あの人気商品はこうして開発された「飲料編」
「いろはす」競争厳しいミネラルウォーター市場、「環境」で差別化
日本のミネラルウォーターの消費量は、欧米各国に比べまだ格段に少ない。1990年代から上向いてきたものの、2006年には足踏み状態に入った。そんな市場にあって日本コカ・コーラが「い・ろ・は・す」を投入。「環境」をキーワードに話題性を創出し、その効果で一大ヒット商品を生み出した。その勢いをかって温州みかんのフレーバーウォーター「い・ろ・は・す みかん」をリリースし、順調に愛飲者を増やしている。
環境問題も堅苦しいものからポジティブで身近なイメージへ
2009年5月、ミネラルウォーター「い・ろ・は・す」が日本コカ・コーラから発売され、またたく間にヒット商品となった。それ以前から同社では「森の水だより」(2000ml)、「アクアセラピーミナクア」(500ml、終売)を販売していたが、さらに新しいミネラルウォーター商品を開発したのは、新しい切り口で消費者に訴求すれば、国内市場はまだまだ伸びるという読みからだった。
日本ミネラルウォーター協会の統計によれば、国内市場は、水道水への不安や小型ペットボトルの解禁を追い風に1990年代初頭から右肩上がりの伸長をたどる。が、2006年ごろには個人消費の低迷とミネラルウォーターに対する話題性の喪失から伸びが鈍化した。ところが日本コカ・コーラはそれを逆手にとる作戦に打って出た。
日本が世界でも有数な天然水資源に恵まれた国であるとしても、その1人あたりの年間消費量は08年時点で19.7lにすぎない。それは米国の101.4l、ドイツの148.5l、フランスの125.7l、イタリアの178.5lなどには及びもつかない低水準であった。
同社はこの市場を攻略するにあたり、どのような話題性をもって迫るかを模索し、その重要なポイントとして浮かび上がったキーワードが「環境」だった。
事実、08年に消費者の環境意識を調査してみると、「温暖化防止行動を実践した/している」が58%、「温暖化防止行動を実践したい」が39.8%とその関心度が極めて高いことがわかった。同時に温暖化防止に何か貢献しようと思っても、何をどうすればよいのかわからない人が半数以上もいるという実情も浮かび上がった。
さらに踏み込んで調べてみると、かつて環境問題への取組みは「きまじめ」「ストイック」「おしゃれじゃない」と堅苦しいイメージで捉えられがちだったが、2000年代半ば以降になるとロックミュージシャンによる環境イベントや市民団体による街頭清掃活動、さらにはサーファーによる海岸清掃活動などにより、一転して環境への活動が「前向き」「簡単」「身近な」「おしゃれ」とポジティブで身近なイメージがめばえつつあった。
その世間の動向をとらえ、商品開発の焦点は「環境」へとおのずから絞られていった。
すべてはここに始まる
マーケティング本部ウォーターグループ・マネジャーの小林麻美さんは語る。
「消費者への環境意識調査から、市場に新しい流れが生まれていることが明らかになりました。この流れに乗り、環境に対するアクションのきっかけになるような提案ができれば、きっと消費者に受け入れられる。ミネラルウォーター本来のおいしさと、環境に配慮するという新しい軸を提案していくことで、新ブランドの開発に取り組んだわけです」
ミネラルウォーター市場において、金額で最もシェアが大きいのが500mlペットボトル。しかもその愛飲者の半数近くを20-30代の男女が占めている。当然、その年齢層を念頭に開発が進められる。
なにはともあれまず「おいしさ」だ。これを実現するため、数ある日本の名水地から5つの水源(北海道、山梨県白州、静岡県富士山麓、富山県砺波、鳥取県大山。現在は愛媛県、宮崎県えびのと加えた7つの採水地)を厳選、この水源から天然水を採水した。全国の消費地へは各採水地に近いところから供給している。ちなみに大消費地の都内は山梨、静岡の水が多い。
各採水地でわずかながら硬度が異なる。最も低い硬度は28.8、最も高いそれは44だが、いずれも50以下の超軟水。世界的なブランドとして知られるフランスの「エビアン」「ヴィッテル」などの硬度は300以上だが、日本人には超軟水のミネラルウォーターがおいしく感じられるのだ。
