経営支援の現場から
金融機関巻き込み、経営課題に踏み込んだ伴走支援を実現:三重県信用保証協会
経営環境の変化が非常に激しい中「本質的な経営課題は何か?」を見極めて解決につなげる「課題設定型」の支援が注目されている。中小・小規模事業者に寄り添い、成長に伴走する全国の支援機関は多数存在する。各機関の取り組みは全国の支援機関にとっても参考となる事例が多い。経営支援の現場における新たな挑戦をレポートする。
2024年 3月 25日
三重県は令和3年度に中小企業を支援する新たな枠組みとして「三重県中小企業支援ネットワーク推進事業(愛称み・エールbiz)」を立ち上げた。三重県信用保証協会が事務局となり、三重県、金融機関、商工団体、が参画する官民一体型組織であるのが特徴。中小企業の収益力向上(PL改善)を目的に掲げ、対話と傾聴により経営課題を導き出す。信用保証協会が推進役となる枠組みは全国的にも珍しく、他地域の信用保証協会や中小企業支援機関からも注目されている。三重県は同ネットワーク推進事業を「三重県モデル」として発信していく考えだ。
信用保証協会が支援スキームの担い手に
信用保証協会は中小企業が融資を受ける際に、公的な保証人となり金融の円滑化を図る役割を果たしている。金融機関と中小企業の間に立ちつつ、中小の育成を金融の側面から支援している存在だ。
三重県信用保証協会は、平成30年4月の信用補完制度の見直しにより金融機関と連携して中小企業への経営支援を強化する方針転換が行われたため、経営支援への取り組みに着手し、専門家派遣を実施していた。その過程で西垣内清文経営支援部長(当時は企業支援部副部長)は「専門家派遣しただけで『はい、終わり』では本当の意味の経営支援になっていないのではないか」という問題意識を持つようになっていた。折しも、新型コロナウイルス感染症対策として打ち出された実質無利子・無担保融資により、保証承諾件数は一気に4倍に膨れ上がった。今後返済が本格化することを踏まえ、経営課題解決そのものにまで踏み込んだ新しい支援の仕組みを模索していた。ちょうどその時に三重県から、新たな中小企業支援のネットワークを作りたいという相談が寄せられた。そこで、地域の金融機関や商工団体を巻き込むスキームを提案し、誕生したのが「三重県中小企業支援ネットワーク推進事業(愛称み・エールbiz)」だった。
経営力再構築型の伴走支援
具体的なスキームはこうだ。「新型コロナウイルス感染症対応資金」等を利用している中小企業・小規模企業が順調に借入を返済し、事業を発展的に継続できるよう支援を行う「経営改善コーディネーター」を、同ネットワーク推進事業の事務局である三重県信用保証協会に配置した。活動の目的を「PL(損益計算書)改善」とし、経営改善コーディネーターと経営者が協力して事業の棚卸を通じて根本的な課題を見つけ出し、経営者自身がその課題解決の必要性に気づき、経営改善に自発的に乗り出すように伴走支援をする。さらに課題解決に適した専門家を派遣し、具体的な行動計画を策定し、改善に動き出す。結果として収益が生み出せる経営体質となり、PL改善が実現するというものだ。企業が設備投資のために補助金獲得を目指して専門家派遣を依頼する“目先の課題解決”ではなく、経営課題にまで踏み込んで、経営者や社員の考え方や行動自体が変わる「経営力再構築型」の伴走支援となることを目指した。
実際に伴走支援をする経営改善コーディネーターのメンバーは、協会職員、金融機関(三重県に本店を置く4つの金融機関)からの出向者、中小企業診断士の10名で構成した。事務局統括には、協会職員で中小企業診断士でもある長澤良二氏が就いた。このスキームの肝となるのは、金融機関からの出向者の存在だ。長澤統括(当時企業支援部経営支援課室長)は「金融機関に出向派遣をお願いに行ったときに、『現役行員を派遣していただきたい』とお願いした。信用保証協会の経営支援では金融機関のOB人材を活用することが多い。しかし、実際に支援する企業を担当している支店の若い行員とのコミュニケーションがうまくいかないケースがあると思った。あくまで現役にこだわった」と説明する。企業にとって一番の相談相手は取引先金融機関だ。ただ、「上から目線で企業を見るような態度では、反発を招く。経営者や社員に敬意を持ち、否定せずに聞く『敬聴』の姿勢で対応してほしい。最初の段階はとにかく相手の言うことを徹底的に聴くことに努めてほしい」とも要望した。
金融機関にとっても得るものは大きかった。これまでは財務数字から企業を見ていた。どの事業が赤字で課題があるかは把握していた。しかし、課題がある事業をどうやって改善させるのか、または新たな収益源となる新事業をどう立ち上げるのかといった事業面での課題解決策は持ち合わせていなかった。中小企業診断士などと行動を共にすることで、支援の具体的なノウハウを得ることができたのは収穫となった。また、経営改善コーディネーターは県内5か所に分かれて業務を行っていたが、異なる金融機関から派遣された経営改善コーディネーターが机を並べているところもあった。他行では、本店とどうコミュニケーションをとって経営改善を実行しているのかなど、自行との違いを間近に感じることができたことは大きな刺激となったようだ。
