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サーキットからオフィス市場に“参戦”「ブリッド株式会社」
2020年 5月11日
ブリッド株式会社は、レーシングカー用に独自開発したバケットシート(体を包むように固定して走行安全性を高めた座席)を公道走行向けにもアレンジして販売しているモータースポーツファンには知られたシートメーカーだ。自社工場で職人が手づくりする「日本人の体形にフィットした長時間運転でも疲れにくい」設計・構造の長期耐用シートは、製造物責任法に定められる10年の期限を超えたアフターサービスとともに高く評価されている。同社の技術は、一部の大手自動車メーカーのオプションシートをOEM生産していることからも最高水準にあることが理解できる。
代表取締役の高瀬嶺生氏は、地元愛知県で唯一自動車科のある公立工業高校を卒業。トヨタ系カーディーラーで整備から営業まで網羅的に経験し、自動車部品の問屋に転職した。次第に沸き起こっていた独立願望から12年間のサラリーマン生活に終止符を打ち81年、30歳でBRIDEブランドのスポーツシートを製造・販売するブリッドCO.を創業した。
当時は、公道で腕を磨いた「走り屋」がプロになって活躍する連載漫画「サーキットの狼」で火が付いたスーパーカーブームの効果で、自動車カスタムの黎明期。羨望の的だったイタリア、ドイツ、イギリス車に倣って、マフラー変更や車高を下げるカスタムが一部で流行り始めていた。
AE86登場 カスタムブーム到来
カーカスタムを巡る状況は、83年にトヨタ自動車のスポーツモデル「カローラレビン」と「スプリンタートレノ」すなわち「AE86」の登場で急展開する。カスタム需要を織り込んで設計されたAE86に商機を見出そうとブレーキやランプ、ステアリング、ホイール、エアロ、ダンパー(車高調)などのカスタムパーツが相次いで登場し、カーカスタムブームが到来した。
84年にトレノで富士フレッシュマンレース(現 富士チャンピオンレース)を6戦全勝で制したドリフト(タイヤを滑らせて走行する技術)の多用が特徴的なプロレーサー土屋圭市氏らによるカーカスタムの魅力発信や、自動車専門誌の記事掲載、スプリンタートレノを駆る主人公が峠道で劇的なカーバトルを繰り広げる連載漫画「頭文字(イニシャル)D」の人気なども追い風となって、カーカスタムは自動車業界に浸透していった。車検規制が今ほど厳しくなかった時代でもあり、シートメーカーもドイツのレカロ、イタリアのスパルコはじめ多数が乱立し、市場は活気を帯びつつあった。
業界消沈した死亡事故
しかし、状況は一変する。大手新聞社の記者が、神奈川県藤沢市で暴走行為を注意した暴走族の少年らに暴行を受けて死亡した89年の「片瀬江ノ島駅前暴走注意事件」を機に、カスタムパーツの車検規制が一斉に強化された。
時を同じくして日本自動車スポーツマフラー協会が設立され、カスタムパーツの車検適合化と法令順守に業界をあげて努めるなど、カーカスタムが一般的に理解されるまでには一路順風でなかった経緯がある。
こうした状況下で、規制のあおりで製品開発の大幅な見直しを余儀なくされる難局を突破しながら個人事業を8年間切り盛りしてきた高瀬社長は平成を迎えた同年、シート専門メーカーで本格稼働しようと覚悟を決め、ティーズ株式会社として法人化。人気のヨーロッパ車が搭載しているシートに似た車検適合製品を割安で提供することからスタートした。
多彩な戦略次々
市場から車検不適合メーカーが次々淘汰される中、この数年前からアドバイザー契約を交わしていた前述の土屋氏の活躍で「ブリッド=ドリフト&峠の走り屋」というブランドイメージを確立。車検適合カスタムシートメーカーの地位を確たるものにし2010年、社名を「ブリッド株式会社」に変更した。今ではバケットシートの販売数と国内モータースポーツにおける装着率ともにダントツの実績を誇る。
シートは338種類、シートレールは800車種以上をラインナップしている。年間生産1万脚、年商8億円のうち、2割は代理店を通じて日本人と体形が似ているアジアやヒスパニック系の需要を掘り起こした海外での売り上げだ。経営上、必ずしも高効率とはいえない多品種微量生産に敢えて挑むことで貫いている、ユーザーのニーズにできる限り応じる製品開発姿勢も、同社の存在を際立たせている。
アドバイザーに土屋圭市、谷口信輝ら
同社のシート開発には、土屋氏以外にも国際レースに参戦している多くのプロレーサーらがアドバイザーとして参加している。エンジニアでもある土屋武士氏を専属テスターに擁し、95年のル・マン24時間レースで日本人初の総合優勝を果たした関谷正徳氏は独自理論によるドライビングポジションの設定で助言している。
