経営支援の現場から
コミュニケーション力や事業者理解力がカギ 商工会議所・商工会に今求められる「課題設定型支援」とは:埼玉県商工会議所連合会広域指導員・黒澤元国氏
経営環境の変化が非常に激しい中「本質的な経営課題は何か?」を見極めて解決につなげる「課題設定型」の支援が注目されている。多くの中小・小規模事業者にとって最も身近な存在である商工会議所・商工会では、この課題設定型支援の取り組みが広がりつつある。経営支援の現場における新たな挑戦をレポートする。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)
2023年 1月 11日
商工会議所の経営指導員などを経て埼玉県商工会議所連合会の初代広域指導員に就任した黒澤元国氏は、商工会議所・商工会の経営指導員のスキル向上に取り組んでいる。また、これまで長年にわたり数多くの企業の経営支援を行ってきた経験から「課題設定型」の支援の重要性も強く認識している。支援の現場で活躍する黒澤氏に話を聞いた。
黒澤元国氏(くろさわ・もとくに)大学卒業後、大手流通会社、大滝商工会(当時)、秩父商工会議所を経て2021年4月から埼玉県商工会議所連合会広域指導員。県内の事業者支援と支援担当者育成を手掛ける。中小企業診断士、一級販売士の資格を持つ。中小企業庁の「伴走支援の在り方検討会」や「中小企業収益力改善支援研究会」などの委員などを務める。
課題設定型の支援はなぜ今求められているのですか?
企業を取り巻く環境の不確実性が高まっている。目先の課題に対して対症療法のように補助金を提案するといった従来の課題解決型の支援では、その時は助けになっても翌年には役に立たない、というケースが目立ってきている。そこで、売り上げ不振など表面的な経営課題が解決できない本当の原因(真因)を探り出し、それを本質的な課題と設定して解決に向けて取り組んでいくことが大事だ。
こんな事例がある。家族経営の釣具店で、オリジナルブランドを保有している。インターネットで注文は全国から寄せられ、売上拡大基調にあり、金融機関に高く評価されていた。その一方で、親子の間に壁があり、意思疎通が図られていないという問題があった。そこで経営者の父親と後継者の息子と別々にヒアリングを行い、真因を探ってみた。その結果、過去に経営手法を巡って親子間に溝が生じ、意思疎通が図れていないことがわかった。息子はネット注文の対応に追われ、新商品の開発に手が回らなくなっていたが、父親の方は「夜遅くまでパソコンをのぞき込んで何をやっているんだ」ぐらいにしか思っていなかった、という状況だった。
ヒアリングを通じ、心の中ではお互いを理解していることも把握できた。そこで、まずは親子間のコミュケーションの機会を設けるべく、食事会の提案を行った。さらに、息子がオリジナル商品の開発強化に専念できる時間を確保するため、デジタル対応力のあるアルバイトの採用を行い、ネット注文の対応を任せた。すると売上拡大の障壁が取り除かれ、年商は1.8倍になった。親子間のコミュニケーション不足、それによるオリジナルブランドの開発・販売モデルの崩壊という本質的な課題を解決したことで、こういう結果につながった。
また、現代は環境変化が激しく、課題解決に対して唯一の正解はないといえる時代だ。そんな状況下では、常に事業者と対話しながら、変化する経営課題をとらえ続ける必要がある。私たちも「なにか支援して終わり」ではなく、「何をすべきか」について事業者と伴走しながら常に考え続けるような支援に変えていかなければならない。
課題設定型支援を実践するために大切なことはなんでしょうか?
最大の課題は事業者とのコミュニケーション力。事業者とコミュニケーションを取る際には常にリスペクトから入り、相手の話を否定することなく聞き続ける傾聴の姿勢も必要。上から目線は絶対NG。
コミュケーション力とは「事業者理解力」という言葉に言い換えられる。事業者のことを理解し、どんな情報が必要なのか、そして本質的な課題を引き出すために経営者とどう関わればいいのか。こうしたスキルはまさに課題設定型の伴走支援に求められるものだ。支援機関の担当者がこれらのスキルを身に着けることにより、事業者理解が進めば自ずと課題設定、課題解決につながっていく。
支援ツールは何か特別なものが必要なのでしょうか?
