経営支援の現場から
一過性の支援ではなく、次の100年もあり続ける企業の支援に向けて:土浦商工会議所(茨城県土浦市)
関東経済産業局は、地域の商工会議所の経営指導員が「対話と傾聴」を重視した課題設定型支援の手法を実践的に学ぶ「OJT事業」を2022年度にスタートさせた。地域の中小企業・小規模事業者を支える商工会議所の経営支援機能の強化を目的にしている。土浦商工会議所をはじめOJT事業に参加した5つの商工会議所ではどんな成果を得たのか。その取り組みを紹介する。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)
2023年 12月 7日
土浦市は江戸時代に江戸と水戸を結ぶ水戸街道と、霞ヶ浦から利根川に入り江戸湾に至る水路が形成されるなど水陸交通の要衝の地であり、商業の町として発展した。しかし、1990年頃からモータリゼーションの進展や近隣のつくば市で開発が進んだことから、駅前の大型店が次々と撤退するなど空洞化が加速した。昔をよく知る人は「かつては駐車場がなくて困ったが、今は駐車場はあるが買うものがない」と嘆く。ただ、行政も手をこまねいて見ていたわけではない。駅前の大型量販店が撤退したビルに市役所が入居し、市民サービスの利便性を高めた。また中心市街地の空き店舗への出店に補助金を出すことで、若い経営者が商売を始めるなど、変化の兆しも見え始めている。
100年もあり続ける企業を支援
土浦商工会議所の職員は総勢13人。そのうち経営指導員は7人となっている。コロナ禍を通じて補助金申請等で商工会議所に相談する事業者が増えており、会員企業に頼られる組織として新たなステージに進むべき時と認識している。なぜなら、会議所の将来ビジョンに「当地域の企業の成長を商工会議所が支えていく」を掲げているからだ。ビジョン実現に向けた課題として、老舗企業の再成長支援とともに、小規模事業者だけでなく中小企業への支援拡大の必要性を感じていた。ただ、同会議所の飯野中小企業相談所長は「会議所が手掛ける支援は補助金申請や小規模企業への支援が中心で、一定以上の規模の企業支援へのノウハウが乏しい」ことを課題としており、「一過性の支援ではなく、次の100年もあり続ける企業を支援していきたい」との思いが高まっていた。
そんな時に、株式会社オクイから「2024年に創業110年を迎えるので、それに向かって取り組みたい。商工会議所の知恵を借りたい」と相談があった。同じタイミングで関東経済産業局からOJT事業の案内を受けた。この機を逃す手はないと考え、オクイの支援にOJT事業で臨むことを決めた。
商工会議所からは、飯野所長と菅原課長補佐、色川主幹のベテラン・中堅・若手から各1名(職員歴30年・20年・6年目の経営指導員)が参加した。関東経済産業局からは、職員2名と専門家のコンサルタント3名が参加。合計6人の支援体制を組んだ。まず取り組んだのが、役員、経営幹部、リーダー層へのインタビュー。さまざまな立場の社員に話を聴くことで、本質的な課題を把握することにした。インタビューの後には6人でミーティングを実施、課題のすりあわせを行った。
OJT事業で取り組む課題設定型支援は、事業者の自主性や主体性を大切にすることをテーマにしている。決して指導するのではなく伴走する。そのために相手の言うことを傾聴する姿勢が重要になる。菅原氏は「コンサルタントの井原美恵氏の話を引き出すインタビューのやり方に衝撃を受けた。膨大な会話の量からポイントを簡潔にまとめ、もれやダブりもない。あの手法を学べたことは大いに参考になった」と振り返る。色川氏も「今までは窓口に来られる事業者に、補助金をやりたいと言われれば、それに対応するだけで、経営の深いところまで話せていなかった。課題設定型支援はヒアリングから入り、それを課題ごとに分析して相手に示すので、相手も腹落ちして理解してくれた。この経験ができたことで、一つ引き出しが増えた気がした」と、経営支援のスキルを1段上げられたことを実感している。OJT事業の参加でコミュニケーション能力の重要性が再認識できた。今後は支援チームに参加していない経営指導員にも共有し、土浦商工会議所全体の支援力の底上げを図っていこうと考えている。
県全体の指導力向上に波及
土浦商工会議所がOJT事業に取り組んでいることは、県内の他の会議所や茨城県からも関心をもって見られていた。茨城県では毎年、県内の会議所が集まって行う経営指導員等研修を実施しているが、関東経済産業局、茨城県よろず支援拠点を巻き込み、課題設定型支援の手法を学ぶグループワークを採り入れた。特に「経営者との双方向的な対話と傾聴」を実践するため、実際に企業経営者を会場に招き、ヒアリングなどの実習に県内会議所職員総出で挑んだ。
