農業ビジネスに挑む(事例)

「さかうえ」目に見えない付加価値を提供する

  • 製造業と同じ経営手法を実践する
  • 牧草飼料事業で独自のビジネスモデルを確立

農業であっても一般的な企業と同じ経営をする。それを信念に農業生産法人さかうえを経営するのが社長の坂上隆さんだ。

坂上さんは1992年、鹿児島県志布志市にある実家の農業を継ぎ、1995年には農業生産法人を設立した。坂上さんは就農当初から農業も第2、3次産業と同じような経営が必要と考えていた。法人化して経営の基盤を確立すれば、経営者が替わっても組織は存続して農業を継続できる。それが雇用の安定や地域振興にもつながるからだ。

そんな同社の経営には3つの特徴がある。契約栽培、牧草飼料事業、ITシステムの活用だ。

顧客の潜在需要を考える

まずは契約栽培。さかうえではケール、キャベツ、ピーマンなど5品目の野菜を年間800-1万トン生産する。それらの野菜はすべて食品加工企業、量販店などとの契約に基づき直接販売し、市場流通には一切出荷しない。その目的は、販路を確保することで売上げを安定させることだ。つまり、売上げを安定できれば予算計画が立てられ、その計画に沿って継続的な設備投資ができる。そして、それを循環させれば安定した農業経営を実現できる。いわば企業で一般的に行われる経営手法を農業でも実践することだった。

「次の世代になっても安定して雇用を確保できることが農業には必要です。そのために当社は法人化しました。また、製造業などで当り前のようにやっている経営手法を実践することが重要です。そうすれば経営者が替わっても当社は農業で存続していけますから」

契約栽培の始まりは、1985年におでん用のダイコンをコンビニに直接販売したことだった。

「最初はコンビニさんから求められる量と納期だけに気をつけてダイコンを納めていましたが、やがて相手の潜在的需要も考えるようになりました。それが契約栽培を拡大していけた要因だと思います」

雨天にはおでんの販売量が増える。だから雨天には通常より多くダイコンを納められるようにする。そんな顧客の需要を予測して提案する経営が同社の販売を伸ばしていった。

また、顧客と直接契約して野菜を栽培することが販路の確保に最適であり、ひいては売上の安定化、コスト管理にもつながる。さらに、経営が安定すれば品質管理にも目配せできるようになるため、顧客満足度が上がり注文増の好循環につながることを確信した。

野菜はすべて契約栽培することで販路を確保する

118の栽培工程をすべてIT化

販路を確保して売上げを安定させれば、拡大再生産のために継続的な設備投資ができる。天候や栽培などのデータを分析することで生産管理が可能になる。1990年代初めにそのための投資に着手した。

「最初は栽培記録を手書きからパソコンに替えたのが始まりです」

現在、5品目の野菜の栽培には118の工程があり、それらの工程に必要な時間、人数、資材(水や肥料など)をすべてデータベース化することで、各工程に必要な栽培マニュアルを作成している。

「大規模生産するためには、生産工程を把握するためのシステム化が必要です」

栽培には経験則も重要ではあるが、データベースやマニュアルを活用することで生産を「見える化」でき、それが経営の効率化にもつながっていく。

さらに、生産工程を管理すれば栽培コストが明確になり、顧客と契約する際の値決め基準を確立できる。同社では「農業工程支援システム」を独自に作成し、日々の作業内容やその画像を入力して作業の進捗状況の把握と今後のスケジュールチェックに活用している。

ITの導入により生産工程を「見える化」した

畜産農家との等価交換事業を考案した

現在、同社は150haの作付け面積(80haの耕作地で2期作を実施)にケール(青汁の原料)、キャベツ、ピーマン、ジャガイモ、ネギ、デントコーンを栽培する。年商は2億7000万円。同社の野菜栽培・販売事業のほかに重要な事業の柱が「牧草飼料事業」だ。

2003年、坂上さんは畜産農家向けの飼料用作物と牛糞との等価交換事業を考えた。それ以前から坂上さんは減農薬のための緑肥用作物としてさまざまな草を育てていたが、ある日、それを畜産農家が購入したいといってきた。そこでトウモロコシ(デントコーン)を栽培して独自のノウハウで飼料(商品名「サイロール」)とし、それを畜産農家に販売する代替として牛糞の供給を受ける事業を2006年から始めた。

「有機質の土づくりには牛糞が最適なのですが、市場で購入すると非常に高価なのです。しかし、牧草飼料を販売する代わりに牛糞をもらえれば、互いにwin-winになります」

日本のトウモロコシ飼料は夏季しか栽培できず、耕作機械も高価なためにビジネスとして成立しにくいが、同社はそれを覆す独自のビジネスモデルとして飼料用作物と牛糞との等価交換という事業を生み出したのだ。

この独自事業を考案した坂上さんが目指す先には、有機物を基盤にした循環型農業がある。農業生産から排出されるものを肥料として循環させる農業だ。畜産用飼料を生販する代替として有機堆肥(牛糞)を受ける。この事業こそ坂上さんの目指す循環型農業の一環となっている。

「今後は目に見えない付加価値を提供する、お客さまの潜在的需要を創造する企業へと成長していきます」

かつてコンビニ向けのおでん用ダイコンを契約栽培したとき、雨天時の販売量増を見越して準備・提案した。顧客の需要を予測し提案するそのビジネススタイルが坂上さんのモットーだ。そしてこの目に見えない付加価値、いわば「かゆいところに手が届く」ような顧客本位の視点から、さかうえは農業ビジネスを追求していく。

企業データ

企業名
農業生産法人 株式会社さかうえ
Webサイト
代表者
坂上 隆
所在地
鹿児島県志布志市志布志町安楽2873-4