中小企業応援士に聞く

「社員ファースト」の経営が酒造りの強みに【株式会社一ノ蔵(宮城県大崎市)鈴木整代表取締役社長】

中小機構は令和元年度から中小企業・小規模事業者の活躍や地域の発展に貢献する全国各地の経営者や支援機関に「中小企業応援士」を委嘱している。どんな事業に取り組んでいるのか、応援士の横顔を紹介する。

2023年 10月 23日

一ノ蔵の鈴木整社長
一ノ蔵の鈴木整社長

1.事業内容をおしえてください

手作りの仕込みによる高品質な酒造りを続ける
手作りの仕込みによる高品質な酒造りを続ける

1973年(昭和48年)に宮城県内の歴史ある4つの酒蔵が企業合同して誕生し、今年でちょうど50周年を迎えた。大崎市の本社蔵を拠点に南部杜氏の伝統の技を継承し、手造りの仕込みによる高品質の酒造りを続けている。中小機構とは昔から縁が深く、企業合同して一ノ蔵を設立した際、中小機構の前身である中小企業総合事業団の高度化資金を活用した。

伝統的な手造りによる製造方法のもとに醸造した「無鑑査本醸造」は1977年の発売以来、全国の日本酒ファンに評価をいただいている一ノ蔵を代表する商品だが、近年では伝統と技術を守りながら固定観念にとらわれない新しいタイプの日本酒も提案している。アルコール分を清酒の約半分にした「ひめぜん」や発泡するシャンパンタイプの日本酒「すず音」は新たなファン層を獲得し、人気ブランドに成長した。

「一ノ蔵」という社名には、4つの酒蔵が一つになったこと、日本一の酒を目指す、という2つの意味が込められている。創業以来4つの酒蔵の創業家が持ち回りで社長を務めており、私は7代目。創業家の4人とも代表権を持っており、合議制で会社を運営している。

「家族ぐるみでつき合い、喜びも悲しみも分かち合う。力を合わせて新しい蔵を作り、できるだけ手づくりの仕込みを残した高品質の酒を造る」。創業時の初代社長の経営理念を大切に守っている。4人それぞれに得意分野があって、その得意分野を生かし、補完しあっている。「4人で一人前」という心がけで経営に当たっている。

現在の経営陣は、先代たちから事業を引き継ぎ経営者となるため、みな中小企業大学校のお世話になった。私は1年間毎月、東京校で経営管理者研修を受講し、実践的な経営ノウハウを習得した。3人の代表取締役も同様に経営管理者研修や経営後継者研修でみっちりと学んでいる。

中小企業大学校に通ったことで、経営陣で経営課題を共有できた。例えば、これまで仙台港の冷凍倉庫を借りて商品を保管していたが、財務の視点から設備投資して自社で日本酒を保管する冷凍倉庫を持つ方がよいとスムーズに判断できた。大崎市の本社内に免震耐震構造の冷凍倉庫が完成したのが2010年10月。その5か月後に東日本大震災が起きた。新設した倉庫に保管していた酒は瓶が割れることがなく無事だった。大学校での学びにより迅速な経営判断ができたおかげだと思っている。

現在も経営者向けの研修だけでなく、社員を対象にしたオーダーメード研修も積極的に活用している。

2.強みは何でしょう

お互いが尊重し合う労使関係が会社の強みとなっている
お互いが尊重し合う労使関係が会社の強みとなっている

「社員ファースト」の経営こそがわれわれの強みだ。東北地方の酒蔵は、冬の間に職人たちに毎年出稼ぎに来てもらっていた。職人たちに毎年来てもらうため、お互いの立場を尊重し合う風土が昔からあった。酒蔵は職人に「働いていただいている」。職人は「毎年働かせていただいている」。江戸時代からの労使の信頼関係のもとで酒蔵は続いてきた。企業合同で家業から企業に変わった今もこの労使関係を大切に守り続けている。労使関係がうまくいかず、優れた職人がこなくなった酒蔵もある。労使お互いが尊敬し合う関係が優良な経営と収益につながっている。

リーマンショックのころ、「非正規雇用」がクローズアップされた。非正規化が進む中で、当社は一気に正規雇用を始めた。「何かがおかしい」と感じた当時の社長の決断だった。家庭や子供の事情などで「パートのままがいい」という人以外は正社員にした。

また、「多能工化」というキーワードで、ジョブローテーションにも取り組んでいる。製造・出荷には波がある。瓶を包装紙に包む作業は職人技。ベテランに任せていたところがあったが、若い人にもやってもらう。属人化させず仕事を平準化することで、生産性も改善し、有給取得もスムーズになっている。

こうした働き方の提案については、ボトムアップで出てくる。「『社員からの高い信頼を得る』ということを経営理念に掲げていますね、社長」。そう前置きされたうえで「こういうアイデアがあるので、チャレンジしませんか」とアドバイスを受ける。そんなアドバイスを受けて「搾乳室」を設けた。地元の中小企業では珍しいと大きな話題になった。

