社会課題を解決する

再生医療で心臓病治療の扉を開く「Heartseed株式会社」

2021年 4月 30日

「Japan Venture Awards 2021」のトロフィーを手にするCEOの福田恵一氏
「Japan Venture Awards 2021」のトロフィーを手にするCEOの福田恵一氏

日本で120万人、全世界で2600万人以上の患者がいるといわれる心臓病(心不全)。根治の方法は今のところ心臓移植しかないが、ドナー(臓器提供者)不足で移植を受けられるのはほんの一握りにすぎない。こうした状況を打開して多くの患者の命を救おうと、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた再生医療の研究開発に取り組んでいるのが、慶應義塾大学医学部発のベンチャー企業、Heartseed(ハートシード)だ。画期的な治療方法が世界に貢献できると高く評価され、同社は中小機構主催の「Japan Venture Awards 2021」で内閣府特命担当大臣(科学技術政策担当)賞を受賞した。

iPS細胞から作る「心臓の種」を移植

慶應義塾大学医学部からベンチャー企業を立ち上げた
慶應義塾大学医学部からベンチャー企業を立ち上げた

トレーニングなどによって増やすことができる骨格筋と異なり、心筋は増やすことはできない。そのためポンプ機能が低下した心臓を元に戻すには、心臓移植以外に根本的な治療方法はこれまでなかった。これに対し、同社が開発した治療方法は、患者自身の少量の血液からiPS細胞を作り、それを心筋細胞に分化させて患者の心臓に移植するというもの。心臓(heart)の種(seed)を植えて、弱った心臓の再生を目指すのだ。

同社の代表取締役CEOで慶大医学部循環器内科教授の福田恵一氏が再生医療による心臓病治療の研究を始めたのは1995年。1999年には骨髄の細胞から心筋細胞を作るという論文を発表し、世界中から注目された。しかし、「骨髄からでは少量しか作ることができない」(福田氏)ことから、ES細胞(胚性幹細胞)にシフト。そして2006年からは、京都大学の山中伸弥教授らが開発したiPS細胞を用いた再生医療に取り掛かった。

中小企業の技術力などで課題を克服

iPS細胞を用いた心筋再生医療の全体像
iPS細胞を用いた心筋再生医療の全体像

それから15年の間、克服すべき数々の課題に直面した。課題は主に①安全性の高いiPS細胞を作る②効率よく大量にiPS細胞を作る③iPS細胞から心筋細胞を作る④心筋細胞を大量に増やす⑤心筋細胞だけが残るよう純化精製する⑥心筋細胞を移植する—の6つだった。

このうち最も重要な課題が純化精製だ。iPS細胞から心筋細胞に分化する際、心筋細胞にならず未分化のままのiPS細胞が残り、そのまま移植すると腫瘍ができる恐れがある。そこで心筋細胞だけを残す純化精製の方法が必要になった。福田氏は、同じ慶大医学部の末松誠教授と共同研究を進め、それぞれの細胞のエネルギー源の違いに着目した。iPS細胞やES細胞はブドウ糖を取り込んで増殖するのに対し、心筋細胞は乳酸をエネルギー源として利用することができる。培地(細胞や微生物が成長しやすいよう人工的に作られた環境のこと)からブドウ糖やグルタミンを除き、乳酸を入れたところ、未分化のiPS細胞は死滅し、心筋細胞だけが生き残った。これにより純化が可能になり腫瘍ができる危険性はなくなった。

最後の課題である移植では注射針の開発がポイントになった。心臓に注射して心筋細胞を移植する際、通常の注射針を使用すると血管を傷つけてしまう。試行錯誤の末、いくら刺しても出血することがない鍼灸用の針を参考にした。ただ鍼灸用の針は、先端に穴が開いておらず、そのままでは心筋細胞を注入できない。そこで、太さ0.5mmの針の横に穴を開けるという特殊な形状になった。この特殊な注射針を製造してくれるメーカーを探すため、福田氏は全国各地の中小企業を巡り、その結果、微細な金属加工を得意とする株式会社スズキプレシオン(栃木県鹿沼市)が製造を引き受けた。日本の中小企業のモノづくり技術が課題克服に大いに役立った格好だ。

病床の両親が導いた医学の道

数々の試練を乗り越えてきた福田氏だが、もともとは科学者志望で大学の理工学部への進学を目指していた。そんな折、高校3年のときに母親が乳がん、さらに浪人時代に父親が進行性胃がんであることが判明した。両親の看病をしながら、受験勉強に励み、東京大学理科一類(主に理学部・工学部への進学を考えている学生向けの科類)に合格した。一方で、「記念受験」のつもりで受けた慶大医学部にも合格。病と闘う両親を間近で見ていたこともあり、「自分に縁があるのかもしれない」と考え、医学部を選んだ。

大学に入ってからも看病は続き、病院で勉強する日々。さらに学費を稼ぐためにアルバイトも行った。どんなにつらかったかと思われがちだが、福田氏は「Adversity makes a man wise(逆境は人を育てる=艱難汝を玉にす)」という英語の格言を引き合いに出し、「これは自分に与えられた試練。つらいと思わなかった」と振り返る。こうした若い時の経験が今回の困難な研究開発をやり遂げる力を養ったのだろう。そして、図らずも自分を医学の道に導いてくれた両親に対し、「今も感謝している」との思いを抱く。父親は福田氏が大学1年の時に、母親は4年の時に他界した。

2025年にも実用化、そして全世界へ

資金調達、海外事業展開などプロ集団のHeartseed
資金調達、海外事業展開などプロ集団のHeartseed

福田氏がCEOをつとめるHeartseedは2015年に設立された。当初は大学と国内大手製薬企業との共同研究という形だったが、研究の途中で企業が手を引いてしまった。「企業はどうしても利益優先となり、患者の治療を第一とする私たちと考えが異なった」(福田氏)という。実用化に向けて巨額の費用が必要となるなか、資金調達を容易にする必要もあり、大学発ベンチャー企業として同社を立ち上げた。これまでに40億円を調達し、さらなる資金調達が予定されている。また、「Japan Venture Awards 2021」受賞により「ますます資金調達がしやくなった」と福田氏は話す。

今後の見通しでは、近く臨床研究と治験をほぼ同時にスタートする予定。3年後を目途に「条件及び期限付き承認」(再生医療製品を条件・期限付きで早期に承認する制度)を得て2025年には医療現場で心筋細胞の移植を実施したいとしている。その2年ほどのちには海外での実用化に向け治験を開始したいという。福田氏は「とくにアメリカでは心臓病患者が500万人に上り、死因の1位になっている。この治療方法を全世界に展開したい」と意欲を燃やす。ベンチャー企業によって蒔かれた小さな種が世界中で大きな花を咲かせる日も遠くなさそうだ。

企業データ

企業名
Heartseed株式会社
Webサイト
設立
2015年11月30日
資本金
4152万円(2020年10月現在)
従業員数
約40人
代表者
福田恵一氏
所在地
東京都新宿区大京町12-9 アートコンプレックス・センター302
事業内容
iPS細胞を用いた心筋再生医療
連絡先
contact@heartseed.jp