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粉砕、混合、分散も…無限大の可能性を秘める3次元ボールミルを開発「株式会社ナガオシステム」
2021年10月11日
直径20センチほどの透明な球状容器が縦と横に直交する2軸で同時に回る。すると容器に入れたボールは浮いた状態で擦れ合って回転する。株式会社ナガオシステムが開発した「3次元ボールミル」は当初、粉砕機(ボールミル)としての利用を想定していたのだが、展示会などの場で、混合や分散など他の用途での可能性を相次いで指摘された注目の製品だ。
地球の動きを参考に遊星ボールミル開発
同社代表取締役で創業者の長尾文喜氏はモーター制御と回転運動のプロである。出身地・仙台市の大学で電子工学を学び、卒業後に山形県内のマイクロモーター製造会社に就職。その後、産業用のもっと大きなモーターとそのコントロール(電気制御)の開発を行いたいと、東京都内にある大手総合電機メーカーの工場に移り、最新ブラシレスモーターとその制御を学んだ。
さらに1972年に起業した知人に誘われて転職。そこでも電動リールや歯科医が使う超高速グラインダーなどのモーターとそのコントロールの仕事に携わった。「小型から大型まで、そして超低速から超高速まで、さまざまなモーターとその制御技術を手掛けてきた」と話す長尾氏。そして1994年に独立して妻とナガオシステムを設立した。
創業してしばらくは遠心分離機などのOEM生産を行っていたが、2004年に自社製品「傾斜型遊星ボールミルPlanetシリーズ」を開発。自転しながら太陽の周りを公転する地球と同じように、傾斜させた容器が自転と公転を繰り返す。1方向のみに回転する従来のボールミルと異なり、別の方向からの回転が加わることで粉砕力を飛躍的に向上させた。
傾斜型遊星ボールミルはその後、ひょんなことから3次元ボールミルの開発へとつながる。長尾氏が茨城県つくば市の産業技術総合研究所(産総研)でプレゼンテーションを行っていたときのことだ。隣接する宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者がたまたま居合わせ、「クリノスタットに応用できるのではないか」とアドバイスしてきたという。クリノスタットとは、回転体を縦・横の直交する2軸で回転させることで重力を相殺し、見かけ上の無重力状態を作り出す装置のことだ。既存の装置は超低速での運転しかできず、しかも高額だった。傾斜型遊星ボールミルの傾斜自転容器と公転円周ゴムを接触させる技術を応用すれば高速・低コスト化が可能とみた長尾氏は「これは面白い」と感じ、開発に取り組んだ。
もちろん縦横に直交した軸で同時に回転させるのは容易ではない。しかし、長年さまざまな回転する装置を手掛けてきた長尾氏は、横軸にモーターがいらないゴム接触型の回転軸を考案し、直交軸の2方向回転を実現した。さらに円柱状の容器を球状に変更した。こうして誕生した3次元ボールミルは2009年に商品化された。
来場者の声で「新価値」発見
相次いで開発された自社製品は中小・ベンチャー企業向けのサービスやイベントを通して知名度をアップさせた。まず中小機構が運営するビジネスマッチングサイト「ジェグテック(J-GoodTech)」に傾斜型遊星ボールミルを登録した。これは同社の技術顧問で、当時、中小機構販路支援部の専門家もつとめていた植木正憲工学博士の勧めによるものだった。
長尾氏を含め数人規模の同社にとって、製品・技術について情報発信してくれるジェグテックは大きな助けとなり、大学や研究機関などからの問い合わせが増えた。「同様の製品は外国製品であったが、装置が重く、そして高額だった。小型軽量で、しかも低価格で提供できる傾斜型遊星ボールミルに興味・関心を示す先生方が多かったようだ」と長尾氏は話す。
また2015年からは新価値創造展(中小機構主催)に3次元ボールミルを出展した。すると思いもよらない効果があった。同展にはさまざまな業種の関係者が来場する。異なる視点で製品を見てもらったことで、それまで考えてもみなかった用途が発見できたのだ。もともとは無機物の粉砕を想定していたが、3次元ボールミルでの粉砕は発熱が極端に小さいことなどから、加熱で変化しやすい有機物にも使用できるとの声が聞かれた。さらに、「混合や分散といった用途の方が適しているのではないか」との意見もあった。粉砕用のボールを取り除き、容器に材料だけ入れて2軸回転を行えば、3D効果によりナノレベルの混合や分散、乳化などにも使えるというのだ。
同社は、新たに発見された用途を加えて3次元ボールミルを他の展示会などでも紹介。また2019年9月には第10回かながわ産業Navi大賞を受賞し、同年11月には第76回「九都県市のきらりと光る産業技術」として表彰された。認知度はいっそう向上し、問い合わせも増加。これまで東京大学や京都大学をはじめとした国内の大学、さらには大手企業や国の研究機関などにも納入された。
ただ、そのほとんどは研究・開発用であり、産業用での実績はまだ少ない。「論文発表の研究用としては小型の装置で十分だが、産業用には大型化が必須。また球状容器を開閉して中身を出し入れするという仕組みは大量処理には高いハードルがある」と長尾氏は説明する。
放射能汚染解決など新たな用途開拓も
このさき販路を拡大するには、新たな用途の開拓を見据えての仕組みの構想が必要となる。そこで長尾氏は次の新しい発見を模索している。たとえば放射能汚染問題の解決。東日本大震災での福島第一原発事故の直後から物質・材料研究機構や産総研と実施した試験で、3次元ボールミルにより放射能汚染土壌内のセシウムの低減が実証された。コンクリートミキサー車の回転軸に直交する1軸を加えた「3次元ミキサー車」を開発すれば、今も放射能汚染が残る土壌からセシウムを取り除けるかもしれないという。
「ほかにも、3次元球状回転体を応用して前後左右、斜めにも進める車や船、3次元回転で起こる浮遊運動を利用した、宙に浮く浮遊体を開発できないか。何十年後になるかわからないが、新しい3次元運動の可能性は無限だと思う」と長尾氏は話す。
企業データ
- 企業名
- 株式会社ナガオシステム
- Webサイト
- 設立
- 1994年10月
- 代表者
- 長尾文喜 氏
- 所在地
- 神奈川県川崎市麻生区片平1-9-30
- Tel
- 044-954-4486