経営課題別に見る 中小企業グッドカンパニー事例集
「デリシャスファーム(株)」幻のトマトの6次産業化
デリシャスファーム(宮城県大崎市)は、「玉光(ぎょくこう)デリシャス」という品種のトマトを栽培し、加工・販売を行っている。玉光デリシャスは糖度が非常に高い反面、栽培が極めて難しく規格外品が多い、幻の品種と呼ばれてきた。今野文隆社長は、この玉光デリシャスの安定生産を実現、「デリシャストマト」というブランド名で販売している。高価格のトマトの直販体制を確立するとともに、加工品の販売やカフェ経営など、6次産業化に成功している。
この記事のポイント
- 栽培農家で研究会を行って栽培ノウハウを蓄積し、安定生産を実現
- 社外の専門家や社内の女性社員の意見を取り入れ、加工品事業を確立
- 直販体制を確立し、カフェ運営で相乗効果を創出
研究会による栽培ノウハウの蓄積
一般的なトマトの糖度は4~5度であるのに対して、「デリシャストマト」の糖度は7~8度と極めて高い。フルーツのように甘く酸味とのバランスがよいのが特徴で、市場では高価格帯で販売される。しかし、この「デリシャストマト」は水分量と温度変化に対して非常に敏感な品種であり、うまく調整ができないと大量の規格外品を出してしまう。一般的なトマトの品種では、規格外品の割合は1割程度。それに対してデリシャストマトは半分以上が規格外品となってしまうという。
ただ気候と土に恵まれただけではない。今野社長はデリシャストマトをより多く生産するために、7軒の契約農家による研究会を定期的に実施している。この研究会では月1回ほどの頻度で各圃場を巡り、水分・温度管理などの栽培技術や各圃場の生育状況などの情報を共有する。それらの情報を分析して試行錯誤を繰り返すことで、栽培に関するノウハウの蓄積を図ってきた。
このように栽培の難しいデリシャストマトを栽培可能としたのは、宮城県大崎市鹿島台周辺地域の気候(日照量や昼夜の寒暖差)と乾燥した土壌など、この品種の栽培に適した環境にある。現在デリシャストマトを栽培しているのは、この地域の7軒の契約農家だけ。需要に応じるため、今野社長が栽培を依頼した農家である。
「自分だけでは分析する事例が少なく、安定生産できるまでにはもっと年数を要しただろう」と今野社長は語る。こうした長年にわたる研究や分析の結果として、現在では規格外品の割合は3割までに抑えられ、安定的な生産が可能となった。
社外と社内の意見を活用した加工品事業
栽培技術の向上によって規格外品の割合が低減したとは言え、一般的な品種のトマトと比較して依然として高い割合で規格外品が発生する。規格外品は出荷できずに廃棄するほかなく、収益の悪化を招いていた。何かしら対策を講じる必要があり、規格外品の有効活用は長年の課題だった。
「もしデリシャストマトが規格外品を多く出さなかったら、加工品を作ろうとはしなかった」と今野社長は語る。2006年に加工部門を立ち上げることとなったが、これまでトマトの生産のみを行っていた今野社長にとっては、加工品開発は大きな挑戦であった。「自分は素人だから、専門家にアドバイスをもらいながら進めた」という。
プロの料理人などの専門家を商品企画やコンセプト立案など初期の段階から招き入れ、指導を仰いだ。招いた専門家はデリシャストマトの納入先である飲食店の料理人などだ。デリシャストマトの味を高く評価しており、依頼したところ快く引き受けてくれたという。レシピを専門家に考案してもらい、試作品を作って評価し改良を加える。そうして仕上がった試作品をグループインタビューやレストランでの試食会を実施し、消費者からの反応を調査した。こうしたテストマーケティングで手応えを掴んだうえで商品化を行うなど、段階的に進めた。「料理の専門家から指導を受けているため、味はやはり間違いない」と今野社長の言葉には自信が込められている。
商品開発には、専門家だけでなく女性社員の意見も積極的に取り入れている。今野社長によると「消費者目線に立つことができるのはやはり女性だ」という。パッケージなどは手に取ってもらえるような、オシャレなデザインを意識している。その際、女性社員の「こうしたものが欲しい」という意見が大いに活かされている。しかし、どれほど良いものを作っても、売れなくては仕方ない。「加工品を作って営業活動が何より重要だと気づかされた」(今野社長)という。
