中小企業とDX
“三種の神器”で「絶望的」から全国一のDX先進企業へ変貌【城善建設株式会社(和歌山県和歌山市)】
2023年 3月 6日
和歌山城の近く、かつては紀州藩の武家屋敷が立ち並んでいた和歌山市中心部に本社を構える城善建設。同社は、DXによって収益力向上や経営効率化を実現したとして2021年12月、「全国中小企業クラウド実践大賞」で最高賞となる総務大臣賞を受賞し、一躍、脚光を浴びた。全国一のDX先進企業ともいえるが、実は、わずか数年前までデジタル化とはほど遠い状況にあった。これに見かねて社内のDXに挑んだのが、郷里にUターン転職してきた和田正典氏。彼の取り組みは、業務の効率化によって仕事のスタイルを変えただけでなく、残業が多かった社員に対して仕事以外の時間を作り出した。さらには彼自身にも大きな変化をもたらすこととなったのである。
情報は属人化、紙ベースの業務でチャンスロス
同社は、お手ごろ価格の注文住宅「コージーホーム」で知られる住宅事業、大型マンションや公共施設といった建築事業などを手掛ける。また6社ある関連会社は、損害保険や学校給食、さらには地方創生関連事業などバラエティに富んでいる。このようにユニークで多角的な経営を行っている同社だが、社内には50~60代の中高年社員が多く、ITやDXとは無縁とも思える状況だった。同社代表取締役の依岡善明氏も「DXは必要だと思いつつも、通常の業務が忙しく勉強する時間が確保できない。社員の年齢層が高く、やっても難しい、というのが正直な気持ちだった」と振り返る。
大手事務機器・光学機器メーカーやITコンサルティング会社を経て2014年に中途入社してきた和田氏も「(DXに関しては)絶望的だった」と話す。情報を他の社員と共有するという文化がなく、属人化だけが進んでいた。各自に支給されているパソコン内には図面や顧客情報など業務に必要な情報を各自が蓄積していたが、そのパソコンの持ち主だけがわかっている状態。また、パソコンの不具合などで情報を取り出すことができないときには、バックアップで保管していた紙の資料をひっくり返して書類を作成。こうした紙ベースの業務に時間を費やし、ビジネスチャンスを逃していたともいえる。
入社前の経歴から和田氏は社内のパソコントラブルなどに対応していたが、ある社員がパソコンを完全に壊れた状態で持ち込んできた。蓄積されていた情報は消失。バックアップもすべて取っていたわけではなかった。これがきっかけとなり、和田氏は「情報システムの仕事をさせてほしい」と依岡氏に直訴。こうして「Jyouzen Group Cloud Project」と銘打った同社のプロジェクトは2018年にスタートした。
“難攻不落”とみられたベテラン社員から始めた個別指導
プロジェクトを進めるに際して和田氏が念頭に置いたのが“4つのS”。情報の共有(Share)、セキュリティ(Security)、業務のスピード(Speed)、ストレスフリー(Stress-free)の4点である。そのうえで使用するツールをクラウドストレージの「box」、業務管理システムの「Anyone」、ビジネスチャットの「slack」に絞り、これら“三種の神器”を連携させてクラウド化を実現。事務作業をすべてネット上で完結できるようになった。また、3つの既存ツールに限定したことで、初期費用を抑えるなどメリットも大きかった。
システムが構築されると次の課題は社員教育。和田氏は、大人数を集めての説明会ではなく、社員一人一人のもとに出向き、「1on1」(ワンオンワン、1対1)でレクチャーを行った。しかも、最もデジタルが苦手だと思われるベテラン社員から取り掛かった。対応力の高い若手から教える方が容易だが、それでは「後回しにされた中高年の社員が疎外感や反感を覚え、強硬な反対勢力となりかねない」と和田氏。逆に、“難攻不落”とみられたベテランを最初に味方につけたことで、その後の流れがよりスムーズになったという。
もちろん、ベテランへの指導は一筋縄ではいかなかった。いきなり思いもよらない操作をするなど、苦労の連続。それでも和田氏は嫌な顔一つ見せず、それどころか、「そういうこともあるんですね。大変勉強になりました。ありがとうございます」と感謝の言葉を発していた。こうした和田氏の人柄もあり、個別指導は順調に進んだ。その様子を間近で見ていた依岡氏は「人間関係も良好となり、社内が一つの輪になった」と社内の変化を肌で感じたという。
