売上アップ取り組み事例集
「伝える力」の相乗効果POPで磨かれる社員の取組み(事例5回目)
文:大石幸紀(中小企業診断士
人口8,000人の島で雇用を創出
八丈島は、東京の南方海上287kmに位置した面積69.52km2、周囲58.91kmのひょうたん型をした島です。羽田空港から1日3便、飛行機がでており、所要時間40分と交通の便は良い島です。昭和30年には12,344人だった島民は、平成24年2月には8,189人になっており、人口減少に悩んでいます。人口減少を食い止めるには若者が働ける場の創出が必要です。そのような中、酒類小売及び卸業を営む有限会社山田屋は、毎年新たな雇用を創出している島内では貴重な企業です。
山田屋の社長は、山田達人さん45歳。父親が昭和29年に創業した店を継承し、平成4年から経営を担っています。経営の転機となったのが平成18年に店舗を新築したことです。社長は設計の時から新店舗は、ただお客さまを待つ店から、こちらからお酒の楽しみ方を提案する店舗にしたいと考えていました。では何を提案するのか。八丈島は島焼酎の宝庫です。島を訪れる年間8万人の観光客には島焼酎を提案することは決めていました。しかし、観光客は時季によって変動するし、何度も山田屋を訪れていただける存在ではありません。山田社長は安定した経営のためには、毎日自店を訪れてくれる島民に対して、新たに提案できる商品はないかを模索していました。
模索の過程でワインの買い付けにフランスへ行くツアーに参加します。そこで、家族経営のワイン生産者と出逢います。そのワインづくりに対する姿勢に大きな衝撃を受けた山田社長は八丈島民へ提案していく商材を決めました。それがビオワイン(自然派ワイン)です。山田社長は、ビオワインを八丈島へ、八丈島焼酎を全国の皆さんへ伝えて味わって頂くことを、自社のコンセプトに決めました。
環境にも身体にも味も良いビオワイン。その良さは、山田社長が店頭で熱く語ればお客さまに伝わるものの、外商や島の行事で店を空けることが多いため、なかなかその良さが拡がっていきません。自分が語らなくてもビオワインの素晴らしさを伝えるにはどうすればよいか。ワインの研究と合わせて、店頭での売り方の研究も始めます。様々な情報を収集した結果、東京のコンサルタント会社が主催する「売り方の勉強会」に通い始めます。そこで、POPやチラシの作り方を学びます。そして、徐々にその成果が出てきます。
しかし、すぐに壁に突き当たります。山田社長一人がどれだけPOPを作っても、他の社員が参加してこないのです。POPで関心を持っていただいたお客さまが、社員に語りかけてきても、熱意をもってお応えすることをしません。また、社長だけではPOPの内容も男性の視点からの偏ったものになってしまいます。せっかく女性や年代の違う社員がいるのに、その感性が活かされることはありませんでした。
商品の魅力を伝える勉強会に社員全員で参加
山田社長は、自分だけでなく、社員全員が売り方を学ぶ必要性を痛感します。そこで、二ヶ月に一度の頻度で、社員を交替で勉強会に参加させるようにしました。参加費と飛行機代の負担は正直、大きいですが、思い切って投資することにしました。
そして、勉強会参加後には社内でミーティングを開き、どのようなことを勉強してきたのかを発表させ、社内で教え合うようにしました。
勉強会で学んできたこと。それは「伝える力」だと山田社長は言います。お客さまにその商品の良さを伝えるだけに留まらず、どのような時に楽しんでいただきたいかを、伝える力だと言います。
社員の変化は直ぐに現れてきました。社員は、特に目的を持たずに来店されたお客さまが、自分が作成したPOPを見て、納得して商品を購入していくプロセスを目の当たりにすることで、自分の想いがお客さまに伝わっていくことに、喜びと楽しさを感じ始めたのです。
すると、次第に社員同士が店頭で話し合ったり、山田社長に商品のことを質問したり、自分達からインターネットで調べるようになりました。朝礼では、もうすぐこういう行事があるから、そのために提案する商品は何にしようか、という話し合いが、社員から持ちかけられるようになりました。伝える力が社員についてくると、その対象はビオワインに留まらず、他の酒類や食材にも拡がっていきました。社員は、その商品の良さを見つけ出してお客さまに伝えることに、喜びを感じるようになったのです。
今では、山田社長は店頭でお薦めする商品は、会社としてではなく、社員のそれぞれの主観で決めれば良いと考えています。なぜなら、「私」のお薦めの方が、社員がより熱くなってお客さまに伝えるからです。また、提案する商品のバラエティが拡がるからです。
お客さまにお酒を楽しんでいただきたいシーンの提案は、この行事は外せないというものは年間スケジュールを組んでいますが、日々のニュースに対応したり、勉強会で他社が行っている事例を聞いたりして即座に取り入れています。そのスピード感を持つことができるようになったのも、社員全員が勉強会で「伝える力」を身につけたからでしょう。
社員が伝え方を身につけてから
社員全員がPOPによって商品の提案ができるようになった結果、粗利高を増やすことができてきました。そして、その増えた粗利を使って社員を研修会に参加させる、そしてまたお客さまへの提案能力が高まる、という好循環が山田屋のお客さまを増やしています。
昨年、社員の一人をフランスに勉強に行かせました。意識をより高めてもらうことを期待したものでしたが、予想していなかった効果がありました。それはお客さまからの評判です。山田屋は、社員にもワインのスペシャリストとしての教育をしている、それほど意識とレベルの高い会社なのだから、扱っているワインも本物なのだろう、との認識を島内のホテルやレストランにもっていただいたことにより、新たな引き合いがありました。社員全員への教育の大切さを、改めて感じた山田社長でした。
企業データ
- 企業名
- 有限会社山田屋
- Webサイト
- 代表者
- 山田達人
- 所在地
- 東京都八丈島八丈町 三根1952-1
- Tel
- 04996-2-1161
- 事業内容
- 酒類小売及び卸売業
掲載日:2012年3月 8日
同じテーマの記事
- やってみる、あきらめない。地域密着徹底でファン獲得(事例1回目)
- 行動から学びつかむ成長の糸口。販路拡大で待ちの営業脱却(事例2回目)
- 協力と外部資源の活用が原動力。開業支援で規模の利益獲得(事例3回目)
- お客さまのことを知りたい!手作りポイントカードの活用(事例4回目)
- 「伝える力」の相乗効果POPで磨かれる社員の取組み(事例5回目)
- コミュニケーションの真髄。イベントでスタッフと共に育つ(事例6回目)
- 既存顧客数をアップする。中小・零細店舗の大型店対策(事例7回目)
- 顧客単価をアップする。中小・零細店舗の大型店対策(事例8回目)
- パート社員の能力を開発する。中小・零細店舗の大型店対策(事例9回目)