中小企業とDX

りんご栽培の作業を「見える化」 労働生産性の高い農業を追求【もりやま園株式会社(青森県弘前市)】

2022年 12月 26日

もりやま園代表取締役の森山聡彦氏
もりやま園代表取締役の森山聡彦氏

青森県は誰もが知る日本一のりんごの産地だ。栽培面積は2万ヘクタールにも及び、年間の生産量は約46万トン。全国の生産量の6割以上を占めている。そんな青森県の中でも特に栽培が盛んなのが弘前市。明治初期、この地で植栽された木が初めて結実し、県内に栽培が広がるきっかけとなった。

「このあたりは青森で最古のりんご園。隣に弘前大学の学生寮があるが、そこは『りんごの神様』といわれる外崎嘉七の畑があったところ。嘉七が広めた伝統的な栽培法が今も続けられている」。こう語るのは、弘前市で100年以上の歴史を持つりんご園を経営する「もりやま園」代表取締役の森山聡彦氏。この地にりんご園を開園した高祖父から数えて5代目にあたる。

広さ約9.7ヘクタール、東京ドーム2つ分もの広大なりんご畑には、青森を代表する品種「ふじ」をはじめ1800本ものりんごの木が栽培されている。2008年からIT駆使した労働生産性の高いりんご栽培を追求。さらにそれをきっかけに、通常は廃棄されるだけだった摘果を有効活用し、りんごのアルコール飲料「テキカカシードル」の製造・販売を成功させた。「6次産業化」の代表的事例として全国的に注目を集め、中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の優良事例として経済産業省が選定する「DXセレクション2022」にも選ばれた。

QRコードでりんごの木1本1本をデータ化

りんごの木につけられたタグ。1本1本を識別するQRコードが印刷されている
りんごの木につけられたタグ。1本1本を識別するQRコードが印刷されている

「もりやま園」のりんご畑には、太い枝が大きく放射状に広がる「開心形」という樹形に整えられたりんごの木が7メートルほどの間隔で植えられている。嘉七が広めた栽培法で、青森県ではよく見かける風景だが、他のりんご畑と少し違うのは、その木の枝に識別番号や品種が記されたタグがぶら下がっているところだ。

タグにはQRコードが印刷されている。収穫や剪定などの作業をする際、スマートフォンにQRコードをかざすことで、この木にどんな手入れをどれくらいの時間をかけて行ったのか、専用のアプリに作業内容を記録することができる。入力したデータは、クラウド上に蓄積され、作業の進捗や労働生産性などさまざまな角度から分析することができる。この品種はキロ当たりどれくらいの単価で、1時間当たりどれくらいの収量が得られるのか。そんな数字もはじき出すことができる。

タグのQRコードをスマートフォンにかざすと作業の記録ができる
タグのQRコードをスマートフォンにかざすと作業の記録ができる

経営を引き継ごうにも「資産内容が分からない」

青森県弘前市にあるもりやま園。この奥には、シードルの製造工場あり、広大なりんご畑がある
青森県弘前市にあるもりやま園。この奥には、シードルの製造工場あり、広大なりんご畑がある

森山氏がりんご栽培のDXに取り組んだのは、父から経営を引き継ぐ決心をしたのがきっかけだった。「生涯現役で80歳を過ぎても代を渡そうとしなかった。『死んだら相続』という考えだったのかもしれない。しかし、そうは言っていられないので、その前に私が経営を引き継いだ」と森山氏は語る。2015年に経営を引き継ぎ、もりやま園を法人化したのだが、それまでが苦労の連続だった。

「園内に何本の木が植えられていて、どこに何の品種があるのか全く記録がない。 “資産内容”が全く把握できなかった。経営のしようもない状態だった」と森山氏は振り返る。2008年のことだった。大学を卒業して父のりんご園で働いていたのだが、大事なりんご園の状況はすべて父の頭の中。長年の知識と経験に基づいて運営している状態だった。

そこで、森山氏。「まずは、1本1本、園に植えられている木がどんな品種なのか、資産状況を調べることにした」。まだ、スマートフォンも普及していない時代。当然ながら、調べるための適当なソフトウエアも存在していない。木にラベルを張り、PDAという携帯端末を活用して園内を調べて回った。

誰の助けも借りず、たった一人の作業。だが、膨大な本数のりんごの木を一人で調べるには限界があった。毎日の作業の記録も欲しかったが、それにはパートやアルバイトら作業員の助けも必要になる。

もっと効率的にデータを集めようと行動に出たのが、ビジネスアイデアコンテストへの応募だった。2014年、地元の商工会議所が実施したコンテストにソフトウエアの開発を提案。みごと準グランプリを獲得した。その補助金をもとに地元のIT企業に依頼してソフトウエアを開発した。現在、活用しているシステムの原型となるものだ。そのころにはスマホも普及。飛躍的にデータ集めが進み、2016年になってやっと通年の記録を集めることができた。

