社会課題を解決する
AI創薬を第一歩に文明発展の主役を目指す「SyntheticGestalt株式会社」
2022年 3月28日
新薬の開発には長い年月と巨額の費用がかかる。こうした課題について、人工知能(AI)による新薬の発明を実現することでその期間の短縮と費用の削減を目指すのがSyntheticGestalt株式会社(シンセティックゲシュタルト、東京都新宿区)だ。新型コロナウイルス感染症の治療薬の創出についても製薬会社と提携し、注目されている。創薬を第一歩にしてAIによる画期的な発明の量産を目指す同社の取り組みは高く評価され、代表取締役CEOの島田幸輝(しまだこうき)氏は、中小機構主催の「第21回Japan Venture Awards」(JVA)で中小企業庁長官賞を受賞した。
創薬の研究期間を短縮、費用も圧縮
京都大学経済学部で経済学を専攻した島田氏は卒業後、大学の友人と共同でサイバーセキュリティ会社を創業し、CTO(最高技術責任者)をつとめた。その後、会社を退き、イギリスに渡航。開発した囲碁の強化学習プログラムがプロ棋士を破ったことでも話題となったDeepMind社の創業者らも在籍していたUCL(ロンドン大学)で機械学習によるタンパク質の機能予測について研究を行った。「未知のタンパク質のアミノ酸配列情報のみからそのタンパク質の酵素機能が特定できるようになると、疾患に関わるタンパク質の探索や、新しい有用合成生物の開発が可能になる」(島田氏)として、大学での研究成果をもとに2018年、AI創薬を手掛けるSyntheticGestalt社をロンドンと東京で設立した。
同社のAIシステムは、機械学習によって新薬に繋がる候補化合物を発見しようというもの。従来の数千倍にもなる40億個程度という膨大な量の化合物ライブラリーから、最短で1、2日で20~50個の候補化合物を探索し、その後、実験を通じて2、3個に絞り込めるという。前臨床候補化合物として有望な化合物を作り出すのには従来は4年~5年半の時間と20億円の費用がかかっているが、同社のシステムでは、研究期間を数カ月に短縮し、費用を50分の1~100分の1に圧縮することが可能になる。
「今ある難病の中には、莫大な開発費用がかかることから薬を創ることがネグレクトされているものもある。AIの力で費用を抑えることにより、薬を創出できれば、そうした難病に苦しむ人々にとって助けとなりうる」と島田氏は強調する。
創業してから間もないが、すでに製薬会社と新型コロナ治療薬の創出で提携。2021年には医療ベンチャー、デ・ウエスタン・セラピテクス研究所(名古屋市)と炎症・中枢神経疾患に対するキナーゼ阻害薬の共同研究契約を結ぶなど、早くも実績を上げつつある。
NEDOのAIシステム共同開発支援事業に採択、JVA受賞で知名度向上
起業から順調に進んでいるようにも見えるが、当初はAI創薬という新しいビジネスに対して投資家などからの理解を得るのに苦労したという。「ビジネスの蓋然性の評価が難しく、興味は示しつつも投資には至らないケースもあった」(島田氏)という。しかし、設立1年目で新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のAIシステム共同開発支援事業に採択されるなど、同社のビジネスへの理解が徐々に進み、2021年9月には1100万ドル(約12億円)の資金調達に成功。累計の調達額は1400万ドル(約15億円)に上る。
また同年12月のJVA受賞により知名度がアップ。「これまで(社名を伏せた)ステルス状態で事業を進めてきたが、受賞後は製薬会社などからの問い合わせが増えた。当社の活動がこうした形で認められ、社内の士気も上がっている」と島田氏は話す。
カーボンニュートラルを実現するメタン合成の共同研究も
同社の取り組みは創薬にとどまらない。具体的には、地球温暖化の原因となるCO₂から、都市ガスの原料として利用できるメタンを合成する研究を東京ガス株式会社(東京都港区)、および東京工業大学と共同で進めている。これは、AIによって探索した酵素の力で、反応速度を大幅に向上させた改良メタン生成菌を開発し、CO₂と水素から効率的にメタンを合成しようというもの。メタンが燃焼する際にCO₂を排出するが、元々がCO₂から合成されたものであるため、カーボンニュートラルを実現することになる。
このほかにも、環境問題化しているプラスチックごみ問題を解決するため、プラスチックを分解する合成生物を作り出すのに必要な酵素や、日本ではほぼ全て輸入に頼っているレアメタル資源の再利用を可能にするレアメタル結合酵素などを見つけようと、独自に研究を進めている。将来的には、IPO(新規株式公開)で資金調達を実現できれば、創薬をビジネスの軸にしつつ事業領域をさらに広げていく考えだ。
天才に依存せず価値ある発明を安定的・大量に量産
同社のビジョンは「Develop an autonomous system to make valuable discoveries en masse」(価値ある発見を量産する自律的なシステムを構築する)。人間の社会活動において最も創造的で価値の源泉となることは科学的な発明をすること、というのが島田氏の持論である。たとえば「近代日本医学の父」として知られる北里柴三郎博士は19世紀末に血清療法を発明したことで、多くの命を救うこととなった。しかし、こうした天才たちによる画期的な発明を人類はいつの時代でも享受できるわけではない。いつ現れるのかわからない天才たちに依存するのではなく、AIを活用した自律的なシステムを構築することで、価値ある発明を安定的かつ大量に生みだしていこうというのだ。AI創薬はその第一歩である。
そして、同社のミッションは「Play a leading role in the advancement of civilization」(文明発展の主役になる)。かつてイギリスは18世紀後半からの産業革命によって世界の覇権国家となり、現代ではアメリカが原子力やインターネットといった様々な技術革新を通じて人類の文明発展をリードしてきた。島田氏は「画期的な科学的発明を生みだした国が文明の発展をリードしている」と指摘したうえで、「これからはAIを活用することで世界のパワーバランスも変わりうる」と話す。「AIを使って発明を量産したい」という思いで起業した島田氏は文明発展の主役を目指して歩みを続けていく。
企業データ
- 企業名
- SyntheticGestalt(シンセティックゲシュタルト)株式会社
- Webサイト
- 設立
- 2018年12月
- 資本金
- 9900万円
- 従業員数
- 18人
- 代表者
- 島田幸輝氏
- 所在地
- 東京都新宿区内藤町1-6
- Tel
- 03-4570-8634
- 事業内容
- AIを活用した創薬事業
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