あすのユニコーンたち

腸内フローラ移植と10年たっても消えないナノバブル水の技術で健康に貢献【シンバイオシス株式会社(大阪市都島区)】

2025年 7月 14日

田中三紀子社長
田中三紀子社長

「腸内フローラ」という言葉が広く知られるようになってきた。人の腸内には数百~数千種類の細菌が共生しており、その様子が花畑のように見えることからそう呼ばれるようになったという。最近の研究では、腸内細菌のバランスが崩れることが、さまざまな病気の要因になる可能性が指摘されている。こうした背景のもと、健康な人の腸内細菌を患者に移植する「腸内フローラ移植(腸内細菌叢移植)」という技術が開発され、臨床の現場でも活用が進んでいる。シンバイオシス株式会社は、医療機関と連携しながらこの腸内フローラ移植の普及に取り組むとともに、移植に用いる技術であるナノバブルを医療以外の産業分野へ展開しようとしている。

専業主婦から経営者へ——医療分野への挑戦

腸内フローラ移植に関する学術大会を定期的に開催している
腸内フローラ移植に関する学術大会を定期的に開催している

シンバイオシス株式会社 代表取締役の田中三紀子氏は、男女雇用機会均等法施行前に結婚を機に退職し、専業主婦として子育てに専念していた。だが「結婚してもママになっても一人一人のスキルを活かした社会を創りたい」との思いから、45歳で起業を決意。2008年には、ITスキルの高い女性たちとともに、販促支援やウェブ制作を行う株式会社アビリティーズを設立した。

介護や子育てと経営を両立させながら、同社は紆余曲折はあったものの順調に成長。設立10年の節目には、医療分野への展開を視野に入れるようになった。親を看取った経験や、子供のアレルギーや体調不良、顧問を務めていた人物ががんで亡くなる姿を見届ける中で、「今の医療のままで人は健康に歳を重ねられるのだろうか」という強い疑問が芽生えたからだ。そうした体験が、「人の健康に携わる仕事をしたい」という思いへとつながっていった。

腸内フローラとの出会いと事業の始動

そんな折、腸内フローラ移植専門クリニックからウェブサイト制作の依頼が舞い込んだ。田中氏は「腸内細菌」という言葉こそ知っていたが、それを他人に移植する医療行為が存在するとはまったく知らなかった。しかし調べるうちに、その治療が心身に与えるポジティブな影響と可能性に強く惹かれていった。2017年、田中氏は統合医療に取り組む医師らとともに「一般財団法人腸内フローラ移植臨床研究会」を設立し、研究と普及活動を本格化させた。そして2020年には「シンバイオシス合同会社(現シンバイオシス株式会社)」の代表取締役となり、腸内フローラ移植の社会実装を中核事業として推進する体制を整えた。

健康な人の便を移植

NanoGAS水
NanoGAS水

腸内フローラ移植(FMT)は、健康な人(ドナー)に便を提供してもらい、安全性を確認したうえで、患者の肛門から便の懸濁液を腸内に注入するというもの。同社が移植用菌液を提供している「腸内フローラ移植臨床研究会」に所属する医師らは、内視鏡を使わずカテーテル注腸で行うため、事前の腸内洗浄や食事制限の必要がなく、抗菌薬の投与もないため患者にとって負担が少ない治療だという。FMTはすでに欧米では感染症の一種である再発性クロストリジオイデス・ディフィシル感染症(rCDI)などの治療として、普及が進んでいる。日本でFMT を「臨床研究」として行う場合、2018 年施行の 臨床研究法 の適用を受けることになっている。対象疾患が腸関連だけでなく、がんや糖尿病、アトピー性皮膚炎、精神疾患など幅広い分野に及ぶ可能性があることが国内外の研究で検証されつつあり、メディアが腸内フローラ移植を番組で取り上げることも多くなり、日本においてもこの治療法に着目する患者は増えている。同社は、腸内フローラ移植が医療従事者や患者に正しい知識で伝わるように普及啓もう活動を行うとともに、ドナーから提供された便を冷凍保存し、医療機関に移植用の菌液として提供する役割も担っている。同社によるとこれまでに全国20の医療機関で約600人の患者が移植を受けたという。

