事業承継・引継ぎはいま

第9回:地域活性化に向けて第三者承継「有限会社みねおかいきいき館」

地域の核となる交流拠点を守るため、第三者の住民間で運営会社の事業承継に成功した事例がある。1998年から地場産品の販売や都会の子どもたちに体験学習を提供してきた有限会社みねおかいきいき館(千葉県南房総市)だ。創業者7人の高齢化を受け、創業20周年目に当たる2019年夏に地元の中堅経営者2人に経営権を譲渡。運営を工夫することで、地域の活性化と経営の安定を目指している。

新経営者の芳賀氏(右)と旧経営者の朝倉氏
新経営者の芳賀氏(右)と旧経営者の朝倉氏

酪農発祥の地で多彩な体験提供

酪農を学べる県の施設「酪農のさと」
酪農を学べる県の施設「酪農のさと」

千葉県南房総市大井地区(旧安房国嶺岡)は、日本で初めて酪農が始まった地域である。平安時代は馬が放し飼いにされて朝廷に納められ、鎌倉時代から戦国時代にかけては軍馬の生産地だった。江戸時代に入り、安房国守・里見氏の牧場から幕府直轄となり、8代将軍・徳川吉宗がインドから白牛(乳牛)3頭を輸入・繁殖させ、牛乳から白牛酪という乳製品を作った。

千葉県はこの地に「日本酪農発祥之地」の記念碑を立て、県の酪農指導・研究拠点「嶺岡乳牛研究所」と酪農の歴史を学べる展示施設「酪農のさと」を設置する。みねおかいきいき館はそれらに隣接する民間施設として1998年に開設された。創業者の一人である朝倉常夫氏(81)は「周辺に食事ができるところがないため、訪れる人が足をのばせる飲食・休憩施設を作ろうと考えた」と振り返る。地元の酪農家ら7人が50万円ずつ出資した。

自然薯(じねんじょ)を使った名物丼を始め、そば、うどん、アイスクリームなどの飲食・物販のほか、農業酪農体験も提供する。例えば「田植え」「稲刈り」「酪農」「バター作り」「そば打ち」「餅つき」「水鉄砲作り」「わら細工」など約20種類の有料体験コースを用意。東京の足立区、北区、練馬区の小学校の校外学習拠点となっているほか、中学、高校、大学、さらには企業の社員旅行などにも組み込まれ、体験コースだけで年間5000人以上を受け入れている。

旧株主が協力、若手も引き入れる

名物料理は自然薯を使ったどんぶり
名物料理は自然薯を使ったどんぶり

ただ開設して20年近く経ち、当初は60歳前後だった創業メンバーも80歳にさしかかった。1人は死去、もう1人は事業から退いた。危機感を抱いた朝倉氏らは、南房総市大井区長を務める芳賀裕氏(67)に相談。事業を承継したい出資者を地域内で募り、新メンバーで施設を存続させる方向で検討を始めた。

実は芳賀氏は30代で東京都内からこの地に移住してきた経歴を持つ。「自然あふれる環境でのびのびと子育てしたい」と勤めていた川崎市の製鉄所を退職し、千葉県館山市にあった半導体製造会社に転職した。17年ほど前に独立して、仲間と生産現場向け環境保全装置の製造・販売・メンテナンス会社を運営している。この間にさまざまな地域活動にかかわり、「地域の核となる施設を潰してはいけない」と考えた。

検討に当たっては、南房総市朝夷商工会と千葉県事業引継ぎ支援センターに相談し、株式譲渡の方法や注意点、契約書作成方法などのアドバイスを受けた。新旧株主の意見交換会にもアドバイザーとして参加してもらった。その結果、創業メンバーのうち5人が株式を売却し、地元で自動車整備・販売会社を営む川上勝氏(66)が150万円、芳賀氏が100万円を出資。残る2人分は引き続き株式を保有してもらうことで合意した。建物などの固定資産も無償で引き継いだ。

「事業を引き継ぐに当たって条件としたのは、旧株主に少なくとも1年間は協力してもらいたいという点だった」と芳賀氏。新たに経営陣となる2人にとって飲食・観光業は素人であり、ノウハウがない。もちろん本業の仕事もあり、特に芳賀氏は顧客企業が半導体・電子部品関連であり、国内だけでなく中国、台湾、韓国にも出張する。

このため、調理や顧客対応の運営スタッフ6人を確保し、基本的に運営スタッフ同士が話し合って出勤日などを決める自主運営とした。経営陣2人は直接運営にはタッチせず、事業計画の策定や経理作業などに専念する。

旧株主とその家族に協力スタッフとして参加してもらい、体験コースでの指導やアドバイスを受けられる体制にした。また、環境整備の草刈りや力仕事を担う作業スタッフを若手数人に依頼。彼らには10年後の事業承継を期待している。スタッフの時給は一律1000円で、自己申告で運営する。

台風15号で防災機能を証明

手作りの雑貨類や調味料も販売している
手作りの雑貨類や調味料も販売している

川上氏や芳賀氏は施設を引き受ける際、この施設が「地域の安全・安心を担う防災拠点としての機能を担える」と考えたという。その真価が2019年8月31日の事業引継ぎ直後となる9月9日に試された。台風15号による大雨と強風で、千葉県内は広い範囲で電柱が倒壊し、施設周辺も9日間停電。南房総市が供給する水道もすぐに断水した。

施設には可搬式の発電機が持ち込まれ、運営を継続できるようにした。市の水道とは別に大井地区の約70軒が使う地域水道は断水しなかった。このため連日、おにぎりや弁当の炊き出しを行い、約100食を無料で提供した。

独居老人に対する配食サービスも継続できた。2008年から南房総市の事業として受託しており、近隣に住む8人に対して週2回食事を届けている。芳賀氏は「できるだけ保存料を使わず旬の味にこだわっている。台風15号の際は延べ77人の近隣住民が調理の手伝いに参加してくれた」と語る。

地区の中心的施設である青年館では、スマートフォンなどの充電や炊飯器・洗濯機の設置運用や給水活動に加え、支援物資を必要な家庭に配った。また可搬式の発電機を使い、自宅の風呂で入浴してもらう巡回サービスや浄化槽の空気ポンプへの給電も実施した。

オートキャンプ場の開設も検討

低温殺菌により美味しい牛乳も販売
低温殺菌により美味しい牛乳も販売

川上氏と芳賀氏が経営者となり、まず手を付けたのがソフトクリームの価格見直しだ。従来は300円で販売していたが「高価な原料を使うため利益率が低い」として、12月1日に350円に改定した。「スタッフにコスト意識が芽生えつつある」と芳賀氏は目を細めるが「ブルーベリーやユズがたくさん採れる地域なのに、商品として生かし切れていない」と課題も挙げる。

事業を引き継いだ今年度は、前年並みの年商1000万円程度を見込み、「最初の1~2年はほぼ赤字を覚悟している」と芳賀氏。とはいえ、数年以内にオートキャンプ場を建設して増収を目指すことも検討している。「誇るべき文化と歴史を持ったこの地域を紹介できる喜びは大きい」と笑顔を見せる。

企業データ

企業名
有限会社みねおかいきいき館
Webサイト
創業
1998年8月
資本金
350万円
従業員数
6人
代表取締役
川上勝氏
取締役
芳賀裕氏
所在地
千葉県南房総市大井681-2
電話
0470-46-8611
事業概要
地場産品の販売・飲食業、農業・酪農・食品加工体験

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