展示会や商談会に出展して商品の魅力を発信し、販路を広げている。この営業活動においても、女性社員が大きな存在だ。展示会や商談会などで消費者目線に立った営業活動を行うのはみな女性社員だという。デリシャスファームの社員数は現在33名だが、男性は社長を入れても6名。ほとんどが女性社員の会社である。今野社長の奥様の専務が加工部門を、娘の常務が販売部門を統括している。いずれの部門もみな女性社員で構成されていることが大きな特徴である。実際に商品開発や加工に携わり、そして消費者目線に立った女性社員が商品説明を行うからこそ、商品の魅力を十分に発信できているという。
直販体制の確立とカフェ併設による相乗効果
幻の品種であるデリシャストマトのおいしさは元々市場では評価が高く、安定生産が確立したことで高級デパートにおいて贈答品として販売されるようになった。それに伴ってブランド名は徐々に広がり、トマトを購入するために直接農場に訪れる消費者も現れてきたことから、直売所を設けてトマトの直販を行うようになった。市場に出荷しない少し糖度が低いトマトや大きさが小さいトマトを低価格で販売した。自ら積極的にPRしたわけではなく、デリシャストマトを安い価格で手に入れることができるとの口コミが広まり、直売所を訪れる人が増加していったという。今ではデリシャスファームがある宮城県大崎市周辺だけでなく、仙台市をはじめとする宮城県内外からも消費者が訪れている。
加工品部門を立ち上げて以降、多くの消費者が訪れるようになった直売所だが、当初はなかなか購買に繋がらなかった。生のトマトを購入してすぐ帰ってしまうお客さんが多かったからだ。今野社長は宮城県のコンサルタント派遣事業を活用した。コンサルタントから直売所にカフェを併設することを提案される。カフェでデリシャストマトの加工品を使ったメニューを提供し、そこで加工品の味を実感してもらうことで、ケチャップやソースなどの加工品の購入に繋げるという戦略だった。
カフェ店舗は栽培用だったハウス改装して投資資金を抑え、従業員の接客や調理に関する教育は知り合いのレストランへ派遣する形で実施した。そして、カフェの運営を開始するに至ったのである。カフェ併設の結果として消費者の滞在時間が長くなるとともに、カフェで味を実感して購入を考える時間が生じたことで、加工品の購入が促された。さらに、カフェでの飲食により客単価が向上するとともに、直売所での売り上げも伸長するなどカフェ併設により相乗効果が生じた。
今野社長はメールマガジンを活用して、この相乗効果をさらに高めている。直売所に訪れる消費者へメール会員登録を促し、現在では会員数は2,000名を超えている。毎日のトマトの収穫量をリアルタイムに発信するだけでなく、トマトの詰め放題イベントや収穫体験、ケチャップ作りなどのイベント開催の告知で直売所への来店を促している。こうしたメール会員への取り組みにより、多くの消費者がリピーターとなった。今後も消費者との関係性を強めるためにメールマガジンを活用していくとともに、さらに会員数を増やしていきたいという。1カ所でさまざまな体験ができる工夫を凝らしたことがデリシャスファームの強みである。
企業データ
- 企業名
- デリシャスファーム株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1998「有限会社デリシャスファーム」設立。 2007年「デリシャスファーム株式会社」に改組。
- 資本金
- 5,000万円
- 従業員数
- 33名
- 代表者
- 代表取締役社長 今野 文隆
- 所在地
- 宮城県大崎市鹿島台木間塚古館1
中小企業診断士からのコメント
デリシャスファームでは、多くの規格外品を出してしまうというデリシャストマトの弱みを、加工品事業立ち上げによって解消した。その際今野社長は「自分はトマト生産以外、素人だ」として、外部の専門家からノウハウを吸収しつつ社内の女性の意見を積極的に活かし、事業を成功に導いている。他者の意見に耳を傾ける、今野社長の謙虚な姿勢を目の当たりにした。そして今のデリシャスファームの成長を支えているのは、多くのリピーターの存在である。「お客さんをいかに楽しませるかを考えている」と今野社長は語る。一般消費者と直接繋がり、関係を強めていくことが6次産業化成功のヒントと言える。
豊田 博之