライフスタイルを可能に 投資家の心を動かす社会貢献型ビジネスモデル【株式会社アドレス(東京都千代田区)】

2023年 5月 12日

社会貢献したいという夢をビジネスで実現した佐別当隆志氏。投資家たちの心を動かしたのは、その先見の明と熱意だった
社会貢献したいという夢をビジネスで実現した佐別当隆志氏。投資家たちの心を動かしたのは、その先見の明と熱意だった

創業は2018年、資金ゼロの状態から始めた多拠点生活のプラットフォーム『ADDress』。コロナ禍には倒産の危機を迎えるも、投資家たちの出資により切り抜けた。投資家たちを心酔させたのは同社代表取締役社長の佐別当(さべっとう)隆志氏の社会貢献型ビジネスへの想い。「人生をイノベーションされた」とまで言わしめる、そのビジネスモデルとは?

疲弊する都会生活からの脱出

47都道府県に拠点を展開するADDress。事業立ち上げのきっかけは、創業者自身が都会生活に疲弊していたことにある
47都道府県に拠点を展開するADDress。事業立ち上げのきっかけは、創業者自身が都会生活に疲弊していたことにある

仕事をする場を定めないフレックスプレイスやリモート/テレワークも定着したいま、地方移住や二拠点生活(デュアルライフ)が注目されている。そのようなライフスタイルを望む人と、空き家となっている家を有効活用したい人をつなぐ理想のサービスが、『ADDress』。毎月の定額制で全国に260軒以上(2023年3月現在)ある物件から、好きな場所を選んで住むことができる。定住に近い長期滞在できるプランもある。

かつてはIT企業に勤め、食事もままならないほどのハードワークに明け暮れていたという佐別当氏。都会だけの生活に辟易し、どこでも仕事ができる業界でもあるし、と自分のためにも二拠点生活を始めるきっかけがほしかった。

事業を開始する3年ほど前に、シェアリングエコノミー協会を立ち上げ全国にシェアリングエコノミーを普及させる活動もしていた佐別当氏のもとには、地方自治体による空き家問題や人口減少についての相談が多く寄せられていた。一方の都会にはテレワークやリモートワークができる環境を求めている人が増えている。地方での生活にあこがれはあるものの、でも移住まではハードルが高い、という人と、空き家に悩む地方のオーナーをマッチングする。「これはビジネスになるんじゃないか」と考え、元同僚とともに、IT企業の会社員という立場のまま会社を興すに至る。

手痛い失敗から学ぶ

神奈川県秦野市の "ADDress鶴巻温泉A邸家守"の修平さんと。地域と利用者をつなぐ重要な役割を担う家守の存在があるからこそのADDress
神奈川県秦野市の "ADDress鶴巻温泉A邸家守"の修平さんと。地域と利用者をつなぐ重要な役割を担う家守の存在があるからこそのADDress

2018年、まずは実証実験がしたいと、クラウドファンディングで資金集めを開始すると、予想の50倍という賛同者が集まったという。企画書1枚、小さい規模で始めようとしていた佐別当氏は、いきなり「そんな気軽にはできない状況」に追い込まれ退職。本格的に事業を動かすことになるのだが、実はそこには前哨戦があった。

同年、佐別当氏は熱海の自治体から頼まれて"拠点"づくりを手掛けているのだ。自身の資金500万円をつぎこんでトレーラーハウスを購入、キャンピングスペースなども備えた、魅力的な拠点になるはずだった。が、「地元の人から"迷惑だ"と猛反対にあいまして」。自治体からの依頼であったのにもかかわらず、地域の人たちから見れば不特定多数のよそ者が出入りする施設など歓迎できないというのである。この企画は大失敗に終わり、購入したトレーラーハウスも使えなくなってしまったという。

いきなり手痛い失敗をした佐別当氏は、この事業を動かすに当たりいくつかの重要なポイントがあることに気が付いた。サービスの利用者、自治体、地元の人々で、それぞれ言い分が異なり、どれもないがしろにすることができないのだ。そこで"家守"という、地元と利用者をつなぐ役割をもつ人物をそれぞれの物件に配置することにした。家守は基本的に地元の人で、土地のことをよく知る人物に任せる。物件の環境保全だけでなく、ユーザーに地元のルールをわかってもらうとともに、地元のイベントなどに参加できるよう手引きもする。また、利用は会員制とし、利用者の身元もしっかり確認することで行きずりの旅行者が利用する宿泊施設とは一線を画すシステムを構築。さらに、前回の失敗では熱海でしかできないことを追求したことで、一カ所で失敗したらすべて終わりになっていたところ、多拠点にすることでリスクを分散する考えにも至った。こうして、少ない初期費用で気軽に多拠点ライフを始めることができるという利便性、利用者の身元がわかっていて、かつ信頼できる家守による橋渡しがある安心感、そして限界集落や過疎地問題の解消と、すべてをカバーするサービスが誕生したのである。

