中小企業のイノベーション
“国産ウイスキー”の概念を根こそぎ変えるポテンシャル 新しい農業に地元自治体も乗り気に【吉田電材蒸留所(新潟県村上市)】
2024年 2月 9日
すでに名前からして興味深い『吉田電材蒸留所』。医療機器などのメーカーによる異業種への新規参入事業だ。近年人気のクラフトリカー業界に参入したのは、ウイスキー好きな三代目社長の道楽なのか? そう訝る向きを一蹴する、国産ウイスキー業界を変えてしまいそうなポテンシャル。次々と協力者が現れ難局を乗り越えていく。
チャレンジはお家芸! 異業種にも果敢に参入
母体である吉田電材工業株式会社は、1940年創業の老舗機械メーカーだ。医療機器や産業機器の設計・製造を主に手掛け、大手企業・日立を顧客とし彼らの求めるものはすべて引き受けてきた。中小企業ならではのフットワークの軽さで、ひとたび注文を受ければ設計から製造まですべてワンストップでこなせるよう試行錯誤。技術にもどんどん磨きがかかり、下請け企業でありながら高い機能性をもつように。現在は自社製品をつくるまでに成長し、レントゲンなどの医療機器メーカーとしても知られている。
その三代目社長・松本匡史は、子どものころにエチオピアの飢餓について学校で習ったことがきっかけで食糧問題に興味を抱き、大学は農学部に進学。卒業後もまったく機械とは関係のない企業に就職した。家業は安定的ではあったが、跡取りがいないことから故郷に戻り、家業を継いだ。……と、ここまではよくあるお話。転機が訪れたのは、コロナ禍の始まりだった。主力の変圧器製造事業の受注にブレーキがかかり、事業拡張のため新たに購入した工場の稼働の見通しが立たなくなったのだ。工場をただ遊ばせておくわけにはいかない。
このとき松本社長が踏み切ったのは、銀座の行きつけのバーでふと浮かんだ、「ウイスキーの蒸留所にしたらどうだろう?」というちょっとしたアイデアから広がった、異業種参入。これは、自身がウイスキー愛飲家で、日本独自のウイスキーの資格である「ウイスキープロフェッショナル」を保持していることからの思い付きだった。なにしろウイスキーは、ハイボール人気もあり2021年には日本酒の輸出を抜いたほど。また、国産ウイスキーは海外からも熱い視線を浴びていることもあり、需要の高さに勝機を見出したのだ。もともと注文を受ければなんでも作ってきた企業である。新しいチャレンジには慣れっこだ。突拍子もないアイデアだったが、社内から反対の声はなかったという。
課題が山積みの「国産ウイスキー」に切り込む
では、どんなウイスキーを造ろうか? 日本にはすでに100か所にものぼるモルトウイスキー製造所がある。新規で参入するには、差別化を図るためになにか特徴がなくてはならない。モルトウイスキーではないウイスキーといえば、バーボンウイスキー。原材料は大麦麦芽ではなく、トウモロコシやライ麦などの穀類で自由度が高いため個性を追求しやすい。だが、バーボンウイスキーには「アメリカ合衆国内で製造されたもの」という定義があるため日本国産の場合は「バーボン」と呼称することはできない。その場合、「グレーンウイスキー」と呼ばれるものになるが、実はグレーンウイスキーのイメージはあまりよくない。というのも、グレーンウイスキーといえばクセが強すぎるモルトウイスキーにブレンドして飲みやすくするための酒で、ウイスキー好きの間では“安価で無個性”という認識が強いのだ。グレーンウイスキーでやっていくからには、まずはグレーンウイスキーのリブランドが必要、と課題を定めた。ブレンドするにはそれ自体に主張がなく「サイレント(静かな)」なウイスキーであるべき、というその常識を覆し、個性あるウイスキーを造りたい。ブレンド用だとしても「このグレーンウイスキーだから出せる味」を追求する蒸留所に扱ってもらいたい。これまでにない、まったく新しい価値を創造することに決めたのだ。
