中小企業とDX
ビジョン共有で納得感のあるデジタル化を推進【株式会社フジワラテクノアート(岡山県岡山市)】
2023年 7月 3日
DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、自社の変革(トランスフォーメーション)を実現するためにデジタルの力を活用する、というのが本来の意味だ。しかし、時としてデジタル導入に意識が集中し、肝心の変革を見失っている事例が散見される。これが中小企業のDXが失敗に終わる一因ともなっている。株式会社フジワラテクノアートは、まず2050年を見据えた開発ビジョンを掲げ、それを社員に共有し、その実現のためにデジタル化に取り組むことで大きな成果をあげた。一連の取り組みが評価され、経済産業省の中堅・中小企業のDX優良事例を集めた「DXセレクション2023」において、最上位のグランプリに輝いた。
2050年を見通したビジョンを策定
フジワラテクノアートは清酒や焼酎、醤油、味噌などの醸造食品を製造する醸造設備を受注生産している。その中でも全自動製麹装置では国内シェア8割と圧倒的。醸造関連企業にとって、同社はなくてはならない存在となっている。ただ、現状は個人の経験や現場の目に見えないノウハウに依存するものづくりに依存しており、「このままでは将来の成長が見通せない」という危機感が経営陣にはあった。社員に意識改革を求めるためにも、進むべき将来像を示す必要があると考え、2018年に2050年の未来を描いた開発ビジョン2050「醸造を原点に、世界で『微生物インダストリー』を共創する企業」を策定した。そしてビジョン実現のために「新たな価値を創造する開発」と「フルオーダーメイドのものづくりの高度化」の二つの体制強化の必要性を掲げた。
微生物インダストリーとは、麹菌などの微生物の潜在能力を引き出して高度に応用利用する産業分野のこと。食糧・飼料・エネルギー・バイオ素材など、取り組むテーマが多岐にわたる。世界が直面する食糧問題、人口問題、環境問題などの数多くの課題解決にも貢献できるものだ。この大きな目標は今までの事業内容から大きな変革を起こさなければ達成は難しい。各工程を効率化させ、新たな挑戦を行う時間や創造的な業務に注力する時間を生み出していく、社員一人ひとりの経験を全社で共有し組織として対応していくようにする。一連の取り組みはDXがなければ実現は難しい。このように同社はまずビジョンを掲げ、デジタル化をそのためのツールと位置づけ、全社を挙げて導入に着手した。
DXを自分ごとに
具体的な推進チームとして2019年1月に「業務インフラ刷新委員会(2022年に「DX推進委員会」に変更)」を発足させた。藤原加奈代表取締役副社長をトップに、IT業界で勤務経験のある頼純英(らい・すみえ)さんを事務局長とし、全部門から改革意欲のある30代、40代の社員を集めた。同社がもっとも腐心したのは、全社員に変革の必要性を理解してもらい、DXを"自分ごと"として浸透させることだった。企業のDX導入でよくみられるのが、専門チームのメンバーだけでDXを推進し、社員が置き去りになってしまっているということだ。社員はDXを"他人ごと"ととらえてしまい、浸透が進まない。こうした先例を踏まえ、同社は各部署の業務をヒアリングし、それをプロセス図に落とし込み大きな紙に書いて公表することから始めた。どんな社員も自分が日常取り組んでいる業務について、なんらかの疑問や意見がある。ヒアリングをすると具体的な改善すべき点がどんどん集まってきた。同時に張り出したプロセス図に改善や要望を付箋に書いて自由に貼ってもらうようにした。集まった声を整理したところ、100項目もの課題が浮かび上がった。一連の取り組みは、社員自身が自分の業務の流れを改めて知ることになり、そこから、自然と改革の必要性を認識してもらうことへとつながっていった。DX委員会は100項目を精査し、優先順位を明確にして実行に着手した。
3年間で21のシステムツールを一気に導入
DXの取り組みを進める前は、販売原価システムと営業報告書はデジタルツールを導入していたが、それ以外はほとんどが紙とエクセルでの管理という状況だった。そこで最初に導入したのが、ビジネス版のLINEである「LINE WORKS(ラインワークス)」だった。LINEは多くの社員が日常的に使っており、抵抗感なく受け入れられた。会社からの業務連絡や、会議の設定など、使ってみるととても便利であることが理解され、デジタル化のメリットを前向きに受け止めることができた。