お金ではなく、欲しいのはサポーター

資金調達の前線に立つのは佐別当氏。利益以外の魅力が説得材料になり、予想をはるかに上回る賛同者を得た
資金調達の前線に立つのは佐別当氏。利益以外の魅力が説得材料になり、予想をはるかに上回る賛同者を得た

とはいえ、一度手痛い失敗をしている佐別当氏。慎重に、まずは実証実験のためのクラウドファンディングから始めるが、その前にエンジェル投資家による資金調達をしている。だがこれは資金のためというより、「応援してもらいたかった」のだといい、一人当たり最大50万円までの出資と決めていた。相手は普段一千万からの投資を行う著名な投資家ばかり。「え、そんな金額でいいの? もっと出すよ」と言われても、「お金が欲しいのではなくて、株主として支えてほしいので」と話すと、初めて会った人でも「そんなに安くていいのなら、勉強にもなるし応援させてもらうよ」と気軽に参加してくれたという。

「最初はネットワーキングの意味合いもあって、お声がけした」と佐別当氏が言うように、施設に入れるアメニティを取り扱う会社を紹介してほしいとか、空き家をもてあましている人がいないかとか、事業にかかる必要事項を人のつながりから少しずつ形作っていこうとしていたのだが、関わっていくうちに「おもしろそうだから」と出資してくれる人も多かった。もちろん上限は50万円。彼らにとっては小さな額であるがゆえに、「どうなるのか、見てみたい」と興味本位で出資してくれる。もちろんそこにはきっちりとしたビジョンと計画がある。いつしか彼らはADDressのファンになっていて、SNSなどでも広めてくれていた。だからこそ、クラウドファンディングで驚くほどの反響があったのだと佐別当氏は分析している。なにしろ満を持してクラウドファンディングを始めたその当日に、1000人を超える問い合わせがあったのだ。

コロナによる倒産危機と変化

利用者によるフードシェアも自由。望まれるサービスを形にしていくフットワークの軽さとフレキシビリティに大きな将来性を感じさせる
利用者によるフードシェアも自由。望まれるサービスを形にしていくフットワークの軽さとフレキシビリティに大きな将来性を感じさせる

本格的にサービスを開始したのは2019年10月末。当時は取材も多く、なかなかもてはやされたものの、思ったより会員数が伸びない。施設を買い上げたりもしていたので、このままでは赤字になってしまう——というタイミングで、コロナ禍に突入。非常事態宣言が発令され、県をまたいでの移動が制限された。他県から人が来ている、というだけで近隣の人の不安をあおってしまうこともあり、多拠点生活などまったく無理な状況。本格始動からわずか3か月でサービスの継続が困難となり、あと2か月で倒産の危機というところまで追い詰められてしまった。

「ちょうど資金調達の時期でもあったのですが、人と直接会うことができないので会ったこともない人にオンラインだけで数千万という出資をお願いしなければならなくて」。とにかく切羽詰まっていたため、100人をくだらない数の投資家にかたっぱしからオンライン面会を申し込む日々。ビジネスモデルも変更し、対面での説明会からオンラインだけですべてできるようなシステムを構築した。チームをわけ、佐別当氏は資金調達だけに専念。不安で仕方がなかったが、とにかく会社をつぶさないために必死だった。

そこへ、「先見の明に賭けたい」という投資家が現れ、なんとか倒産を回避。緊急事態宣言も解除されると、今度はリモートワークが流行りだし、追い風に転換。一気に会員数が伸びてきた。以前の利用者はフリーランスや自営業で、ライフスタイルを選べる人が多かったが、コロナ後はワーケーションで利用する人がほとんど。単身者だけでなく家族でも利用でき、かつ平日は無理でも週末だけ、といったもっとライトに、かつ誰でも利用できるプランの必要性を感じて料金プランを変えたことが奏功した。

社会的になくてはらないサービス

空き家になっていた建物をそのまま、あるいは改修して利用。それぞれの建物に趣があるのがADDress物件の楽しみどころ
空き家になっていた建物をそのまま、あるいは改修して利用。それぞれの建物に趣があるのがADDress物件の楽しみどころ

