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千年続く襖の歴史と伝統を後世に 海外市場に活路を見出す「ハリマ産業株式会社」

2023年 12月 11日

海外展開プロジェクトをスタートしたハリマ産業の大久保謙一代表取締役
海外展開プロジェクトをスタートしたハリマ産業の大久保謙一代表取締役

平安時代から千年の歴史を有する襖(ふすま)。住宅の洋風化で国内市場が縮小し、多くの同業者が姿を消していくなか、伝統的な襖作りを守り続けるハリマ産業株式会社(千葉県松戸市)は、海外展開に向けたプロジェクトに着手した。日本文化に対する関心がとくに高いといわれるフランスに照準を合わせ、今年6月には大久保謙一代表取締役が渡仏。日本の伝統産業を後世に伝えていくため海外市場に活路を見出していく。

住宅の洋風化で市場縮小 安価な段ボール襖作りを中止

創業者の大久保敏行氏
創業者の大久保敏行氏

同社創業者の敏行氏(大久保氏の父)は、兵庫県姫路市で襖メーカーを経営していた兄の勧めで、都内の信用金庫を退職して1970年に埼玉県飯能市で襖作りをスタート。当時は個人経営だったが、兄の会社と同じ「ハリマ産業」との看板を掲げた(会社設立は1984年)。1971年には、都心に近く数多くの住宅建設が見込まれる千葉県松戸市に移転。1986年に同市内の工業団地に現在の本社工場が完成した。

襖は平安時代に始まり、安土桃山時代には現在の形が完成したといわれる。戦後の高度成長期になると、簡素な作りで大量生産に適した段ボール襖にシフトする動きが出てきた。同社は当初から段ボール襖を手掛けていたが、1999年には生産を中止し、伝統的な襖作りを始めた。住宅の洋風化に加え、バブル崩壊で市場の縮小に拍車がかかり、敏行氏は「これ以上、安物の段ボール襖を作っていても未来はない」と考えて決断した。

同社はその後、製造方法や管理の仕方などを見直し、「千年続く襖の歴史と伝統を、新しい視点と技術で受け継ぐ」との姿勢を強く打ち出した。1998年に入社した大久保氏も前職の大手印刷会社での営業経験を活かし、住宅メーカーへの納入に成功した。同業者が次々と倒産・廃業していくなか同社は生き残りをかけて懸命の努力を続けていった。

天皇陛下ご訪問の栄誉 お言葉で「腹をくくった」

2005年7月にハリマ産業を訪問された天皇陛下(当時)
2005年7月にハリマ産業を訪問された天皇陛下(当時)

将来の方向性を模索していた最中の2005年7月15日、同社は天皇陛下(現在の上皇さま)のご訪問という思いもよらない栄誉に浴した。陛下は「江戸からかみ」(和紙に様々な装飾を施して作られた工芸品)の木版刷り実演や襖製造の全工程などをご視察。そして社員との懇談も行われた。「懇談には同行の経済産業大臣や千葉県知事、侍従らは加わらず、陛下と私たちだけ。失礼がないよう事前に想定問答の練習を重ねた」(大久保氏)という。

ところが、懇談が始まると陛下は冗談を交えながら気さくに話を始められ、準備していた答えはほとんど不用になった。そして陛下は「襖は少なくなったが、宿泊したホテルなどに襖があると落ち着く。これからも日本の伝統文化を後世に伝えてほしい」と述べられたという。「陛下のお言葉で私たちは腹をくくった」と大久保氏は振り返る。それまで社内では「襖だけではだめだ。なにか新しいことをやらなければ」という声が事あるごとに出ていたが、ご訪問を境に全く聞かれなくなったという。

なお、ご訪問を記念して同社は翌年から7月15日を「行幸記念日」とし、独自の休日としている。

パリで目にした伝統産業品 「次は襖。今がチャンスだ」

渡仏の際に持参した襖のサンプル
渡仏の際に持参した襖のサンプル

現在、年間1億円以上の売上高を持つ襖メーカーは関東で3社、全国でも10社を切っているという。伝統産業を受け継ぐ数少ない襖メーカーとして生き残っていくために同社は海外市場に目を向けた。2021年12月からは商工中金と中小機構の支援を受けて海外展開プロジェクトをスタートさせた。

同年10月から同社は「5S」(整理、整頓、清掃、清潔、躾)についてハンズオン支援を受けていた。「専門家が派遣され、見る見るうちに事務所や工場の中が片付いていった」(大久保氏)。商工中金と中小機構による支援が非常に役立つことを認識した大久保氏は、前々から抱いていた海外展開の夢に向けて引き続き両者の支援を受けることにした。

欧米や東南アジアを中心にリサーチを進めた結果、日本の文化や伝統産業への関心が高いといわれるフランスにターゲットを絞った。そしてプロジェクト着手から1年半経った今年6月、大久保氏は専門家らとともに商談のために渡仏した。

約30年ぶりの海外渡航だった大久保氏はパリで大きな衝撃を受けた。世界最古の百貨店「ル・ボン・マルシェ」を訪れた際、岩手県の南部鉄器や岐阜県関市の包丁といった日本の伝統産業品が販売されていたのだ。ほかにも日本の伝統的な製品や食品などを数多く目にしたという。「“失われた30年”で日本は負けたと言われるが、それは間違い。自分がバブル崩壊後の負の遺産の処理に追われている間に、着実に海外展開を進めていた中小企業もあったのだ」。

また事前の海外市場調査で、伝統的な和室欄間に使用されていた組子細工や、障子、屏風が脚光を浴びていることも知った。「海外進出なんてウチには関係ないと思っていたが、それも誤り。次は襖の番。今がチャンスだ」との思いをいっそう強くして1週間ほどのパリ訪問を終えた。

美しさと作りの良さを追求 海外販売でブランディング

「日本の伝統を後世に伝えていくことが使命」と話す大久保氏
「日本の伝統を後世に伝えていくことが使命」と話す大久保氏

来年1月には同社社員が改めてパリを訪問する。インテリアショップや雑貨店などと商談を行うほか、滞在中に開催される欧州最大級のインテリア・デザイン見本市「メゾン・エ・オブジェ・パリ」の会場にも足を運び、出展者に襖をPRする考えだ。「海外、とくにフランスで販売していくには美しさや作りの良さを追求しなければならない。さらに現地の住環境や気候風土に合わせ、襖をカスタマイズする必要もある」と大久保氏。

海外で人気となっている製品を扱う企業では、売上高全体に占める割合が小さくても海外での実績がブランディングにつながっている例もある。「海外進出の効果を国内販売に及ぼすことが期待できる。国内にわずかに残る襖メーカーの1社として日本の伝統を後世に伝えていくことが使命だ」と大久保氏は話している。

企業データ

企業名
ハリマ産業株式会社
Webサイト
設立
1970年
資本金
1000万円
従業員数
35人
代表者
大久保謙一 氏
所在地
千葉県松戸市松戸新田129番地1
Tel
047-368-2511
事業内容
木製建具(襖、戸襖、障子、各種ドア)の製造・販売・取付工事