起業のススメ
「株式会社こころみ」高齢者向電話サービスは高校時代の孤独が原点
「親のことを少しでも考えるきっかけになってほしい」と話すのは、こころみの神山晃男社長だ。専任担当者が週2回、1人暮らしの高齢者に電話をかけて近況を聞くサービス「つながりプラス」を提供している。電話時間は1回約10分。聞いた話は「聞き書きレポート」として、離れた場所に住む子供にメールで伝える。専任担当者は電話前に一度、高齢者の自宅に訪問して、「顔見知り」になるのが特徴だ。事前に生い立ちや趣味などを聞き取ることで、安心して会話できるという。「1人暮らしの65歳以上の高齢者は全国に推計、約600万人いる。うち4割は会話の回数が2、3日に1回以下」といい、話し相手が少なくなりがちな高齢者の孤独感を埋める役割と見守りを果たしている。
多感な学生時代
神山は中学まで長野県伊那市で過ごしたが、「田舎を出たい」との思いから神奈川県藤沢市にある慶応義塾湘南藤沢高等部に入学した。実家を離れ、1人暮らしを始めた。慶応義塾大学へのエスカレーター切符を手にしたが、1年生の時から週1度程度、学校をサボるようになった。漠然と「学校に行く意味があるのか」と1人で悩み、村上春樹などの本を読んでいた。「でも学校に行かないと孤独」だった。
下宿先に話し相手もいなかった。1年生の終わり頃、「このままではダメになる」と思い、情報誌で見つけた小さな劇団に入団した。ここで孤独感を解消し、前向きな性格に変わっていった。後になって起業しようと考えた時、高校時代のことを思い出して「孤独な人の心を埋める」事業に結びついている。
仕事の責任感と社長への憧れ
慶応大法学部卒業後、外資のコンサルタント会社の日本キャップジェミニ・アーンストアンドヤング(現・クニエ)に入社した。ITをベースとした業務プロセスの改善や決算の早期化、人事評価システムの刷新などを担当先企業に提案した。2年9カ月勤務したが、次第に「仕事の実感のなさ」を持つようになった。「コンサルの仕事は言うだけで終わってしまう仕事。結果まで責任を持たない」のが歯がゆかった。そこで、投資会社のアドバンテッジパートナーズに転職した。
投資会社はコンサルと違って、クライアント企業に資本を直接注入して経営に深く関われる。入社当初は相当しごかれた。「徹夜で作成した提案書をその日の朝に上司へ提出すると、そのままごみ箱に捨てられた」こともあったが、我慢強く仕事に取り組んだ。その後、「コメダ珈琲店」を運営するコメダと、請求書や見積書などの帳票システムの開発会社ウイングアーク1stで、それぞれ取締役と監査役として経営に参画した。「投資会社は株主としてのリターン(利益)を出して初めて仕事が終わる。やりがいのある仕事だった」。コメダでは3~5人のチームで年間出店数を20店から100店に増やすための戦略を練った。出店場所の選定や財務面のアドバイスにより、コメダの店舗数は2013年4月に500店を達成した。
神山はコメダの創業者らと接する中で、起業への憧れを抱くようになった。「経営者としての世界を知ってみたい。予測不可能な世界で挑戦したい」と考えるようになった。35歳の時、10年勤務したアドバンテッジパートナーズを退職し、1人でこころみを立ち上げた。「借入は自己破産しない範囲に限る」ことや、「会社が上手くいかない場合は3年まで」などコンサルと投資会社で学んだ"経営の足枷"をはめた。
事業内容を決めるに当たり、長野県に住む両親のことが頭に浮かんだ。両親はいま健在だが、1人になったら孤独になる。高校生の時に味わった孤独が蘇った。年を取れば病気も多くなる。65歳以上の1人暮らしの割合は1985年の9.3%から、2005年に15%を超え、2013年は17.7%と増加傾向にある。孤独を理解できる自分が、高齢者の孤独を解決したいと考えた。ニーズ調査のため、多摩ニュータウンなど3団地を訪問した。高齢者に話しかけると、「楽しそうに話をしてくれた。話をしたい欲求があるということに気付いた」。そこで、思いついたのが電話による会話型見守りサービス「つながりプラス」だ。
苦労の末、徐々にサービスが浸透
会社設立の翌月に高齢者10人にモニタリングを依頼し、電話の会話時間や頻度を詰めていった。電話時間の約10分は一見短いように思えるが、「月間で90分にもなる。次回の電話があるので、利用者は楽しみにして頂ける」という。評判が良かったため、2014年2月から正式サービスを始めた。しかし、正式にサービスを開始すると、売り上げを立てるのに苦労した。「世の中に一般的にあるサービスではなかった」ためだ。
それでも事業を継続したのは「普通の会社員では考えられないほど、本人と家族から感謝される仕事。既存ユーザーから『絶対に止めないで』と応援された」からだ。「サービスの良さをどうわかってもらえるか」に軸足を置き、特定地域へ数万枚のチラシ配布やフェイスブックなどのウェブ広告を出した。また、病院のソーシャル・ワーカーや保険代理店などに営業の代理店を依頼した。
どれもすぐに結果はでなかったが、一般企業にもアプローチした。福利厚生の一環として、従業員向けにサービス内容を案内してもらうのだ。「大企業は転勤が多く、親と接する機会が少なくなる。孤独になると認知症になりやすいというデータもある。これを事前に防げれば、介護による離職予防にもなる」と説明して回った。そんな中、三井物産など数社が導入を決めてくれた。マンション管理会社の明和管理とは業務提携し、マンションの居住者向けに月額料金を安く設定したプランも導入した。他社との連携を強化する中で、利用者が徐々に増えていった。
また、「つながりプラス」を利用してもらうきっかけとして、「自分史」ならぬ「親史」として「親の雑誌」の作成サービスを始めた。こころみの担当者が、今までの人生を取材して、A4判サイズの全16ページの雑誌形式にして制作するものだ。古希や喜寿などのプレゼントとして利用されている。現在までに「つながりプラス」と「親の雑誌」を合わせた利用者は約1000人。「多くの人に利用してもらい、すべての孤独と孤立なくす」ことが最終目標だ。
(敬称略)
起業することのリスクヘッジとして、失敗した時の逃げ場を作ることをお勧めする。私の場合、会社がつぶれた時にサラリーマンとして復帰できるように、前職の関係者など5人から「いつでも雇う」という言質をとっていた。逃げ道を作っておくことは大事。後ろ向きな話ではなく、守りがあると思った方が攻められる。
また、事業を始めると外からは苦労に見えることも、中にいると苦労とは感じない。お客さんから何件も断れても、このサービスは良いという確信があれば、大変とは思わない。そういったサービスや製品を作ることが大事だと思う。
掲載日:2016年3月29日
企業データ
- 企業名
- 株式会社こころみ
- Webサイト
- 設立
- 2013年6月
- 法人番号
- 3011001095455
- 代表者
- 神山晃男
- 所在地
- 東京都渋谷区広尾1-9-15
- 事業内容
- 高齢者の見守り、安否確認サービス