作業の「見える化」でわかった衝撃的な事実

品種ごとのデータを分析すると、今まで分からなかった衝撃的な事実にたどり着いた。

「収益性の高い品種『ふじ』を1とすると、摘果の作業に2倍の時間がかかり、しかも収量が3割少ない品種があった。1時間働いて400~800円程度の稼ぎ。これでは最低賃金にも満たない。その栽培のために年間の労働力を何時間も浪費していた。正直、ぞっとした」

りんごは、品種によって枝の剪定や無駄な果実を摘み取る摘果、着色管理などの手間のかけ方も大きく変わる。収穫の時期も異なり、夏が食べごろの早生種があれば、秋に収穫期を迎える中生種、冬近くに収穫する晩生種もある。品種のバランスが悪いと、作業に忙閑のムラが生じ、非効率になる。作業内容を「見える化」したことで、収益性の低い品種に手をかける時間を省き、りんご園で栽培する品種構成を見直すなど効率的に栽培するにはどうすればいいか検討することが可能になった。

システムも改良。当初は戸別にレンタルサーバーにデータを集める仕組みだったが、さらにクラウド化し、ユーザーが増えるほど低コストで運用できるよう進化させている。システムは他のりんご栽培農家向けに販売している。

森山氏が開発したシステムに登録されたもりやま園の地図台帳
森山氏が開発したシステムに登録されたもりやま園の地図台帳

シードルを製造…ゼロから付加価値を生む作戦に

「テキカカシードル」には姉妹品も登場している
「テキカカシードル」には姉妹品も登場している

データの分析によって、労働生産性を低い状況をいかに改善するかが森山氏の大きなテーマとなった。その中で生まれたのが、新規事業として立ち上げた「テキカカシードル」だ。

品質のいいりんごを収穫するためには、余計な実を未熟なうちに摘み取る摘果の作業が欠かせない。もりやま園では、年間約40トンの実を摘み取って処分していた。生産するりんごの収穫量約120トンに比べても膨大な量だ。この実を有効活用するため、シードルとして商品するアイデアを思い付いた。

再びアイデアコンテストに応募。こちらも準グランプリを獲得し、事業化がスタートした。工場の建設やブランディングなどに約1億円もかかるチャレンジだ。補助金や政府系金融機関からの融資を獲得し始動させた。「ビジネスアイデアコンテントを受賞すると、それがお墨付きとなって、次の補助金につながってくる。すべてを連動させたチャレンジだった」と森山氏は語る。

「テキカカシードル」を製造するタンク
「テキカカシードル」を製造するタンク

2017年に工場が完成し、製造を開始。翌年にお披露目をした。ご祝儀もあり、スタートこそ順調だったが、無名で固定の取引先もない状態。すぐに在庫が余る事態になってしまったそうだ。製造を担当として入社した社員が1カ月間、東京や大阪に営業行脚に出かけ、取引先を探し回った。展示商談会にも積極的に出展し、少しずつ固定のファンを獲得していった。

摘果された未熟なりんごから醸造されたシードルは甘みが抑えられ、さっぱりした口当たり。ポリフェノールが豊富で、絶妙な渋みと酸味が特徴で、「甘いのが苦手」という左党にも好まれている。品評会で国産の銘柄で初の大賞を受賞するなど高い評価を得ている。

「もともと処分していたものが現状で年間3000万円くらいの売り上げになっている。摘果の作業も報われる」と森山氏は目を細めた。

労働生産性の「壁」を打ち破る

超高密植栽培されたりんごの木
超高密植栽培されたりんごの木

DX、新規事業にチャレンジすることで、もりやま園の労働生産性を大幅に改善させた森山氏だが、効率化の手を緩めない。外崎嘉七の時代から続く伝統的な栽培法とは異なる「超高密植栽培」という新たなりんご栽培に試験的に取り組んでいる。1本1本を1メートルほどの間隔で植栽する欧米流の栽培法で、太陽光の利用効率が高く、反収が4~5倍になる。海外の収穫機械を導入すれば、はしごの昇り降りをせずに収穫できる。この栽培法が定着すれば、さらに労働生産性の向上につなげることができる。

「日本の1時間当たりの名目労働生産性は一人当たり4800円くらい。これに対して、農林水産業はだいたい1500円。全産業の中でも最も低い。これでは農業が淘汰されてしまう。これを3倍くらいにしないといけない」と危機感をあらわにする。森山氏が目指すのは全産業平均以上の労働生産性だ。

DXと6次産業化に成功した森山氏の取り組みは、全国の多くの農家に大きな刺激を与えている。森山氏が開発したシステムを活用して、効率化を進めている農家や農業法人も増えている。農業の発展に取り組む森山氏の姿勢は、りんごの神様・外崎嘉七の思いを継いでいるようにも感じる。労働生産性向上のチャレンジが農業全体に広がり、持続可能なビジネスとして認知されれば日本の未来はさらに明るくなる。

企業データ

企業名
もりやま園株式会社
Webサイト
設立
2015年2月
資本金
900万円
従業員数
10人
代表者
森山聡彦 氏
所在地
青森県弘前市緑ケ丘1-10-4
Tel
0172-78-3395
事業内容
農業、酒造業、ソフトウエア開発など