経営支援の現場から
5年間で約100件の「経営力向上計画」を申請支援 自社の経営を見つめ直す事業計画として活用:木更津商工会議所(千葉県木更津市)
経営環境の変化が非常に激しい中「本質的な経営課題は何か?」を見極めて解決につなげる「課題設定型」の支援が注目されている。多くの中小・小規模事業者にとって最も身近な存在である商工会議所・商工会では、この課題設定型支援の取り組みが広がりつつある。経営支援の現場における新たな挑戦をレポートする。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)
2023年 2月 15日
事業計画書は、事業を成功に導くための大切な命綱だ。将来性の高い事業計画であれば、内外の信頼を勝ち取るとことができ、資金調達に大きな効果を発揮する。中小企業の支援機関も作成を働き掛けているが、実際に作成している中小企業・小規模事業者はほんの一握りに過ぎない。その中で、木更津商工会議所は「経営力向上計画」を伴走型支援に繋げるためのドアノックツールとして活用。わずか5年ほどの間に100社近い小規模事業者の計画作成に結びつけた。作成した計画をもとにスピーディーな経営支援を展開するなど大きな成果を上げている。
シンプルですっきり 作成の「最初の入口」に
「しっかりした事業計画を作成するのは、われわれにとっても経営者にとっても大変な作業。だが、『経営力向上計画』は内容がシンプルですっきりしている。事業計画を作成したことがない経営者の『最初の入り口』にぴったりだった」。こう語るのは、木更津商工会議所法定経営指導員の遠藤雅章係長だ。
「経営力向上計画」は2016年7月に施行された中小企業等経営強化法に基づいた制度で、計画が国の認定を受けると、一定の設備に係る法人税などの減税や融資・債務保証など金融支援の特例措置を受けることができる。木更津商工会議所では、制度の施行後まもなく「経営力向上計画」を活用し、会議所に相談に訪れた事業者に申請を提案。作成をサポートしながら事業計画をまとめ上げ、これまでに97件の認定にこぎつけている。経営力向上計画の全国の認可件数は約14万件にのぼるが、関東経済産業局が管轄する1都10県の支援機関や商工団体が手掛けた事例では、飛び抜けて多い件数となっている。
事業計画書はもともと定まったフォーマットはなく、売上増加や資金調達など目的に応じて記載する内容が変わってくる。事業計画の提出先によっては財務内容や販売計画など詳細な内容を求めてくるものもあり、作成のハードルが高くなる。一方で、「経営力向上計画」は、記載が求められる項目が「現状認識」「経営力向上の目標及び経営力向上による経営の向上の程度を示す指標」「経営力向上の内容」など大きく分けると8つの項目と比較的ボリュームが少ない。簡易的なフォーマットでありながら、本業をしっかり見直すことができ、課題、対策まで把握できるメリットがある。
自身の経営を見つめ直す大きなきっかけに
8つの項目の中で、特に木更津商工会議所が重視しているのは「現状認識」だという。
「現状認識」では、(1)自社の事業概要(2)市場の自社製品・サービスの顧客・市場などの動向(3)売上高や営業利益などの増加率、労働生産性など自社の経営・財務の状況を記入。さらに(1)~(3)を踏まえて整理した「経営課題」を記入するようになっている。
「会議所に相談に来られる中小企業の経営者や個人事業主の中には『会社をよくしたいのだが、何をしたらいいのか分からない』『お金がないので、補助金や融資を受けたい』という方が少なからずいる。何をしたいのか、なぜ資金がショートするのか、経営力向上計画を作成することで、自身の経営を見つめ直す大きなきっかけになる」と遠藤指導員は指摘する。
例えば、資金繰りに問題を抱える事業者の場合、労働生産性(※)が低いことが真の要因になっていることが多い。しかし、事業者自身が自社の労働生産性の低さに気づいていない。「労働生産性の把握にも、経営力向上計画の様式は、シンプルでわかりやすい。事業者に課題を気づかせるツールとして有効に働く」と遠藤指導員は説明してくれた。
≪※労働生産性 営業利益、人件費、減価償却費の合計を労働投入量(労働者数または労働者数×1人当たりの年間就業時間)で除したもの≫
「経営力向上計画」が使い勝手がいい理由はもう一つある。「事業分野別指針」が添えられている点だ。「事業分野別指針」は、農業などの一次産業から製造業、小売、卸売り、旅館、外食など26業種ごとに記入すべき指針を示している。申請書を作成する経営者は自身が経営する会社の事業分野にあてはめながら作成することができる。
遠藤指導員は「事業分野別指針には、『雇用について』『営業について』『設備投資について』など、記載しなければいけない項目が決まっているのだが、必須項目を記入していくと必然的に計画が埋まっていく。事業者が明確ではなくぼんやりとした悩みの場合、ゼロベースで始めるのは大変だが、指針に沿って計画を作ると入りやすい」と評価していた。
経営力向上計画の製造業の申請書記載例の一部。記載例は業種別に用意されている=中小企業庁ウェブサイト「経営力向上計画の申請について」(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/ninteisinsei.html)から
経験の浅い経営指導員のスキルアップにも一役
また、経営支援に当たる日々の指導員の活動にも効果的に作用している。
経営力向上計画の活用を始めた2016年当時、木更津商工会議所は大きな変革が起きていた時期だった。前任の所長が定年退職となり、現在の関本一成所長が就任。5人いる指導員のうち3人が交代することになった。その中で、小規模事業者の経営をさまざまな観点からサポートするための商工団体の事業計画である「経営発達支援計画」の認定を受け、計画に基づき支援を実施することにした。職員の交代で経験の浅い指導員が加わる中、急務となっていた支援体制の強化に取り組んだ。