働き方改革の結果、若者の採用や育成に積極的な中小企業を認定する厚生労働省の「ユースエール認定企業」にも宮城県内で初めて認定された。おかげで人材不足を感じることはあまりない。地元の農業高校を卒業して蔵人として入ってくる社員もいれば、大学で微生物学を研究した人も入ってくる。酒造りはやりがいを持って取り組める職業と考えている方が多く、人気職種でありがたいと感じている。

3.課題はありますか

伝統を守りながら、新しいタイプの日本酒も提案する
伝統を守りながら、新しいタイプの日本酒も提案する

少子高齢化が進行し、これから先、団塊の世代が75歳以上の中後期高齢者になる時代がくる。一升瓶をどんと置いてお酒を飲んでいた方も「もう四合瓶でいい」という感じだ。労働人口が減る中で、お酒の消費人口は減っていく。アルコール度数も、一人当たりのアルコール摂取量も総合的にも減っていく。国内消費はこれ以上伸びないというのが業界全体の見方になっている。

世界的にもアルコール離れが進み、今後、業界の拡大や国内の販売の拡大は見込めない。これからはより一層、量より質が問われていくことになる。生産性を上げることはもちろんだか、一ノ蔵の強みを生かし、付加価値を提案していかないといけない。ここ数年、若い人たちや女性に日本酒のマーケットが広がっている。「ひめぜん」「すず音」はこうした層にヒットした。「すず音」のマーケティング戦略は中小企業大学校の研修の中で、自分で課題研究テーマに設定して検討したものを実践し、売り上げ向上につなげることができた。

4.将来をどう展望しますか

一ノ蔵を代表する無鑑査本醸造(左)と、女性に人気の「すず音」
一ノ蔵を代表する無鑑査本醸造(左)と、女性に人気の「すず音」

海外で日本料理店が増え、レストランでもワインのリストに日本酒を入るようになった。昔は和食やすし店だけだったが、日本食以外の分野にも広がっている。世界中のワイン市場を考えると、日本酒の市場は100分の1ほど。もっと小さいかもしれない。それだけに可能性は無限大だ。

すでに一部では始まっているが、おそらく、これからは日本以外の国でも日本酒が造られる時代が来るだろう。その時、東北や宮城がウィスキーでいうスコットランド、ワインでいうボルドーになれるか。これは、当社だけの問題ではないテーマだ。

普段ライバル関係にある同じ宮城の酒造会社、浦霞とコラボレーションした日本酒を11月に出荷する。世界を見据えて、こうした取り組みが今後、必要になってくるだろう。「宮城県の酒はこういうものだ」とアピールする取り組みを戦略的に進めないといけない。世界に選ばれる、特別なものになるために品質を磨いていかないといけない。

5.経営者として大切にしていることは何ですか

米づくりにも積極的に取り組み、「一ノ蔵型6次産業」を目指す
米づくりにも積極的に取り組み、「一ノ蔵型6次産業」を目指す

やはり「社員からの信頼を常に得ているか」ということだ。自らの行動、経営、社員の給料や人事評価をきちんとする。信頼されない経営者はだめだ。社員から評価される経営を常に心がけている。

「地域社会の信頼を得る」ということも経営理念の一つ。地域経済、農業との関わりを深めることも大切にしている。一ノ蔵には農業部門がある。現在は周辺の農家から20ヘクタールの田んぼを地元の農家から農地をレンタルして耕作している。当面は30ヘクタールまで増やす予定だ。「もう農家をやめるので、一ノ蔵に任せたい」という農家からの要望が多く、増やさざるを得なくなっている。繁忙期には蔵人や総務の社員も田んぼの仕事を手伝うこともある。

1次産業が生産したものに付加価値をつけ、日本酒に加工して販売している。2次産業の強みを生かし、1次産業の担い手として農業を守る。そして、販売会社がお客様に日本酒をお届けする。一ノ蔵型の6次産業を通じて、地域とのつながりや地域の米、農家、農業とのつながりを強みにした商品づくりをしていかなくてはいけないと考えている。

6.応援士としての抱負は

中小企業応援士の役割は、中小機構のアンバサダーだと思っている。経営者交流会などで一ノ蔵の歴史などを話すことがあるが、その時には、中小機構を活用したメリットについても紹介している。中小企業大学校などを紹介する中で、「みなさんもホームページで調べてみてください」と一言添えて、活用をアピールしていきたい。

宮城県大崎市の一ノ蔵本社
宮城県大崎市の一ノ蔵本社

企業データ

企業名
株式会社一ノ蔵
Webサイト
設立
1973年1月
代表者
鈴木整 氏
所在地
宮城県大崎市松山千石字大欅14
Tel
0229-55-3322(代)

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