SDGs達成に向けて

食害魚を食材においしいメニュー、「食べる磯焼け対策」に取り組む【有限会社丸徳水産(長崎県対馬市)】

2024年 8月 13日

丸徳水産の犬束ゆかり専務(中央)と夫の犬束徳弘社長(左から2人目)、3人の息子たち
丸徳水産の犬束ゆかり専務(中央)と夫の犬束徳弘社長(左から2人目)、3人の息子たち

九州と朝鮮半島の間に浮かぶ対馬。豊かな漁場としても知られる対馬の海で今、磯焼けが進んでいる。「対馬の海を守りたい」との思いで、磯焼けの原因になっている食害魚の加工・販売に取り組んでいるのが有限会社丸徳水産だ。犬束(いぬづか)ゆかり専務は食用として全く利用されていなかった食害魚を食材にしたメニューを考案。「食べる磯焼け対策」として各方面から共感を呼んでいる。同社の取り組みは、環境への貢献のほか、地域資源の活用などの面でも評価され、昨年12月の第11回グッドライフアワードで環境大臣賞・地域コミュニティ部門を受賞した。

地球温暖化で「海の砂漠化」、姿を変えた豊かな海

対馬の海藻を大量に食べるイスズミ
対馬の海藻を大量に食べるイスズミ

「20年ぐらい前から、対馬で磯焼けが見られるという話を聞くようになった」と犬束氏は話す。磯焼けとは、海藻が密集して生息する藻場(もば)が無くなって岩場だけになってしまう現象で、「海の砂漠化」と呼ばれる。魚が産卵したり隠れたりする場所である藻場がなくなると魚は姿を消し、海藻を食べるアワビやウニも育たなくなる。「10年ほど前からは磯焼けがさらに広がり、近くの海で目の当たりにした時には『こんなにひどいのか』とショックを受けた」。生まれも育ちも対馬という犬束氏が幼い頃から慣れ親しんだ美しく豊かな海は、その姿を大きく変えていた。

磯焼けの拡大は地球温暖化の影響によるものだ。海藻を食べる南方系のイスズミやアイゴといった食害魚が海水温の上昇によって一年を通して活発化し、海藻を食べ尽くすようになった。なかでも魚体が大きいイスズミは食べる量も多い。イスズミも定置網にかかるなどして捕獲されるのだが、内臓部分に強烈な臭いがあり、食用には適さない。結局、焼却処分にするしかなかった。「対馬の貴重な海藻を大量に食べたイスズミを焼却処分にするのは、もったいないというより、悲しいし寂しい」。こんな思いから犬束氏の取り組みが始まった。

強烈な臭いを除去、イスズミのフライが完成

飲食店「肴や えん」とテイクアウト専門「FoodLaboまるとく」
飲食店「肴や えん」とテイクアウト専門「FoodLaboまるとく」

犬束氏は高校卒業後に地元で就職、そして犬束徳弘氏(現在の丸徳水産社長)と結婚。夫が独立して漁業者になってからは素潜り業に従事し、獲ったサザエやウニなどを行商や朝市で売っていた。2002年にスーパーのテナントとして鮮魚店を始めるのを機に法人化して丸徳水産を設立。自らが獲った魚介類を中心に販売していたが、食生活の変化からノルウェー産など輸入品が好まれるようになったことで業態を転換し、地産地消の飲食店「肴や えん」を2010年に開業した。2012年にはテイクアウト専門の「FoodLaboまるとく」をオープンした。持ち前の明るさと社交性、さらに行商で培った商才で事業は拡大。飲食業のほか、水産加工も手掛けている。

こうした事業のなかで犬束氏はイスズミを使ったメニューの開発を進めた。臭いの元となる内臓を下処理できれいに取り除き、調味料の配合なども調整。肉厚の身の部分を生かしたイスズミのフライを完成させた。「下処理が不十分だと臭みが残る。調味料の配合もどうすればベストなのか、いろいろと試した」と犬束氏。苦労の末にたどりついた料理は店舗で提供され、2017年には料理レシピサイト「クックパッド」に対馬地区漁協女性部としてレシピを公開した。

「そう介プロジェクト」開始、「Fish-1グランプリ」で最高賞

そう介メンチカツ
そう介メンチカツ

やがて地元・対馬市がイスズミなど食害魚の有効活用に向けた取り組みを本格的にスタートさせ、一般社団法人MIT(対馬市)とともに犬束氏を支援することになった。プロジェクト名は「食べる磯焼け対策・そう介(すけ)プロジェクト」。犬束氏が考案したメニューを多くの人たちに食べてもらうことで食害魚を減らし、磯焼けを防ごうというものだ。「そう介」はイスズミのこと。「イスズミは臭くて食べられないというイメージが根強い」として、マイナスのイメージを払拭しようと犬束氏が「そう介」と命名した。「海藻のそう、創意工夫のそう、総菜のそう、想いのそう。そう介にはいろんな“そう”が集まっている」という。