同ネットワークは2023年3月末時点で、191社の行動計画を策定した。業種別では、製造業40社、建設業33社、小売業32社、飲食業30社など、幅広い業種をカバーしている。支援を受けた企業からは「前向きに経営改善に取り組もうという意識に変わった」という声が上がるなど成果を生み出している。また、個別事例研究会を開催し、伴走支援に取り組んだ経緯や課題解決策を関係者に伝えることで経営支援のノウハウを共有する機会も設けている。
同ネットワークは経営改善コーディネーターによる活動に加え、2023年11月に物価高によるコスト上昇分を適切に価格転嫁するよう支援する「取引価格適正化コーディネーター」を配置し、中小企業の経営改善を多角的に支援する体制へと移行した。事務局は引き続き三重県信用保証協会が担当する。
支援事例
スポンサー不足に直面した女子サッカーチームへの伴走支援
北伊勢上野信用金庫×伊賀FCくノ一三重
三重県中小企業支援ネットワーク推進事業に参加した北伊勢上野信用金庫が、支援先に選んだのは、女子サッカークラブ「伊賀FCくノ一三重」を運営する特定非営利活動法人伊賀FCくノ一三重(三重県伊賀市)。チームの実力はあるものの、経営面では課題を抱えていた。経営改善コーディネーターとして北伊勢上野信用金庫が派遣した奥谷英俊氏は、支店長経験者で財務に明るく、営業店の職員とも交流があった。奥谷氏は「前例がない取り組みなので、最初はどうしていいかわからなかった。訪問先企業も同じ不安を感じていた」と手探りでのスタートだったと振り返る。
伊賀FCくノ一三重の2023年度クラブ成績は、「なでしこリーグ1部」で3位、皇后杯にも参加した。過去の戦績では日本女子サッカーリーグの第1回大会から参加し、14回の優勝経験があるなど、女子サッカーチームとして実力がある。チームの目標は、男子サッカーのJリーグに相当する女子のプロリーグである「WEリーグ」への参加に置いているがスポンサー不足や観客動員数の伸び悩みという経営課題に直面していた。
奥谷氏がまず経営者と面談する中で見えてきた課題は、経営層の中での情報共有に改善の余地があり、経営の方向性が定まっていないということだった。資金繰り、スポンサー獲得など、個々の課題にそれぞれの役員は奮闘しているものの、それらの情報は担当役員限りとなっていた。そこで、毎週定例会議を開催して情報を共有することから始めることにした。同時に専門家に入ってもらい、具体的な改善計画づくりに着手することにした。専門家として選定したのは、中小企業診断士でIT分野に明るい石﨑一之進氏。
石﨑氏は経営者との面談を重ねて議論することで、事業の課題や良い面などを整理していった。「優秀な選手やコーチがそろっているのに、それをしっかりアピールできていない。打ち出し方を工夫すればいいのでは」など、具体的に提案をしていった。奥谷氏は「専門家と経営者が回数を重ねて議論する中で、経営者の意識が変わっていく姿を見て、専門家のスキルに感心した。企業からも『専門家に来てもらってよかった』と前向きにとらえてもらうようになり、双方の距離が縮まったと感じた」と語る。
地域に愛されるクラブに転身
議論の中から導き出した方向は、「地域で愛されるクラブを目指す」(柘植満博株式会社伊賀FCくノ一三重社長)だった。まず、当時のチーム名は「伊賀FCくノ一」だったが、そこに「三重」を追加した。伊賀地域だけでなく三重県全域にファン層を拡大させることで観客動員数の増加に結び付ける。さらに小・中・高校生が参加するサテライトやジュニアチームを充実させる。三重県のSDGs推進パートナーとして登録し、県内企業が取り組むSDGs活動に協力したり、選手が学校や高齢者施設を訪問してふれあう機会を増やしたりもした。活動内容や地域を拡げることで、ファン層の掘り起こしにつなげている。また、ネットで販売するグッズや観戦チケット購入者のデータ管理をすることで顧客分析にも取り組んでいる。どこで、誰が、何を購入してくれているかを見ることで、今後の商品展開にもつなげていく。一連の取り組みにより、スポンサー収入以外の収益を拡大させていくことを目指す。
伊賀FCくノ一三重が目標とするWEリーグへの昇格には、専用スタジアムの建設や観客数の拡大、照明設備など、さまざまなハードルが待ち構える。奥出章寛副社長(令和6年1月31日に退職)は「実現には行政や金融機関、民間企業の協力が不可欠。そのためにも、地域にとってなくてはならない存在になっていかなければならない。目標に向かって地域全体を巻き込んでいけるだけの力をつけていきたい」と将来を見据えている。