ブランドネーム「い・ろ・は・す」は日本の仮名文字「いろは」とLOHASを組み合わせた造語。「いろは」は物事の基本を意味し、「すべてはここに始まる」という開発の熱情が読み取れる。また、LOHASはLifestyles Of Health And Sustainability(健康と持続的な環境を志向するライフスタイル)の頭文字。「い・ろ・は・す」のパッケージには「I LOHAS」とも表記され、この場合のLOHASは動詞として機能している。
驚異的なペットボトルの軽量化
さて、最重要ポイントの環境への対応である。日本コカ・コーラはかねてサステイナブルパッケージ(持続可能な容器)の開発に積極的に取り組んできたが、この「い・ろ・は・す」では国内最軽量の12gを達成した。飲料業界では96年に500mlペットボトルが実用化され、当時の重量は32gだった。それが98年に20.5gまで軽量化されたものの、それ以降、大幅な軽量化が図られることはなかった。それを「い・ろ・は・す」は12gまで一気に軽量化したのだ。
しかもこの12gボトルには、10年4月から植物由来(サトウキビの廃糖蜜)の素材を5-30%使用。これを同社は「プラントボトル」と称し、この場合、重量12gに対して石油由来の樹脂に相当するのは9.6gにすぎない。同社の試算によれば、販売本数13億本(2011年11月時点)のとき、原油使用量の削減効果は2万4000kl〔「石油化学製品のLCIデータ報告書<更新版>」、プラスチック処理促進協会(2009年3月)に基づき算出〕。1リットルあたりの走行燃費が10kmのクルマの場合、なんと地球1240周分〔「PETボトルのLCIデータ分析調査 報告書」、PETボトル協議会(2006年11月)、石油資料(石油通信出版)に基づき算出〕のガソリンを削減したことになるという。
この超軽量ボトルには、「しぼれる」という重要な訴求点もある。飲み終わったあとの廃容器はかさばり、リサイクルする場合にもさまざまな難点を抱えている。つぶしにくく、押しつぶしても元の形状に戻ろうとして減容化しにくい。ところがこのボトルは子どもの力でも容易にしぼれ、しぼっても元の形状に戻ろうとしないため、大幅に減容化(減容化率50%)でき、かさばらないので外出先で飲み終わったペットボトルが持ち帰りやすくなったなどのメリットがもたらされた。
さらに市場へ一石を投じた
ミネラルウォーターとはいえ、味でも香りでも差別化しにくく、新しさを生みにくい「水」という商品でどうやってヒットを飛ばせるのか。不思議に思う人も少なくないが、実際に「い・ろ・は・す」は爆発的ヒット商品となった。新機軸を立てにくい商品カテゴリーにあって、成功を収めたその要因こそ、消費者の環境への参加意識を高めたことだった。
09年5月の発売後、わずか3カ月後の8月には販売数量が1億本、11月には2億本を突破。多くのヒット商品は出足で爆発的に売れてもたちまち失速してしまいがちだが、「い・ろ・は・す」はその後も売れ続け、翌10年6月には3億本、11年1月には8億本、そして同年12月には13億本を超えた。
ミネラルウォーター商品の容量を増やすことに対する消費者からの要望は強い。そこで11年3月に520mlのペットボトルの容量を555mlにまで増やした。もちろんボトルの重量は12gのままだ。ちなみに、これに先立つ10年6月に中型サイズ(1020ml)の「い・ろ・は・す」も発売しているが、このペットボトルの重量は18gで中型サイズとしては国内最軽量だ。
いまや強力ブランドに育ってきた「い・ろ・は・す」の勢いはミネラルウォーターにとどまらない。フレーバーウォーターへとその領域を広げた。
「天然水を購入して飲む習慣のない方もいます。そういう方々にも日本のおいしい天然水を楽しんでもらいたい。そんな思いからフレーバーウォーターを開発しました」(小林さん)
このフレーバーウォーター、温州みかんのエキスを添加した「い・ろ・は・す みかん」だ。10年7月にまずコンビニで発売した。さらに11年3月からは自販機や量販店などへと販売チャネルを拡大する予定だったが、ほぼ同時期に東日本大震災が発生したため計画を繰り延べ、同年秋からようやく徐々に本格的な販路拡大を始め、認知度の高まりとともに順調に販売数量を伸ばしている。
透明ながらみかんの香りと味わいが特徴の「い・ろ・は・すみかん」。差別化の図りにくいミネラルウォーター市場へ投じた一石が、さらにどのような波紋を描いていくのかが楽しみだ。
企業データ
- 企業名
- 日本コカ・コーラ株式会社
- Webサイト
- 代表者
- 代表取締役社長 ダニエル・Hセイヤー
- 所在地
- 東京都渋谷区渋谷4-6-3
掲載日:2012年2月 1日