頑張れシニアベンチャー
語学研修で評判の旅行社「コッツウォルズ・ウィンド・アカデミー」
異文化への関心から旅行業界に就職して30年、様々な研修ツアーを企画してきた吉元誠二郎氏。その経験を活かして、語学研修を手掛ける旅行会社を興した。自分の興味があることをテーマにツアーが組める。その楽しさが活力源だと語る。
コッツウォルズ・ウィンド・アカデミー株式会社
代表取締役社長 吉元誠二郎(よしもと・せいじろう)
大学卒業後、官庁の視察ツアーなどを手掛ける旅行社を経て京王観光に入社。海外ツアーの企画から添乗までを手掛ける。2003年、55歳で京王観光を早期退職し、コッツウォルズ・ウィンド・アカデミーを設立、社長に就任する。
語学研修ツアーで独立
——御社の事業の具体的な内容を教えてください。
当社は、社名「コッツウォルズ・ウィンド・アカデミー」の通り、イギリスでも人気の高い観光地、コッツウォルズ地方で、日本の高校や大学の生徒向けに英語研修とホームステイのプログラムを企画・運営しています。このほか、日本の伝統文化を海外で紹介するイベント「JAPAN DAY」への参加ツアーなど、テーマをもったツアーの企画・運営も行なっています。
——旅行会社を早期退職されて起業されたと伺っています。
55歳で起業するまで約30年間、京王観光で主に海外のツアーを担当していました。京王観光は国内旅行が主流で、海外旅行は少数派でしたが、私は海外がやりたかったので、自分でツアーを企画して営業から添乗まですべてこなしていました。お菓子屋さん向けに海外の菓子職人を訪問するツアーを企画したり、ホノルルマラソン参加ツアーを最初に始めたりと、いろんな分野のツアーを企画・実施してきました。
しかし、55歳を過ぎるとかつての部下の下で働く制度だったため、それならば自分で独立して仕事をしようと思ったわけです。その際に選んだのがコッツウォルズでの語学研修でした。この事業はそれまで自分が中心となってずっと取り組んできた事業であり、イギリスにも人脈があったので、これを行なおうと考えました。幸い、早期退職制度があり退職金も上乗せされたので、それを元手に会社を興したのです。
文化の違いの面白さを実感できるプログラムを企画
——顧客開拓はどうされたのですか?
当社は語学研修やホームステイ先の手配といったソフトの部分を担い、学校への営業はもっぱら提携している旅行代理店が担当しています。起業したばかりのころは京王観光との取引が中心でしたが、その後、JTBや近畿日本ツーリストなど他の旅行会社との取引も始め、現在はそうした取引先を通じ、埼玉から九州までの学校の研修や留学をサポートしています。
——これまでの業績はいかがですか?
おかげさまで、会社設立から順調に業績が伸び、現在では9名の従業員を抱えるまでになりました。ただ何年か前、イギリスでテロが起きた時と豚インフルエンザが流行した時は、予定していた学校が相次いでキャンセルし大変でした。さすがにその年は赤字を計上しましたが、それ以外は順調にやってこられています。
——事業運営上心がけていることはありますか。
毎年同じ学校に利用していただけるためにはプログラムの内容が重要です。語学研修だけでなく、ガーデニングの講習など、イギリスらしいプログラムを入れるほか、数学が好きな生徒たち向けにイギリス式の教え方で数学を教える授業を入れるといった具合に、文化や考え方の違いを実感できるような内容を盛り込む工夫もしています。また、現地の学生とスポーツの試合をするなど、楽しみながらコミュニケーションが図れる工夫も凝らしています。
好奇心が原動力
——この仕事をやっていてよかったと思える点はどのようなことですか?
語学研修は夏休みの時期に集中しているので、生徒たちの受け入れのために私も夏中コッツウォルズで過ごします。日本人の生徒たちが初めて外国人と触れ合い、コミュニケーションを深めるなかで成長していく姿を間近で見る時、この仕事をしていてよかったと思いますね。お客さんだけでなく、当社の従業員も若い世代が中心なので、若い人たちのエネルギーをもらえる。そんなところもよかった点ですね。 それから、この仕事はお客さんに喜んでもらえることはもちろんですが、それ以上に、自分の関心があることをテーマにツアーが組めるなど、自分の好きなことができる。それが一番の魅力でしょうね。
——起業から10年、65歳を迎えられましたが、健康維持のために何かされていることはありますか?
健康維持の秘訣は好奇心をもつことです。自分が知らない世界を知ることができるのがこの仕事の醍醐味です。さすがに最近は時差ボケ解消に時間がかかるようになりましたが、外国の文化や歴史を直接見聞きしたり、人々と交流したりするなかで得られる感動は疲れを吹き飛ばしてくれますね。 ちなみに、異なる社会を知ることの面白さを知ったのは学生時代のことです。当時新聞部員だった私は、沖縄返還の記事を書くには沖縄を知らなければいけないと思い、沖縄に渡り現地の人たちと寝食を共にしたのです。そうすると、本土にいただけではわからないことがいろいろと見えてきた。 その経験が海外への関心につながり、韓国やインドなどを旅行して歩くようになりました。インドのように、道に行き倒れの人があふれている国がある一方で、ちょっとほつれただけの生地が売り物にならない国もある。世界にはいろんな国や地域がある。それを実感するとともに、もっとそうした違いを自分の目で見てみたい。そんな思いから旅行業界で働くことを選んだのです。
——世界を見たいという好奇心から旅行業界に進み、65歳になられた今もその好奇心が原動力となって事業を続けておられるわけですね。その事業ですが、今後はどのように進めていくのか、事業展望を教えてください。
事業面では、コッツウォルズでの展開エリアをもう少し拡げていきたいと考えています。そのためにも、そろそろ会社の組織を固めていこうと思っています。現在は営業から添乗まですべて私が中心となってやっていますが、今後は組織の核となるような中堅の人材を数名採用し、その人たちが中心となって業務を回していく体制を整える方針です。部下に仕事を任せ、夏のコッツウォルズでゴルフを楽しむという夢を実現するためにも、これらの課題を早く達成したいですね(笑)。
掲載日:2013年2月26日