自らも経営支援に当たる関本所長は、以前から中小・小規模事業者の無料相談所「千葉県よろず支援拠点」との関係が深かった。よろず支援拠点の連携会議に出席した際、関東経済産業局中小企業課の職員から経営力向上計画の策定や活用について説明を受けた。補助金のように枠がなく、申請をすれば認定されること、本業の生産性向上に着目することで「本業の稼ぐ力」を経営者に意識させることができることがポイントとなり、「まずはチャレンジしてみよう」と活用をスタートさせた。
導入の効果はてきめんだった。「内容がシンプルな経営力向上計画だったので、それほど苦労なく切り抜けられた」と石原敬司係長は当時を振り返る。申請の支援業務で行う省庁とのやり取りでは、担当者から受けた指摘が経営指導員のスキルアップにつながった。
大型台風が千葉県を直撃した2019年に配属された若手の島野淳史経営指導員は、復旧支援の補助金相談を受ける際、経営力向上計画の作成をセットで提案したという。「経営状況などをゼロベースからヒアリングするのは大変だが、同時に経営力向上計画を策定することで経営の現状を把握する助けになった」と話している。
「支援を1度で終わらせない」伴走支援の第一歩に
経営力向上計画の認定を受けた企業は、成長に向けた次のステップに向けた行動もとりやすくなる。認定を受けると、税制上の優遇措置などに加え、「小規模事業者持続化補助金」や「事業承継引継ぎ補助金」の加点ポイントになるメリットがある。経営力向上計画の加点を活用し、小規模持続化補助金を申請すると、木更津商工会議所では8割を超える採択率になっているという。
「認定を受けたすべてがそうだとは言いきれないが、認定を受けたことで経営に対する意識が変わった経営者も少なくない」と遠藤指導員。経営力向上計画の認定をきっかけに経営課題の解決に取り組み、自分の力で補助金を獲得し、新たな事業展開につなげていった経営者も現れている。
遠藤指導員は「当所の経営支援の大きなテーマは経営支援を1回で終わらせないこと。経営力向上計画を小規模持続化補助金の申請など次の支援につなげ、伴走型支援に移行する。3~5年は支援を継続していきたい」と伴走型の経営支援に積極的に取り組む姿勢をみせていた。
支援企業を訪問
業界の大変革に立ち向かう:伊藤自動車工業有限会社(千葉県木更津市、渡辺由美子取締役)
伊藤自動車工業は、千葉県木更津市で50年以上にわたって自動車整備事業を営んでいる。東京で修業を積んだ代表取締役の伊藤忠孝氏が地元に戻って開業した。自動車の板金や塗装修理、車検などメンテナンスに加え、総合保険代行業も展開し、自動車保険の加入や事故による保険請求などきめ細かなサービスを提供している。
取締役の渡辺由美子氏が父に請われ、伊藤自動車工業の経営のサポートに入ったのは2016年のことだ。結婚して一度離れた実家だったが、すでに父は70代後半。将来の事業承継を覚悟してのことだった。経営のサポートに入ると、さまざまな課題が浮き彫りになった。「設備は老朽化し、更新の必要があったが、黒字がやっとの経営状況。会社をどうやったら、よくできるのか」と思い悩んでいたという。
そんな中、2019年9月に房総半島を大型の台風15号が直撃。修理工場の屋根や外壁が壊れ、電気系統が故障。一時的に仕事ができない状況に陥った。すがる思いで木更津商工会議所に相談の電話を入れたことが経営改善の大きな一歩となった。
電話の応対に出たのは、鈴木琢也経営指導員。「フラットな目線で事業や社内全体をみており、会社を変えたいという意思を強く感じた」と語る。そこから渡辺取締役との二人三脚の伴走支援がスタートした。当時はまだ役員の肩書はなかった渡辺取締役。「すべてが『?』の状態だったが、いろいろなアイデアを出してくれて、親身に対応をしてくれた」。台風復旧に向けた支援手続きと併せて「経営力向上計画」の作成の提案を受けた。
作成段階で自社の経営の中身を知り、(1)設備投資による業務効率化(2)社員教育(3)新規顧客開拓—という課題を抽出すると、渡辺取締役は「これは絶対にやり遂げないといけない」という強い思いになったという。鈴木指導員のサポートを受けながら、業務の効率化に役立つスポット溶接機を導入するための補助金獲得につなげた。現在はさまざまな補助金を積極的に活用し、業務改善を進めている。「まず何から手をつけたらいいのか、経営にも優先順位をつけられるようになった」と渡辺取締役は経営力向上計画を作成したメリットを指摘していた。
伴走型支援を受けたことで経営の対応力がついた伊藤自動車工業は、自動車業界が直面する新たな制度の見直しにも果敢にチャレンジしている。
自動ブレーキや自動運転など自動車のハイテク化に伴い、先端機器を搭載した自動車を整備するには「自動車特定整備」の認証が必要となった。今後、自動車のハイテク化がさらに進むことは必至で、この認証を持たない自動車整備会社は淘汰されかねない大きな制度の見直しだ。この制度は2024年にスタートする。
認証を受けるため、渡辺取締役自身も整備士の資格を取得。「スキャンツール」と呼ばれる機器も導入し、体制を整えた。スキャンツール導入のための補助金の申請や認証に向けた手続きは自社でできるまで独り立ちできるようになった。
「木更津商工会議所の鈴木さんと一緒に経営力向上計画の策定経験があったから、自分の力で補助金も申請することができるようになった。おそらく一人で考えていたら、今も何も実現できなかったかもしれない。鈴木さんの支援を受けたことで、頭の中が整理でき、会社として取り組まなければいけないことの優先順位がつけられ、背中も後押ししてもらった。あの時、勇気を出して商工会議所に電話して本当に良かった」と渡辺取締役は話している。