激変する時代を乗り越える中小企業
2040年問題に対応 脱・集団給食を目指す【モルツウェル株式会社(島根県松江市)】
2023年 7月 20日
1. 事業内容を教えてください
高齢者施設向け調理済み食品の製造・販売や在宅高齢者弁当配食サービスを柱に買い物代行や生活支援など幅広い事業などを展開している。高齢者施設向けに北は北海道から南は鹿児島県まで全国38都道府県の約400施設に年間700万食の調理済み食品を供給している。
この事業をスタートする前は大手弁当チェーンのフランチャイズ店を松江市内で経営し、デリバリーサービスに挑戦するなど独自の事業展開をしていた。来店客と接しているうちに、子供の来店が少なくなる一方、高齢者の利用が増えていることに気が付いた。それが高齢者向けの配食サービスを始めるきっかけになった。
弁当のデリバリーは消費期限もあり、配送エリアが限られるが、下ごしらえした食材を専用のフィルム袋に入れて加熱調理殺菌加工する「真空調理法」と出会い、全国に事業展開できるようになった。
「真空調理法」はパック前に加熱調理する方法と異なり、限りなく食中毒をゼロに近づけることができる。食品衛生管理を徹底したHACCP(ハサップ)認証を受けた工場で調理している。施設厨房の担当者は調理する必要がない。届いた食材を冷たいまま盛り付け、再加熱するだけで利用者に提供することができる。「楽盛」と名付けたこのサービスは、調理の手間を削減し、安心安全でおいしく、高齢者の健康に配慮したヘルシーで栄養価の高いメニューで、利用されている施設から高い評価をいただいている。
多くの高齢者施設は人手不足が慢性化し、厨房を担当する人材の確保に苦労しているため、当社のサービスを利用していただくことで現場の負担軽減にもつながり、コアの介護業務に集中することで、高齢者施設全体のサービス向上にもつながっている。
また、給食・配食の現場は、労働集約型・非効率で生産性が上げにくいため、当社では、作業や工程を科学的に分析するIE(生産工学)やITデジタルの現場導入支援を行っている。
さらに、地元島根では在宅高齢者配食、買い物支援サービス「ごようきき三河屋」を展開。利用者それぞれの要望に合わせた食事や日用品を一軒一軒配達して回わっている。スタッフが利用者との何気ない会話を通じ、元気な姿を確認し、高齢者の暮らしを見守っている。
2. 外部環境の変化でどのような影響を受けましたか
大半の食料品価格が上昇し、収益を圧迫している。特に魚の高騰が激しい。サンマやサバ、サーモンなど魚種によっては手に入れられないものも出ている。鳥インフルエンザの流行で、液卵(鶏卵)にいたっては入手すること自体ができず、献立から除外せざるを得なくなった。さらに電気・ガスの想定を超えた値上がりが追い打ちをかけている。
介護保険施設が一人当たりの食事にかける費用には実質的に基準額が設けられている。基準額を上回る部分の費用は施設の持ち出し負担となるため、販売価格を上げにくく、コスト上昇分は当社がかぶらざるをえないのが実情だ。
さらに、新規顧客の開拓も厳しくなっている。当社の主要な顧客は介護施設。新型コロナウイルスの感染拡大以降、施設への訪問営業が自由にできなくなってしまった。営業訪問の完全シャットアウトが長期化し、営業戦略の見直しに迫られた。
冷凍しないチルドの調理済み食材を松江市の工場から全国に提供しているが、食材の配送に利用するクール宅配便の料金など物流コストがこの10年で上昇し、約2倍まで上昇している。これは、首都圏や関西圏などの大消費地に近い自社便流通の競合他社に有利に働いている。
3. どのような対策を講じましたか
食料価格の高騰対策では、入手困難な原材料や価格高騰が著しい食材の仕入れを抑えるなど献立の内容自体を見直した。高騰する魚は献立に入れる回数を少なくしたり、これまでは仕入れていなかった魚を食材に取り入れたりしている。なますなど調理された形で調達していた食材などは自家調理に切り替えた。魚の代わりに蒲鉾などの練り製品なども工夫して調理して提供するなどさまざまな工夫を凝らしている。
こうした努力を重ね、食べ応えや味、栄養価を落とさずに利用者に提供している。未対応の場合、おそらく6~7%程度の製造コストが上昇していた。放っておけば赤字の懸念があったが、何とか2~3%程度の上昇に抑え込んでいる。
また、工場にあるプレハブ冷蔵庫や冷凍庫については稼働を3割削減した。食材の在庫管理や整理整頓を徹底し、食材を集中させて保管するようにした。そうすることで、空にした冷蔵庫や冷凍庫の電源を落とし、エネルギーコスト上昇を月当たり40万円軽減させることに成功した。また、高温高圧調理殺菌釜やボイラーの稼働時間の幅を短縮し、ガス代を月当たり20万円も軽減した。