自閉スペクトラム症の子どもを対象とした特定臨床研究

腸内フローラ移植臨床研究会は2024年に、発達障害の一種である自閉スペクトラム症(ASD)の新たな治療法として、30人の5歳から12歳の子どもを対象に特定臨床研究を行った。その結果、70%の子どもがより軽症域へと移行し、1年後もその効果が継続していることが確認された。同研究会は研究成果を学会など、さまざまな場面で紹介し、腸内フローラ移植の可能性を拡げる努力を続けている。田中氏は「治療法の普及には資金が必要。今回の臨床研究は、医師や顧問の方々がボランティアで行った。大学などと連携することで、より規模を拡大して実績を積み重ね、臨床研究から治験段階へと進めていきたい」と語る。

腸内フローラ移植がなぜさまざまな病に効果を及ぼすのかについては、まだまだ未解明な面もある。本格的な普及をはかるには、科学的な解明を進めることが求められている。

医療から産業へ広がるナノバブル技術「NanoGAS」

ポートアイランドにNanoGAS水の製造プラントを設置
ポートアイランドにNanoGAS水の製造プラントを設置

同社がもう一つの中核技術として展開しているのが、ナノバブル水「NanoGAS(ナノガス)」だ。もともとは腸内フローラ移植における菌液の安定性と安全性を高める目的で使用されてきたが、現在ではその技術的特性が注目され、医療にとどまらず幅広い分野での応用が期待されている。

NanoGASは、約200ナノメートル以下という極小の泡を水中に安定的に封入したナノバブル水。この泡はマイナスに帯電し、互いに反発し合うことで長期間にわたって結合せず、微細な状態を保ち続ける。実際に、製造後10年が経過しても泡の構造が維持されていることが確認されており、その高い安定性が特徴だ。腸内フローラ移植においては、このNanoGAS水を用いることで、抗菌薬や腸管洗浄といった従来必要とされていた前処置を省くことが可能になった。

NanoGAS水の特性は医療用途にとどまらず、さまざまな産業分野においても有用性が認められている。食品の酸化抑制や洗浄力の向上といった効果が見込まれ、日本酒メーカーや化粧品企業との共同開発が進行中だ。水素NanoGAS水を用いた酒類の酸化抑制技術は、革新性が評価され、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究開発型スタートアップに助成金を提供するSBIR推進プログラムにも採択された。今後、研究開発の加速とともに、NanoGAS技術の新たな応用展開が期待されている。

同社は、神戸ポートアイランドにある中小機構のインキュベーション施設「神戸健康産業開発センター(HI-DEC)」内に研究開発拠点と製造プラントを整備し、1トンタンクからペットボトル単位での供給まで、用途に応じた柔軟な提供体制を構築している。また、プラント自体の貸与も視野に入れ、全国的な導入に向けたインフラ拡充を進めている。

滞在型医療施設ビジネス

社員とともに、腸内フローラ移植の普及に取り組む
社員とともに、腸内フローラ移植の普及に取り組む

同社は、将来的な事業展開として「滞在型医療ビジネス」の構想を描いている。地方の長期滞在型宿泊施設と連携し、腸内フローラ移植を中心とした医療サービスとともに、健康的な食事メニューやウェルネスプログラムを包括的に提供することで、心身のトータルケアを実現しようとするものだ。田中氏は、「滞在型医療と地方創生を掛け合わせることで、新たな価値が生まれる」と語る。現時点では、資金調達や地域との連携、制度的な課題なども多く残されているが、腸内フローラ移植はすでに海外で先進的な取り組みが進んでおり、日本でも富裕層インバウンドをターゲットとした医療ツーリズムの一環として事業化の可能性があると見ている。

田中氏が同社を立ち上げた背景には、家族の介護経験から、現在の医療制度の枠組みでは対応しきれない限界を痛感したことがあった。「シンバイオシス」という言葉は、異なる種の生物が互いに利益を与え合う共生関係を指す。それはまさに、腸内に棲む100兆個以上の多様な細菌と人間との関係性を象徴している。

日本における腸内フローラ移植は、まだ広く認知されているとは言い難く、制度面・理解促進の両面で乗り越えるべき課題は多い。しかし、難病や慢性疾患に苦しむ多くの人々にとって、新たな選択肢となり得るこの技術は、大きな希望と未来が秘めている。田中氏は「ひとりでも多くの人に“共生”の可能性を届けたい」と語り、その実現に向けた一歩を着実に踏み出している。

企業データ

企業名
シンバイオシス株式会社
Webサイト
設立
2017年12月
資本金
2000万円
従業員数
6名
代表者
田中三紀子 氏
所在地
大阪市都島区片町2-1-40 エスト・ヌーヴォー401
事業内容
腸内細菌叢移植用製剤の研究・開発、高機能ナノバブル水及びプラントの開発・製造・販売