もちろんすべてが順調に導入されたわけではない。生産管理システムを導入する時のことだ。同社の製品は顧客の要望を踏まえた個別受注生産が大半。毎回違う材料で異なる手順でものづくりを行うため、現場の作業者は「システム化は無理だ」という発想が根強かった。ベテラン作業者による阿吽の呼吸や暗黙知を次世代につなげるためには作業を標準化していく必要があった。ただシステム導入をするためには、部品の読み方やコード体系、製造番号等を検討し直す必要があり、膨大な作業量が立ちはだかった。藤原副社長が自ら目的はビジョンを達成するためであり、そのための手段としてシステム化が必要だということを繰り返し説くことで、メンバーがデジタル化された未来を楽しみに自分ごととして取り組み、大きな壁を乗り越えた。
また、DX委員会のメンバーは、デジタルツールの利用に不慣れな人への対応について、「たとえ同じことを何度も聞かれたとしても、決して面倒そうな顔をしない」といったことを自発的に対応してくれた。DXに向けてだれ一人取り残さないという同社の思いと、メンバーが自分ごととして主体的に取り組んだ結果が表れている。
同社はDX委員会を立ち上げて以降の3年間で、自社で策定したデジタル化計画に沿って21ものシステム・ツールを導入した。岡山県の生産性向上デジタル化補助金に採択されるという幸運もあったが、当初から「デジタル化は費用ではなく、将来への投資」(藤原副社長)という思いがあり、補助金が得られなくとも投資はするつもりだった。
ITシステム導入で決めていたのは、「汎用システムをそのまま導入し、極力自社仕様にカスタマイズしない」(頼委員長)というものだった。そのために、自社のこれまでの作業手順を変えることもいとわなかった。むしろ「汎用システムをガイドとし、業務フロー改革につなげることが大切であり、また汎用システムがアップグレードすればその効果をそのまま享受できため、長い目で見ればメリットが大きい」という考えだ。これも中小企業がITシステムを導入する際に参考になるものだ。
一方でITシステムの選定はDX推進委員会を中心に行い、外部のITベンダーに頼ることはしなかった。迷った時には常にビジョンに立ち返り、そのために必要なツールは何かを自社で探し求めた。さらに、藤原副社長など経営陣に対して、なぜこのツールが必要か比較表を示すなどして説明し、理解を得ることに尽力した。
デジタル人財育成にも貢献
一連の作業は、社内のデジタル人財の育成に大いに役立った。DX委員会発足当時は、デジタルのエキスパートは頼事務局長一人だった。それが今では国家資格の情報処理技術者やITストラテジスト、データサイエンティストなど、延べ21人が資格を取得または学習中となっている。中にはAI開発言語であるPythonに挑戦して、杜氏をサポートするAIシステムを開発中の者もいるという。会社も受験費用の援助や資格取得時に報奨金を贈ることで支援している。トップダウンから始まったDXの取り組みは、人財のスキルアップやDXの自分ごと化により委員会メンバー以外の社員からも意見が出るようになり、ボトムアップの体制に変化した。DX推進委員長も、藤原副社長から頼事務局長に委譲した。
ビジョン実行段階へ
短期間でのITシステムの導入は、同社に業務革新をもたらした。原価や進捗のリアルタイムの可視化、月400時間の工数削減と紙を90%削減、棚卸作業にかかる時間を2週間から2時間程度に短縮、図面管理データベースによる図面検索時間の短縮など、多くの成果を生んだ。そして現在は、効率化で捻出できた時間や人財リソースを活用してのビジョンの実行段階に踏み出した。並行して取り組むのが、AIを活用して酒造りに欠かせない杜氏の技能伝承をサポートするシステムの開発だ。日本酒は海外でも人気が高く、今後輸出の増加が期待できる。しかし、杜氏の担い手は減少しつつある。杜氏の勘に頼る麹づくりをAIに学習させ、季節や温度、水分量など、さまざまな条件のもとで、酒造会社が求める麹づくりができるようにすることを目指している。開発は最終段階にあり、早ければ2024年にも販売する計画だ。
藤原副社長は「DXはビジョンを社員全員が共有して取り組むことで成果を見いだせる。デジタル化はそのためのツールに過ぎない。さらにデジタル化は費用ではなく投資と考えるべき」と言い切る。トップのコミットメントが成功へと導く大きなカギと言えそうだ。
企業データ
- 企業名
- 株式会社フジワラテクノアート
- Webサイト
- 設立
- 1933年6月15日
- 資本金
- 3000万円
- 従業員数
- 145人(2022年4月1日現在)
- 代表者
- 藤原恵子 氏
- 所在地
- 岡山市北区富吉2827-3
- Tel
- 086-294-1200