最初は気軽な気持ちで始めた事業を継続しようと必死にあがく佐別当氏。そこには、「投資家たちの期待を裏切りたくない」という一心があったという。

起業の際に投資してくれた約30人の投資家たちは、ADDressのサービスを利用して「人生が変わった」と口々に言う。いつもと違う場所で切り替えのある生活をして、モノの見方が変わったり、家庭不和に変化を生じたり。人生の伴侶に出会った人もいる。これまでの人生になんらかの変化をもたらすきっかけになった人が実に多かった。ある投資家から、「これまでいろんなものに投資してきたけれど、人生を変えることができるものに投資したのは初めて」という言葉をもらったとき、佐別当氏は「これは社会になくてはならないサービスだ」と確信。絶対につぶしてはならないという使命感を持ったという。

実際のところ、自治体からの協力も年々増えている。現在は物件のオーナーに投資してもらい、利用人数に応じてキャッシュバックする仕組みとしているが、オーナーの負担を減らすために補助金を出す自治体もあれば、自治体が所有する物件を貸してくれるケースもある。空き家問題などかねてより自治体の行政課題であったところをカバーするサービスであるため、請われて講演会をする機会も増えている。ADDressのサービスは、投資家個人の人生だけでなく社会問題にも対応しているのである。

社会に貢献したいという夢

まったく生活感のないおしゃれな物件から"実家感"のある物件まで、さまざま。拠点をひとつに限らず、また、さまざまな物件があることで選択肢があることがサービスのキモ
まったく生活感のないおしゃれな物件から"実家感"のある物件まで、さまざま。拠点をひとつに限らず、また、さまざまな物件があることで選択肢があることがサービスのキモ

コロナ禍からの華麗な脱出などなにもかもWin-Winに動いているように見えるが、佐別当氏はもとから社会的インパクト投資家にしぼって声をかけるなど、見通しを持っている。こうした投資家は利益よりも"社会にどれだけ貢献できたか"を主に注視するため、会社利益の指標だけでなく毎年「社会的インパクトレポート」を発表しているのも、ADDressのビジネススタイルだ。空き家をどれだけ減らせたのか、地域の活性化にどれだけ貢献できたのか、幸福度がどれだけあがったのか、を調査。これこそが、投資家たちにとっての"成果"であり、また、佐別当氏の目指すところでもある。

「実は、20年くらい前にアメリカで起こった社会事業家というものにずっと興味を持っていて。IT業界から社会を変えられると思っていたのですが、ネットいじめだとか不幸なことばかりが目に付くので、ITではないなと」。社会に貢献したい佐別当氏なのに、その実感がなかったことが独自起業への動力になっている。準備期間こそ「2か月程度」と短かったが、実はずっと抱き続けていた夢があるのだ。

投資家と佐別当氏との間には、こうした夢の共有があったことも確かだが、時代の流れも大きなポイントだ。本来、空き家問題などは不動産業界も解決に乗り出してもおかしくない。しかしこうした事業を思いつかないのは「商習慣が固まっているからではないか」と佐別当氏は考える。「全国の空き家をつなげる」という発想にたどり着いたADDressのサービスは、今や不動産関係の会社からの出資もあるといい、そのネットワークを利用してさらなる拡大を続ける。

この先、ADDressでは100万人の利用者を獲得することを目指す。それは、将来的に空き家が2千万軒にのぼるとの予測がある中、地域の課題解決を目標に掲げるのなら、それだけの規模がなければ「自己満足に終わる」から。規模の拡大は必須なのだ。

「ウチの利用者には学生も主婦の方もいる。誰もが気軽に使えるサービスにするために、選択肢の多いプランを作っています」と佐別当氏。投資家たちが見ているのは損益や売り上げではない。「そんな観点で投資をしているのではないから」と言い、社会貢献の度合いに注視しているのだ。

立命館大学出身の佐別当氏のこのビジネス。なんと大学が1億円のファンドを作って出資してくれたといい、社会的インパクト事業の投資モデルとして高く評価されてもいる。「なにか世の中の役に立ちたい」という想いが根底にあるからこその成功であったのではないだろうか。

企業データ

企業名
株式会社アドレス
Webサイト
設立
2018年11月
資本金
1億円
従業員数
66名
代表者
佐別當隆志 氏
所在地
東京都千代田区平河町二丁目5番3号
Tel
非公開
事業内容
多拠点居住サービス『ADDress』の運営