そんなおり、2021年に「ジャパニーズウイスキー」の定義が発表される。実はこれまで国産ウイスキーにはアメリカのバーボンのような明確な定義がなかったため、海外から輸入した原酒を多く用いたウイスキーでさえ“国産”として売られるケースも多かったという。日本は“世界5大ウイスキー産地”のひとつに数えられるほどの生産量でありながら、その状況はジャパニーズウイスキーの価値を下げ信頼を揺るがす由々しき問題だった。ここでも松本社長は自社で造ろうとしているグレーンウイスキーのニーズを確信する。定義には「糖化、発酵、蒸留は日本国内の蒸留所で行うこと」という一文が加わっているのだ。これは、海外から輸入した原酒をブレンドしてはいけないということになる。日本国内にはグレーンウイスキー蒸留所は大手にしかなく、クラフトウイスキー蒸留所がグレーン原酒を調達するには海外からの輸入に頼るしかないのが現状。この先、国産のグレーンウイスキーのニーズが高まることは間違いない。「わが社のグレーンウイスキーで、国産ウイスキーに貢献したい」と、明確な目標が芽生えたという。
より日本らしいジャパニーズウイスキー
日本洋酒酒造組合の作成した定義は国際的なウイスキーの定義を抑えつつ、日本独自のルールも設定している。前述の「製造地ルール」のほかにも、「日本国内で採取された水に限ること」というルールもある。水さえも取りざたされる厳しいジャパニーズウイスキーの定義ではあるが、原材料の産地については明記されていない。だが、松本社長はグレーンウイスキーの原材料も国産の穀類にこだわることで、“真のジャパニーズウイスキー”ができると考えた。そのためには安定的に国産の原材料を手に入れる必要がある。吉田電材蒸留所が初めに手掛けているのは、アメリカンタイプウイスキーの定番であるデントコーンをつかったウイスキー。しかし国産のデントコーンは主に飼料用で、ウイスキー原料には適さない。また、飼料用にしても日本ではなんと99.9%を輸入に頼っているという現状ゆえ、ウイスキーに使える子実デントコーンを手に入れるのは至難の業に見えた。そんな折、試験的にデントコーン栽培を行っている北海道長沼町の取り組みに出合った。担当者に話を聞くと、同じ作物を同じ畑で作り続けると収穫量が落ちる「連作障害」が起きるが、間にデントコーンの栽培をすることでそれを回避できるのだという。そのためデントコーンを栽培したいが、単価の安い輸入飼料に対し、国産のデントコーンはなかなか需要がない。そんな行き場のなかったデントコーンを、吉田電材蒸留所のウイスキーの原材料に——これは双方にとって理想的なマッチングだった。
北海道の組合との協力関係が新聞記事になると、地元の農家からも「休耕地でウイスキー原材料の穀物を作ることができないか」と問い合わせがあったといい、地元に新しい農業が生まれる兆しも見えてきた。真正ジャパニーズウイスキーは、農業の未来をも照らすのだ。現在は関川村役場の農林課の協力の下、地元の農家で試験的にライ麦の栽培を始めてくれているといい、地元からの期待も厚い。松本社長は「そこまで見越していたわけではないのですが」と、波及効果についほおが緩む。現在吉田電材蒸留所では原材料の70%を国産でまかなうことができているが、残りの30%は外国産に頼っている。地元でのライ麦栽培が軌道に乗れば、いよいよ正真正銘、“すべて国産”のウイスキー製造への道筋ができるのだ。
これに伴い、「ものづくり吉田電材」を生かした取り組みも始めた。というのも、実はライ麦や大麦を輸入に頼らなくてはならないのは、大麦を大麦麦芽に加工して「モルト」にする加工専門会社が日本にはほとんどないことも理由のひとつ。だが、松本社長の目指す”真正ジャパニーズウイスキー”を追求するのなら、これにも対応できるようにしておくべきだ。
