Be a Great Small
即座にお湯を出す“当たり前のサービス”にビジネスチャンス直感「鳴門ガス株式会社」
2024年 7月 4日
エコキュート(自然冷媒ヒートポンプ給湯機)の故障でお湯が出ない…。そんなときに1時間ほどの作業でお湯が出るようになる「即湯(そくとう)サービス」を展開するのが鳴門ガス株式会社(徳島県鳴門市)だ。LPガス会社ならば当たり前のこととして行っていたサービスの本当の価値に気づいた同社の中岸(ちゅうがん)真史専務は、エコキュートを使用するオール電化の家庭に対してサービスを行い、それを機に給湯器の販売やリフォームの契約獲得につなげている。さらに、オール電化の普及などで厳しさを増している全国各地のガス会社に呼びかけ、現在16社が同サービスを展開している。四国・鳴門から始まったガス会社の逆襲は渦を巻くように全国に広がりつつある。
エコキュート故障で銭湯通い➔給湯器・ボンベ仮設で即対応
同社は、中岸氏の祖父であり中岸雅夫社長の父である彦吉氏が創業した中岸商店のガス小売り部門と鳴門市内のLPガス販売店7店が統合して1968年に設立された。ガス業界では同業者同士の統合は珍しく、「規模の小さい会社単体では先行きは厳しいという考えから祖父は統合を進めたのだろう」と中岸氏は話す。2018年には小松島市内のガス販売店を完全子会社化し、2023年に吸収合併。さらに事業エリアを広げている。
社長の長男である中岸氏は関西大学を卒業後、鳴門市に戻って2010年に同社に入社した。そして2019年、即湯サービスのきっかけとなる出来事があった。その5年前に徳島県中小企業家同友会に入会していた中岸氏のもとに、同友会会員の知人から連絡が入った。「家のエコキュートが故障して修理か買い替えをするかで悩んでいる。オール電化でお風呂にも入れず、片道40分かけて銭湯に通っている。なんとかならないか」という相談だった。
この話に中岸氏は驚いた。LPガスの場合は仮設の給湯器を持ち込むことで即座にお湯を出せるからだ。中岸氏はすぐさま知人宅に給湯器とガスボンベを一時的に設置。1時間ほどの作業でお湯が出ると知人はいたく感動したという。知人の口コミなどで同様の相談が数件続き、なかには仮設を機にオール電化からガス給湯器に切り替えたケースもあった。
サービスを契機にオール電化市場に食い込む
それまでオール電化の利用者との接点がなかった中岸氏は、給湯器が故障するとお湯が出るまで数日~数週間かかることを知らず、オール電化の利用者も仮設のガス給湯器ですぐにお湯を出せることを知らなかった。それが知人の一件でマッチングとなった。「ガス業界では昔から行っていたこと。当たり前すぎて価値に気づいていなかった」という中岸氏はビジネスチャンスの可能性を直感した。仮設の際にオール電化からガス給湯器への切り替えを提案することで新規顧客の獲得にもつなげられる。「ガス会社もオール電化の市場に食い込むことができる」として中岸氏は正式なサービスとして展開することを社内で提案した。
社長をはじめ役員も乗り気で、社内での検討は2020年12月に始まった。まず、「仮設という名もなきサービス」(中岸氏)に「即湯サービス」というブランド名を付けた。「名付け親は社長。即お湯を出せるという意味に加え、依頼を受けたら『できます』とすぐに答えられるという即答をかけている」(中岸氏)。
そして即湯サービスは2021年6月にスタート。するとオール電化の家庭から依頼が相次いだ。「社員がすぐに駆け付け、額に汗しながらボンベと給湯器を設置する様子を依頼者は目の当たりにする。そして1時間ほどでお湯が出たときには感謝と感動でいっぱいの表情になる」(中岸氏)という。その感動冷めやらぬうちに給湯器の販売を提案。利用者の8割が次の給湯器の販売につながり、接点を持てたことでリフォームにつながるという予想していなかった展開に。
その後、テレビCMや新聞折り込みチラシで積極的に宣伝したことで、依頼者が増加する一方、「お願いするのは即湯サービスだけ。ほかのことは頼まない」というケースが多くなり、成約率は若干下がった。しかし中岸氏は「給湯器を買い替える必要があることに変わりはなく、懇切丁寧に提案してくことで成約率を上げていきたい」と意気込みを見せている。
業界団結の必要性、知らず知らずに受け継いだ祖父の思い