価格設定にもメスを入れた。これまで物流費を含めた形で価格を決めていたが、食材の価格から物流費を切り離した。これによって、お客様の理解を得やすくなり、柔軟な値上げができるようになった。コロナによって県外営業が滞ったため、半径200キロメートルまでの物流は自社物流に切り替え、付加価値の流出を抑えている。
顧客の獲得に向けては、知名度を確保している地元山陰の近隣施設に的を絞って営業活動を展開している。SNSやブログサイトを活用した広報やweb広告、電話営業、オンライン面談を強化した。約20%だった山陰エリアのシェアを32%まで上昇させることができた。コロナ禍によって、新たな営業手法の確立に一歩踏み出すことができたと思っている。
2014年から真空調理法を導入したが、それまでは加熱調理した料理を急速冷却する「クックチル調理法」で調理していた。クックチルの消費期限は4日程度だが、真空調理は消費期限が14日程度まで長持ちする。消費期限の延伸は物流リスクだけでなく、物流リードタイムへの対応などさまざまな面で良い影響を与えている。
経営者の仕事は「人材採用」と「ビジネスモデルづくり」だと考えている。目指す世界観をブランディングに落とし込み、PRする。大学講師を引き受け、学校や企業間の交流会を積極的に主催するなど間接的な広報活動にも取り組んでいる。大手企業の役職定年者の獲得、中途採用、副業人材、海外人材、障がい者雇用の促進など採用を多角的に進め、要員を確保している。
4. 今後はどのように展開していきますか
団塊の世代のすべてが75歳以上になる「2025年問題」、高齢者を支える現役世代が急減する「2040年問題」など将来的な人材不足が懸念されている。これに対応するため高年齢層や外国人、障がい者の活用など効果的に人材を活用できる新しいシステムや新たなビジネスモデルの構築にチャレンジしている。
その一つが高齢者施設での疾病や障がいを持つ方々の活用だ。一般の企業では働けない就労困難者を支援する松江市の障がい者就労支援事業所などと連携し、働きたい障がい者と人材不足の施設厨房とを組み合せるため、2020年から障がいを持つスタッフだけで有料老人ホームの厨房を運営する実証実験に取り組んでいる。
現在、松江市内の施設で実施しているが、そこでは発達障がいのスタッフがワンオペレーションで施設内の食事の盛り付けや配膳などを担当してもらっている。実証実験を通じて、多くの高齢者施設で障がい者の雇用を可能にするためのシステム構築を目指している。
例えば、障がいを持った人たちは、その時の精神状態によって仕事ができたり、できなかったりする。その心の動きをビックデータとAIなどデジタル技術で「見える化」し、指導員が適切な指導や対応ができるように支援する「障がい者の気持ち見える化システム」の開発を進めている。システムを活用して、障がい者の心の動きを指導員がしっかりと読み取り、安定的に働けるよう支えていくためのツールだ。
高齢者施設の厨房の運営は早朝勤務や覚えることが多く、働き手が少ない分野。一方で、障がい者の就労支援事業所の多くは赤字経営だといわれている。われわれの取り組みが全国に広がれば、少なくとも3万人の障がい者の雇用を生み、自立する障がい者を増やすことができるうえ、就労支援事業所の経営健全化、給食現場の人材不足解消にも効果が期待できる。
また、デジタル技術を活用して、高齢者施設の利用者の配膳情報を管理するシステムの開発や厨房での作業を支援するシステムの開発にも取り組んでいる。
利用者の日々の献立の内容、好き嫌い、健康上、提供してはいけない食材などの情報を一元的に管理し、その情報をもとに一人一人の配膳を誰でも覚えずとも簡単にできるようにする。介護施設給食の栄養管理、調理製造からデリバリーまでバリューチェーン全体の品質向上、生産性向上を実現するシステムを構築することを目指している。効率化を進めることで、利用する高齢者だけでなく、これらを支える施設や施設で働く人たちの環境を改善する。
「誰もが最期までごきげんな社会をつくる」が当社のビジョン。サービスを受ける側、サービスを提供する側の双方が「ごきげん」であり続けられる環境を創り出し、老いる日本の高齢化社会をもっとポジティブなものにしていきたい。
企業データ
- 企業名
- モルツウェル株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1997年11月
- 資本金
- 1000万円
- 従業員数
- 119人(パート・アルバイト含む)
- 代表者
- 野津積 氏
- 所在地
- 島根県松江市北陵町18-1
- 事業内容
- 全国高齢者施設向け完全調理済み食材の製造販売、システム及びソフトウェアの開発・販売・保守・コンサルティング、在宅高齢者弁当配食サービス事業、買い物生活支援、シェア物流事業など
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