SUPER GT(GT300クラス)やGAZOO Racing 86/BRZ Raceなどを制覇し、自動車のメカニズムにも極めて精通している谷口信輝氏や、プロ用ドライビングシミュレーターを備えたトレーニング施設をオープンしてプロレーサーのトレーニングにも熱心な織戸学氏らも協力している。
自動車メーカーもオプションとして多種多様なパーツを常備し、カスタムカーが安全車両として認識されるまでになった現在、同社は世界的な知名度のあるレカロと競合するまでに成長した。「日本の厳しい車検に適合しているカスタムシートメーカーは、当社とレカロだけ」と高瀬社長。2社はサーキットのみならず、市場でも激しい“デッドヒート”を繰り広げている。
研究開発費は無制限
若者の車離れや富裕層のヨーロッパ車志向が変わらない中、シートというニッチな市場でオンリーワン企業を目指すため、高瀬社長は研究開発費と広告宣伝費は社長決裁事項として上限を設けていない。研究開発費は、動物的な嗅覚と直感で商機を逃さないための先行投資。広告費は売り上げに比例配分して確保している。
とりわけPR活動は、新たな需要深耕と市場開拓を期して積極的に展開している。大規模試座イベントを年間100回以上開催して、ユーザーの要望をいち早く製品開発に反映。ブリッドシートの装着に伴って取り外した純正シートを、オフィスチェアとして再利用するためのキャスターキットも一部用意している。
脱カーシートメーカーへ布石
近年は、長時間運転でも腰の負担が少なく疲れにくい設計と構造を「健康」「快適」とうたってマーケティングしている。このシートは、すでにトラックやキャンピングカーに搭載実績がある。
さらに今年は脱カーシートメーカーを掲げて、オフィスチェア市場に参入。コクヨ、オカムラやドイツの有名メーカーと競合し得るシートメーカーへの飛躍を遂げようとしている。
オフィスチェア第1号は、1月に千葉市美浜区の幕張メッセで開かれたカスタムカー・パーツの大規模展示商談会「東京オートサロン2020」で披露。自社ブースに特設ステージを設け、16年振りにモデルチェンジしたフルバケットシート「ZETAⅣ」とあわせて発表した。大阪市住之江区のインテックス大阪で、2月に開かれた「大阪オートメッセ2020」にも出展した。
高瀬社長は「オフィスチェアにフルバケットシートでチャレンジすることで、新しいトレンドを創出したい。座ることでデスクワークやミーティングが楽しくなるシートを提供する。巨大なオフィス市場の規模に期待できる事業拡大の可能性は計り知れない」と意気込む。
同社はすでにカーシート以外の市場に参入しており、スポーツ関係施設の需要を開拓している。サッカーではJリーグのガンバ大阪、ジュビロ磐田などのスタジアムシートを手掛けている。
市場の急拡大が期待されているeスポーツ(競技化した対戦型コンピューターゲーム)に使うシートにも商機を見出し、新たな理論と設計で専用シートを開発してブランド化していく方針だ。
eスポーツ用シートの一部は「東京オートサロン2020」でも展示した。オフィスチェアもeスポーツ用シートも、大手企業と競合しないで生き残るために、大手にできないことを実行して粗利を増やす経営戦略の一環である。
高瀬社長 部品団体の会長に
高瀬社長は昨年10月、カスタムパーツメーカーの業界団体である一般社団法人日本自動車用品・部品アフターマーケット振興会(NAPAC)の会長に就任した。「運転が楽しくて、いつの間にか走行距離が伸びてしまうクルマの開発に貢献したい。シートはもちろん多種多様なホイール、タイヤ、ブレーキなどから、自分の志向に合ったパーツを選んでカーライフを楽しんでほしい」と抱負を語る一方、危険運転防止の啓蒙活動にも努めている。
One Point
「自分のクルマを愛車と心から呼ぶカーオーナーに選ばれるシートメーカーになりたい」と強く望む高瀬社長は、安全第一主義に徹している。シートは足周り部品であるとの認識から、ドライバーにかかる横のG(加速度)を軽減する設計も採用。「事故に遭ったが、シートをブリッドに変えていたから大事に至らなかったと評価されることが理想だ。モータースポーツの発展に安全性で寄与しなければ、カスタム需要も喚起されない」として、より安全なシート開発に心血を注いでいる。
※掲載している内容は、4月7日に発令された緊急事態宣言前に取材したものです。
企業データ
- 企業名
- ブリッド株式会社
- Webサイト
- 法人番号
- 2180001094930
- 代表者
- 高瀬嶺生 代表取締役
- 所在地
- 愛知県東海市東海町1-11-1
- 事業内容
- カーシート・レールおよび関連グッズの製造・販売