研修に協力してくれた企業は有限会社筑波ハム(ハム製造・販売)、株式会社NEXT・カワシマ(プロパンガス販売)、株式会社トレンディ茨城(ヤクルト販売)、カーレポ株式会社(自動車リサイクル業)の4社。OJT事業で派遣された井原氏などが、課題設定型支援の意義やヒアリングの具体的な手法について説明し、その後、6グループに分かれて、企業にヒアリングを実施。経営者からうまく話を引き出せている指導員がいる一方で、話に加わることができていない指導員もいるなど、力量が分かれるものとなった。
筑波ハムを囲むグループでは「BtoCの販路拡大」という課題に対して、指導員が「品ぞろえや地域住民への周知にどう取り組んでいるか」、「通販ルートへの取り組みは」などの質問をする中で、最終的に「ハムソーセージ以外に、乳酸菌も扱っているなど品ぞろえの魅力をアピールするとともに、遊具や動物とのふれあい、マルシェを開催することで家族連れが気軽に楽しめる施設とすることで集客につなげる」といった方向性を見出した。筑波ハムの齋木社長は「無添加のハムのおいしさをちゃんと伝える重要性や、乳酸菌を自社で培養していることが当社の強みになるなど、今まで日常的なことで気づかなかったことを指摘してもらえた。さっそく従業員と共有したい」と新たな経営の視点を得たことに満足している。
参加者からも「課題設定型支援の実践研修という目的に合ったものだった。今後はヒアリングを重ねて、会社がこの先どうあるべきかを考える構想力をみがいていかなければならない。」と研修に対する確かな手応えのコメントがあった。
茨城の商工会議所研修でこうした実践的なスタイルを採り入れるのは今回が初めてだった。研修自体は、茨城県の予算で賄われている。当日の研修会を見た県産業戦略部中小企業課の職員は「初めての試みだが、いい研修になったと感じている。経営指導員のスキル向上が課題という問題意識は聞いていた。県で学べる場を作って基礎から勉強できるようにしていきたいと考えている。会議所同士の連携もできつつある。会議所や商工会が事業者と伴走するように、私たち県も会議所に伴走していきたい」と語った。
研修の企画を担った土浦商工会議所の菅原氏は「課題設定型の支援をより多くの県内の商工会議所に普及させたかった。よろず支援拠点の協力を得て実際の企業の社長に協力をいただけたのが大きい。スモールステップではあるが、傾聴と対話による課題設定型支援の極意を参加者が体験できたのではないか。」と研修に込めた思いと確かな手応えを力強く語った。
支援企業を訪問
110周年のその先へ、新事業を開拓 株式会社オクイ(茨城県土浦市、中泉聡代表取締役)
株式会社オクイは創業1914年(大正3年)で、2024年に創業110周年を迎える土浦市を代表する老舗企業。2016年に土浦市に本社を置く建材商社、和知商事のグループ会社になるという経営上の大きな変化があった。中泉社長は、オクイの生え抜き社員から社長に就任した。110周年という節目を迎えるにあたり、今後の自社の成長のために何に取り組むべきかに悩んでいた。そこで、先代社長時代から交流のある土浦商工会議所の力を借りようと考えた。
株式会社オクイは、茨城県内における公共施設等の建築資材の取付工事を生業とする。他にも建築金物の販売も行っている。
取付工事は建設会社からの依頼を受けて、工事専門の職人が対応しているが、人手不足や資材・原材料価格の高騰という課題を抱えている。金物販売は同業他社との価格競争が激化、それと同時に大手ホームセンターがプロユースの商品群も品ぞろえに加えており、ここでも顧客の取り合いという事態が起こっている。そのような事業環境の中で、オクイの5年先、10年先を創造するには何に取り組むべきか。このテーマに沿ってOJT事業として最初に取り組んだのが、中堅クラスの社員へのヒアリングだった。
当初は慣れない聞き取りに困惑した社員もいたが、ヒアリングを続ける中で社員にも、これまでにない変化が表れた。「5年後、10年後のありたい姿は何か」と問われる中で、現状ではありたい姿が明確になっていないことが分かった。改めてありたい姿を明確にすることが重要であり、そのうえで創業110周年に向けて会社の進むべき方向が定まり、社員が同じ思いを共有することができた。今後は具体的に何をするのかを固める段階に入っている。
中泉聡社長は、今回の取り組みを「プロジェクト1005」と名付けた。年商10億円、経常利益5000万円を目指すという意味を込めたものだ。今後はいよいよ社員の意見を取りまとめた事業計画を作成する段階に入る。「課題設定型の伴走支援を経験して、目標を明確に持ち続けることの重要さを学んだ。また、具体的に文書に残すことで、自分の考えがまとまっていくことも実感した。貴重な経験ができている」と、自社を新たな段階へ高める準備を着々と進めている。