重い図面に代わってタブレット端末を現場に携帯
DXにより仕事のスタイルは大きく変化した。現場に出向く社員は、重い図面に代わってタブレット端末を携帯。かつては資料の確認や提出などの理由で会社に戻ることが多かったが、今は手元の端末でほとんどの用件が済むため、会社と現場との往復は激減。時間に余裕が生じたことで、以前は1日3現場が限度だったが、今は5、6現場も回れるようになり、「ガソリン代はかえって増えてしまった」(和田氏)と苦笑いするようなことも。
また、顧客への対応も向上した。全社員が顧客情報をパソコンで呼び出せるため、電話がかかってきたときや、顧客がアポなしでモデルハウスを訪れたときでも、全くの新規なのか、契約間近にあるのか、といった進行状況を即座に把握。それぞれのステージに応じた対応が可能となり、顧客満足度を高めている。
とりわけ社員が喜んだのが残業の減少だ。かつては最低でも2日かかった申請書類の作成が今は10分程度になるなど、事務作業の効率化が進展。通常期はもちろん、残業が当たり前だった年末・年度末の繁忙期にもたいていは定時で退社している。これにより社員は、家族との団らんや趣味など、仕事以外のことに時間を費やせるようになった。
女性社員から感謝の言葉 「可処分時間」を作り出したDX
こんなことがあった。ある日のこと、和田氏は事務を担当する先輩女性社員から突然、「ありがとう」と声をかけられた。なんのことかと怪訝に思っていると、彼女の母親のことだった。母親は病弱で入退院を繰り返していたが、以前は残業など仕事が忙しく、見舞いや世話など十分にはできないでいた。しかし、DXによって定時で退社できるようになり、母親と接する時間をたっぷりと取れるようになったという。母親は2021年3月、74歳で亡くなったが、「それまでの1年ほどは、自宅や病院でいろんな話をしながら母に付き添うことができ、最後は落ち着いて看取ることができた。これもDXのおかげ」と彼女。その気持ちが和田氏への感謝の言葉になったのだ。
このようにDXは、経費削減や顧客対応の改善といったビジネス面のメリットだけではなく、仕事以外の時間を有意義に過ごすことにもつながっている。ITの世界では「可処分時間の奪い合い」と言われているが、和田氏は「1日24時間と限られている時間の中で自分の好きなこと、やりたいことに使える時間をどれだけ確保できるかが大事」と訴える。人生の豊かさをもたらす方法の一つがDXだという。
「広く社会の役に立つべき」との“親心” 独立して東奔西走
「DX前はどんなだったのか、記憶にない」との冗談が社員の口から聞かれるほど、DXは当たり前のこととして社内に定着した。和田氏が当初「絶望的」と評した状況から大きな変貌を遂げたのだが、最も大きく変わったのが和田氏自身だった。総務大臣賞の受賞後、他社から「ウチのDX支援もお願いしたい」と頼まれるなど、引く手あまたの状態。この様子を傍から見ていた依岡氏が和田氏に独立を勧めたのだ。「彼はスキルの高さと人柄の良さを持ち合わせている。それほどの人材はもっと広く社会の役に立つべき」と依岡氏。最初は戸惑いを見せた和田氏も依岡氏の“親心”を理解し、昨年春に同社を退社した。
その後、同7月にモノデジタル株式会社(和歌山市)を設立し、代表取締役をつとめている。また日本デジタルトランスフォーメーション推進協会(JDX)に入会し、和歌山県支部を設立した。現在は城善建設を含めて県内外6社のDXを支援しているほか、自治体や商工会議所などから講義や講座の依頼を受け、東奔西走の日々を送っている。「こんなに需要があるとは思ってもみなかった。(城善建設のDXも)そんなにすごいことをやったという自覚がない」と謙遜する和田氏。「DXは、仕事をする際のストレス感をなくし、可処分時間を作り出してくためのツール。自分がお役に立てるのであれば、DXの普及・定着に貢献していきたい」と話している。
企業データ
- 企業名
- 城善建設株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1993年6月
- 資本金
- 3000万円
- 従業員数
- 40人
- 代表者
- 依岡善明 氏
- 所在地
- 和歌山県和歌山市十一番丁10番地
- Tel
- 073-427-1181
- 事業内容
- 宅地造成・注文住宅の設計施工、一般土木事業など