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震災から5年「女川町長が語る、復興の未来」

—— 女川町の復興は何合目ですか。

「ようやく4合目か5合目です。まず、町の核の一つである女川駅前商業エリアが開業し、これから住宅供給が本格化していきます。自治体単位でみた被災率が人命、建造物ともに最大という状況で、都市機能のほとんどをいっぺんに失った中から始めたわけで、私たちの取り組みというのは都市建設をやっているようなものなんです。

単に住む場所を早く作ればいいということではなく、町としてどう再生するかです。当然、生活の場を最優先すると同時に経済も再生する。全部を同時にゼロから作り上げていかなければならない作業なので、これからいよいよ本格化するところであり、ようやく入り口に立ったという感じですね」

—— 女川駅前商業エリアは昨年暮れにオープンしました。

「オープンから2カ月を経てもなお土日を中心にびっくりするくらいの人の流れがあります。目新しさからか、街自体の魅力なのか、関心を持っていただけるのはすごくうれしいことです。でも、まだ核の一部分ができたに過ぎません。3年後くらいになりますが、海岸部の周辺まで全部完成して、女川駅から商業エリアを通って海辺の観光交流エリアまでつながったときに『まちなか再生計画区域』全体の本当の価値、意義が発揮されます」

—— まちづくり全体のコンセプトはどのようなものですか。

「人口減少が日本全国の長期トレンドであり、女川町も例外ではない。むしろそれが震災後に端的に表れている。それならば、そういう状況下にあっても活力を維持できる構造、にぎわいを創出できる構造とはどういうものかというところから町全体の作り方としてスタートしています。

住民による『まちづくりワーキンググループ』などを通じて2年間議論してきましたが、最終的に『〝くどける水辺のあるまち〟を目指して』という提言が出てきました。被災地ですよ、それが〝くどける水辺〟ですよ。素晴らしいことだと思いましたね。

私自身も、商店街などのコンテンツにしろ、箱ものにしろ、それはそれで人を呼び込むきっかけとして大事だと思いますが、むしろそれを取り囲む空間のほうがもっと重要だと思っていました。自分自身で自由にFUN(楽しみ)を生み出す空間を形成できるような場所ですね」

「もう一つ言うと、海は女川の財産です。でも、本当の意味で日常生活の空間の一部になっているのかという疑問が震災前からありました。日本の漁港、港湾というのはどこも基本的に仕事場なんですね。でも、海外の小さな漁港なんかに行くと、おっちゃんが海辺で寝ながら本を読んでいたりする姿が風景と一つになっている。海という空間を自分たちの生活の中に違和感なく取り込んでいるんですね。私たちも、そこに近づけたいという思いがありました」

—— 「あたらしいスタートが世界一生まれる町へ。」がキャッチフレーズですね。

「この町で起業にチャレンジする青年やすでに起業した方が相当数います。そういうチャレンジやスタートというのを応援できる町でありたいし、われわれ自身もそうです。町もリスタートだし、人もリスタート。今、いろいろとメディアが女川を取り上げてくれていますが、復興ということよりも、やっていることが面白いからだと思います。だって、面白くない町には誰も来ないですよ。われわれ住民も、ここで働く人たちも、ここに来る人たちも一人一人が自分で楽しめる空間を作って、ワクワクする。そんな町にしていきたいと思います」