2019年11月に東京都内で開催された「第7回Fish-1グランプリ」に「そう介メンチカツ」を出品したところ、国産魚ファストフィッシュ商品コンテスト部門でグランプリに輝いた。審査は、さかなクンら審査委員のほか一般来場者による投票で行われ、最高得票を集めた。「多くの来場者に料理を提供するため、漁協が大量のイスズミを用意してくれた。来場者には好評で、会場で食べたあと、『おいしかったので今夜の夕食用にも買って帰る』という人もいた」と犬束氏は振り返る。

受賞を機にプロジェクトの賛同者が全国に広がり、さかなクンが客員教授を務める東京海洋大学の食堂などで「そう介」のメニューが提供されるようになった。地元では学校給食に採用されている。また、同社のオンラインショップで「そう介メンチカツ」の販売が始まり、全国に発送可能、つまり国内どこでも食べられるようになった。改良を重ね、グランプリ受賞時よりおいしくなっているという。

さかなクン(後列・右から2人目)ら審査委員と来場者の投票でグランプリを受賞
さかなクン(後列・右から2人目)ら審査委員と来場者の投票でグランプリを受賞

いいところも悪いところも全部見せる体験ツアー

体験ツアー「海遊記」では養殖魚への餌やりなどを行う
体験ツアー「海遊記」では養殖魚への餌やりなどを行う

2022年には新規事業として体験ツアー「海遊記」をスタートした。地元の漁業者と漁船に乗り込み、養殖魚への餌やりや釣りなどレジャーだけでなく、磯焼けや漂着ごみといった環境問題にも目を向けてもらおうというツアーだ。観光客や修学旅行客らが参加しており、会社の収益にもつながっている。一方で、ごみ問題など対馬のイメージダウンにもつながりかねないツアーに対しては批判的な声もあった。しかし犬束氏は「対馬のいいところも悪いところも全部見せる。多くの人たちに対馬の海が直面している問題を知ってもらうことは、問題の解決に向けて決して無意味ではない」と強調する。

「そう介プロジェクト」をはじめとした一連の取り組みにより、昨年12月の第11回グッドライフアワードで環境大臣賞・地域コミュニティ部門を受賞した。また、犬束氏のもとには全国各地の行政機関や教育機関などから講演の依頼が数多く寄せられるようになり、「毎月のように出かけ、多いときには週1のペースで講演を行っている」(犬束氏)という。

次なる目標に向けて島外から新卒入社の助っ人登場

京都の大学を卒業して今年4月に入社した森賀優太さん
京都の大学を卒業して今年4月に入社した森賀優太さん

犬束氏には次なる目標がある。ゲストハウスの開設だ。対馬を訪れる人たちに宿泊してもらい、島民との交流を通じて地域の活性化や関係人口の増加につなげたい考えで、建物は地元漁協の遊休施設を有効活用したいという。「施設には国や自治体からの補助金を投入しているため目的外使用は難しいが、使われないままでいる施設をなんとかしたい。ハードルをひとつひとつクリアしていきたい」と犬束氏。

ゲストハウス開設に向けて強力な助っ人が登場した。今年4月に入社した森賀優太さんだ。愛媛県出身の森賀さんは、京都産業大学在学中にインターンなどで対馬を訪れるうちに同社の取り組みに共感。今年1月には、対馬など長崎県内の離島の活性化に向けたビジネスコンテスト「ながさき『しま』のビジネスチャレンジ2023」で学生チャレンジ部門の部門賞を受賞した。「対馬で新しい漁村づくりを進めたい。ゲストハウスが漁村の活性化に向けた拠点となれば」と森賀さんは話す。

対馬で一番、地球に貢献できる会社を目指す

美しく豊かな対馬の海
美しく豊かな対馬の海

飲食業やツアー、さらに新規事業となるゲストハウスと、犬束氏は今後も事業の拡大を続ける。「会社として利益を出し、それをもとに対馬に還元したい」と話す犬束氏が目指すのは、対馬の海の豊かさを取り戻すことだ。環境がさらに悪化していけば、対馬の主要産業である漁業へのダメージをますます大きくなる。そして、一番深刻な影響を受けるのが、犬束氏もかつて経験していた素潜り業など漁業者の中で最も弱い立場にある人たちだという。

そうした事態を招かないよう、「たとえば島内の子どもたち100人を体験ツアーに無料で招待する。磯焼けや漂着ごみといった島の現状を知ってもらい、自然環境の大切さを学んでほしい」という。「(丸徳水産は)対馬で一番、環境に、そして地球に貢献できる水産会社を目指す」と犬束氏は話している。

企業データ

企業名
有限会社丸徳水産
Webサイト
設立
(創業) 2002年5月
資本金
500万円
従業員数
18人
代表者
犬束徳弘 氏
所在地
長崎県対馬市美津島町久須保668
事業内容
対馬の魚介を扱った各種事業(養殖事業・加工事業・商品開発事業・飲食店事業・弁当事業・そう介プロジェクトなど)