この問題に取り組むために、吉田電材工業ではモルティングマシンの開発を始めた。得意の機械製造でオリジナルマシンを作ろうとしているのはさすがものづくりの会社である。
前途は明るい。2020年の2月には、ウイスキー製造への本格参入に動き始めた。
出てくる、出てくる、困難の壁
設備には考えていた以上の資金が必要だったが、コロナ禍による事業再構築補助金に救われた。あとは酒造や酒販の免許を取得するが、まったくの異業種参入ゆえに、「とにかく知らないことだらけですよ」。書類提出先の税務署の人にとってもウイスキー蒸留所の申請は初めてのことだったといい、職員とともに調べながらの二人三脚がはじまった。
まずぶち当たったのが、免許を取得するにあたり、販路をある程度事前に確保していなくてはならないという壁。自ら飛び込みで酒販店に出向き商品をアピールするも、まったくの新規、しかもグレーンウイスキーということで見向きもされない。「あの有名な『知多』だってグレーンウイスキーなんだ!」と自らを鼓舞しながら営業を続けた。しかしここで、救世主が現れた。行きつけのバーの店長がホテルなどに口をきいてくれ、注文を取り付けることができた。また、「完全国産」「少量生産」「個性あるグレーンウイスキー」のキーワードを「おもしろい」と興味を示してくれる蒸留所も出てきた。なんとか買い手を確保し、2022年3月に無事、ウイスキー製造免許を取得。モルトウイスキーの蒸留所の名前には一般的に土地の名が入るが、こちらも知り合いのバーの経営者に「会社の名前のほうがおもしろい」とアドバイスをもらい、「吉田電材蒸留所」という実にユニークな名前に決まった。いよいよ開所の運びとなるが、もうひと悶着。ウクライナ問題の影響でヨーロッパから取り寄せていた機材の一部が届かないという憂き目にあってしまったのだ。そのうえ、8月には山形・新潟北部豪雨災害で工場が被災。開所は延期に次ぐ延期となり、予定より半年も遅れてやっと蒸留所を開所できたという。
存続のための舵切りと先行投資
資金繰りも社内でなんとかなったといい、また、工場を稼働させるにあたり必要な治具や設備が出てくるとそれを自作するなどして対応してきた。開所が延期になりはしたが、ここまでは順調ではないか。国産ウイスキーの定義に照らし合わせればグレーンウイスキーの需要が高まることは明白だし、あとは3年の熟成期間を待つばかり……。だが「いいえ、試練はこれからだと思います」と松本社長。グレーンウイスキーだから、ということだけではなく、そこには社の未来を賭けた挑戦の意味合いもあったのだ。
実はコロナ禍とは関係なく、医療機器製造業には変化が起きている。メンテナンスなどのアフターサービスを含めたサブスクリプション的な運営が主流になりつつあるのだ。つまり医療機器を売るだけでは利益にならない。今でも新しい医療機器を開発・製造し続けてはいるが、いずれにせよこの先縮小を余儀なくされるにちがいない。その前に手を打っておこうと常々考えていたところに、コロナ禍と工場問題が勃発したというわけだ。二足の草鞋、しかも一方はまったくの新規。「わが社はものづくりの会社。これまでもなんでも作ってきたし、精密さが求められる機械製造だからこそできる精密なウイスキーを作れるはず」。そんな矜持から、前を向く。「いつかは米のグレーンウイスキーも作ってみたいですね」と、目を輝かせる松本社長の双肩にかかるのは、自社の未来だけでなくジャパニーズウイスキーの未来でもある。
企業データ
- 企業名
- 吉田電材蒸留所
- Webサイト
- 設立
- 2022年
- 資本金
- 1,200万円(吉田電材工業株式会社)
- 代表者
- 松本匡史 氏
- 所在地
- 新潟県村上市宿田344-1
- Tel
- 0254-75-5081
- 事業内容
- グレーンウイスキーの製造販売