既存の支援ツールで十分。ただし、各支援ツールの持つ本来的な目的を理解し本質的な活用をしていくことが大事だ。たとえば、「財務」「非財務」の両面から経営状態を診断するローカルベンチマーク。以前から国が推奨しており、企業や支援機関、金融機関などが事業性の理解を進めていくうえで優れたツールだ。ただし、あくまでも事業を理解するツールであって、事業計画を作るツールではない。現状認識をローカルベンチマークで行い、行動計画を事業計画書にまとめるなど、それぞれのツールの特徴をつかみながら経営支援に活用してほしい。
いずれにしても、ツールには様々なものがあるので、どれを活用するかは自由。ただ落としてほしくないのは「それを活用することで事業者理解が促進されるか」という視点。事業者を評価するのではなく、事業者を理解することが必要だ。
経営支援の現場を支える組織マネジメントの課題は
課題設定型の支援を実践していくうえで、経営支援の現場ではマンパワー不足が大きな課題となる。とくにコロナ禍直後から、商工会議所などの担当者らは多様な業務に数多く取り組まなければならなくなり、マンパワー不足がいっそう深刻化している。
こうした課題への対応策としては、(1)経営支援に対する組織としての方針の明確化(2)マルチジョブのこなせる人材の育成とフレキシブルな運営体制の構築(3)デジタル化の推進—が挙げられる。第一に、商工会議所など組織のトップが事業者支援に本格的に取り組んでいくという方針を高らかにうたうことが大事であり、そのうえで、一人で多くの仕事をこなせる人材を育て、さらにデジタル化を進めて業務の効率を上げていかねばならないだろう。
個々の商工会議所の支援力を強化していくための広域指導員制度とは
広域指導員は、埼玉県商工会議所連合会に設置されたポストで、(1)県内の企業支援実績の向上(2)経営指導員のスキルアップへの貢献(3)ビジネスマッチングの推進—という主に3つのミッションを担っている。
埼玉県では2021年度にスタートし、私が初代の広域指導員となった。当初、私だけだったので、できることには限りがあった。そこで(1)(2)に関しては、県内の16商工会議所すべてを一度にフルカバーするのではなく、積極的に手を挙げてきた商工会議所を徹底的に支援することとした。実際、川越商工会議所からは着任してすぐに連絡があり、支援に取り掛かった。1年ほど関わった結果、今や独力で経営革新支援や事業再構築支援ができるまでに経営指導員のスキルが向上した。現在は、経営改善など、より踏み込んだ支援も行っている。
一方、(3)については、商工会議所という枠組みにとらわれることなく、民間金融機関などと連携し、金融機関が持つネットワークを有効活用させてもらうこととした。
広域指導員をやってみて気づいたことはなんですか
もともと商工会議所の経営指導員には支援のポテンシャルがある。ただ、それをどう発揮したらよいかわからない。経営指導員と帯同訪問を繰り返すなかで、事業者との対話の進め方、課題設定に至るプロセスを共有してきた。ひとつの支援が終わると、経営指導員、とくに若い経営指導員は自信をもって支援に取り組むようになる。彼らのモチベーションを高め続けることが大切だ。
民間金融機関はとても協力的だ。可能な限り同行訪問をお願いしている。支援の入口から情報を共有することで、その後の融資もスムーズになるし、ビジネスマッチング先の紹介なども得られる。ここと協力しない手はない。
今後の商工会議所・商工会、経営指導員に期待することは
経営支援を難しいものと考えないこと。広域指導員として真っ先に支援した川越商工会議所の経営指導員から言われた最大の誉め言葉は「黒澤さんがどんな高度な支援をやってくるかと思ったら、思ったよりも普通でした」ということ。解決策は事業者の実態に即したものでなくてはならない。それが高度なものであるかどうかは事業者による。そこに気づいてもらえたのが嬉しい。そして、これまで一緒に経営支援に取り組んだ経営指導員には、こんなメッセージを贈っている。「1件やると自信がつく、3件やると実力がつく、5件やると習慣がつく」。
商工会議所や商工会は事業者にとって最も身近な支援機関。そこに所属する経営指導員が課題設定型支援に一丸となって取り組むことが必要だ。そのうえで人材育成が重要となるが、商工会議所からは「人材育成についてOJTが整備されていない」との声が聞かれる。
そんななか関東経済産業局は経営指導員の支援力強化のために課題設定型伴走支援のOJT事業を開始し、人材育成を後押ししている。初年度は5つの商工会議所が積極的に参加しており、非常に期待している。
また埼玉県内の動きとしては、行田商工会議所の経営指導員が音頭を取って自主勉強会を立ち上げている。現在は県内商工会議所の30~40代の経営指導員15人ほどが集まり、支援事例を持ち寄って情報を共有している。このように高みを目指す経営指導員がいることを心強く思うし、こうした動きが広がっていけばいいと願う。そして、一人でも多くの経営指導員が自分のスキルを向上させ、真の伴走支援者になってほしいと期待している。