即湯サービスの全国展開も進めている。サービス開始当初から検討していたもので、全国各地のLPガス会社に呼びかけ、同じサービス名で実施してもらう。仮設サービスは元々どの業者も行っており、真似しようと思えばすぐできる。実際、無断で模倣したと思えるサービスを中岸氏が調べてみると、わかっただけで4、5件あり、なかには大手商社のグループ会社が即湯サービスよりも高額な料金で行っていた。「個別にサービスを行うと自分たちの利益や都合を優先させてしまいがちで、決して顧客のためにならない」と中岸氏。
また電力会社の動向も見据え、LPガス業界が一体となる必要性も強調する。「オール電化の家庭に対して新しい給湯器を販売するだけでなく、なかには電気からガスに“燃転(使用する燃料を別の燃料に切り替えること)”するケースも出ている。電力会社からすれば顧客を奪われているのだから、やがてなんらかのアクションがあるはず。それに立ち向かうには1社単独ではなく業界が団結していかねばならない」。振り返れば同業者の統合で鳴門ガスを設立した祖父と同じ思いだ。「意識していたわけではないが、知らず知らずのうちに祖父の思いを受け継いでいたのかもしれない」と中岸氏は話す。
熱い思いを対面で伝え全国各地16社がサービス展開
全国展開への第一歩は2022年に入って始まった。業界紙が「エコキュート故障時の不便解消」として即湯サービスを紹介した。すると高知市内を中心にLPガスを供給するマインドガスから問い合わせがあり、サービスを展開することに。その後も問い合わせは続いた。「どこもガス業界の先行きに危機感を抱いていて『なにか手を打たねば』と考えている」(中岸氏)という。
また協議に際しては相手の所在地に関係なく鳴門ガスまで足を運んでもらうことを条件としている。「お客さまのためのサービスにしよう、業界をなんとかしよう、という自分の熱い思いを対面で伝えたい。電話やメールだけではこの熱量は伝わらない」と中岸氏は話す。これが奏効し、これまで対面で会談した会社は例外なくサービスの展開を決定。現在は東北から九州まで16社が実施している。これらの会社からは「即湯サービス」の登録商標使用料を受け取り、名称やロゴ、チラシなどの使用を認めている。
提携やFCを進めて新しい組織体設立を目指す
サービスを始めたことで変化が表れた会社がある。JAエナジーこうち(高知県南国市)では、オール電化ではなく、元々同社の顧客で灯油ボイラーを使用している家庭をターゲットに定め、サービスを機にガス給湯器へ切り替えるという燃転を勧めている。タンクローリーで運搬する灯油は輸送コストの問題を抱えており、この課題解決策として即湯サービスを取り込み燃転活動に打ち込んだ。これにより石油担当社員全員が意識を持ってガス担当社員への協力活動ができ、燃転に向けた社員の意識も向上したという。
思ったほど成果が上がらないケースも。その原因として中岸氏は「ターゲットが絞り切れていないのでは」とみる。鳴門ガスはオール電化の家庭、JAエナジーこうちは灯油ボイラーを使用する顧客というように的を絞ることで成功しているが、なかなか絞り込めない会社もある。「各社の方針に口をはさむことを控えていたが、これからは必要に応じてアドバイスしていきたい」と中岸氏。また各社のサービスがインターネット検索で上位に表示される手助けもしたいという。「今は給湯器が故障したときにネットで業者を探す。当社はSNSを活用するなどした結果、『エコキュート 修理 鳴門(または徳島)』で検索すると広告を除いて一番上に表示される。こうしたコツも伝えていきたい」。
LPガス会社は年々減少を続け、現在は全国に約1万6000社。ガスの需要もオール電化や都市ガスの拡大などにより縮小しており、2050年には現在の6割ほどになるとの予測もある。こうした状況の中、即湯サービスはオール電化市場に食い込むことに成功し、一矢報いた格好だ。中岸氏は今後の目標として「全国各地のガス会社と提携やFC(フランチャイズ)などを進め、お湯が出ないときの一時対応を行い、給湯器を販売するという新しい組織体をつくりたい」と話している。
企業データ
- 企業名
- 鳴門ガス株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1968年
- 資本金
- 2500万円
- 従業員数
- 54人
- 代表者
- 中岸雅夫 氏
- 所在地
- 徳島県鳴門市撫養町南浜字東浜24番地21
- Tel
- 088-685-0195
- 事業内容
- LPガス・器具の販売▽ガス配管工事、水道給排水工事・冷暖房工事の設計施工▽電気機械器具の販売▽電気工事、電気工事の設計施工▽小売電気事業の代理・取次業務▽住宅の新築・増改築・建替え・リフォームの設計施工、ハウスクリーニング業 ほか