中小企業とDX

社員参加型で変革を実行 生産性と顧客満足度を向上【浜松倉庫株式会社(静岡県浜松市)】

2024年 9月 24日

中山彰人社長
中山彰人社長
DXセレクション2024 ロゴ

中小企業でDXが進まない理由の筆頭に挙げられるのが「推進できる人材がいない」というものだ。浜松倉庫株式会社も社内にDX人材は1人もいなかった。しかし中山彰人社長の「会社を変革させたい」という強い思いに社員が応え、10年先のありたい姿を描き、その実現のためにデジタルを導入し、生産性を向上させ、従業員の賃金を引き上げる成果を見出した。一連の取り組みが評価され、経済産業省の中堅・中小企業のDX優良事例を集めた「DXセレクション2024」において、最上位のグランプリに輝いた。

浜松の老舗企業 戦争で全倉庫を消失する危機も

本社はJR浜松駅に隣接している
本社はJR浜松駅に隣接している

同社は1907年創業の老舗倉庫会社。浜松に産業が興隆する中で、民間企業のための倉庫を作ることを目指し、日本楽器製造株式会社(現ヤマハ)や浜松銀行(現静岡銀行)など、浜松の財界人が発起人となり創設した。第二次世界大戦の空襲ですべての倉庫が損壊するという未曽有の危機に直面したこともあった。それでも事業を継続してこられたのは、ものづくりの産業集積が厚い浜松の地の利と、時代の変化を先読みして動く経営に徹してきたからだ。中山社長は「倉庫業は経済の動きに敏感。モノの動きの先を見ることができる」と言う。

安定も将来に危機感 若手社員にあるべき姿づくりを託す

DXのロードマップ
DXのロードマップ

DXにおいても、変化を先読みする経営が反映された。2010年代になり、倉庫業を含む物流業界は大きな変化に直面していた。大手物流事業者がサードパーティー・ロジスティクス(3PL)という顧客の物流業務を包括的に受託する事業へと規模を拡大させる一方、付加価値を提供できない中小の倉庫業は保管料の価格競争に巻き込まれるという二極化が進んでいた。同社は老舗企業であり、地域に根差した事業は安定していたが、それだけに従業員の行動はどうしても受け身になりがち。上からの指示に従っていればそれで良いという雰囲気が覆っていた。中山社長は「今は経営が安定していても、このままでは当社の先行きも危うい」と危機感を抱いていた。そして、従業員を巻き込んだ変革に取り組むべき時だと決意した。まだ、DXという言葉が世の中で言われることはなかった時だ。

まず始めたのが、社内の若手を集めたプロジェクトチーム(PT)による方向性の検討作業だった。2015年に最初のメンバーとして若手管理職3人を集め「10年、20年先を見据えて何をすべきかを考えてほしい」と指示を出した。中山社長は「10年後も会社で働いている若手に考えてもらうことで、『自分ごと』として取り組んでくれることに期待した」と言う。3人からスタートし、順次メンバーを増やしていった。PTは業務スリム化(事務所)、営業力強化(営業)、品質向上(現場)の3つの視点で課題を設定し「自分たちで一から考える」「お客様(荷主)を巻き込む」「従業員のマインドチェンジ」を意識して、業務の徹底的な見直しや会社の将来にとって必要な改革について話し合った。全顧客に対してアンケートを実施したり、他社の拠点を見学したりすることで、方向性を固めていった。そして約1年後に取り組むべき中身をまとめ上げた。

3年半の時間をかけ計画を実行

ハンディターミナルで荷物の情報を読み取る
ハンディターミナルで荷物の情報を読み取る

PTが導き出した同社のあるべき姿を「お客様に対して持続可能で豊かな社会を実現させる物流サービスの提供」とし、その実現のために「収益力の強化」「高付加価値サービスの提供」「経営基盤の強化」を進めることを掲げた。そして推進のための戦略として基幹システムの刷新や新倉庫の建設、ペーパーレス化などの具体策を提示した。ここで初めてデジタルの導入の必要性を指摘した。変革を実現させるためのツールとしてデジタルを採用するという考え方だ。この段階のみITに強いコンサルタントを入れ、新システム構築のRFP(提案依頼書)作成や検討やITベンダーの選定作業に取り組んだ。複数の事業者から提案を受け、発注先を決め、新システムの開発・導入を実現させた。社長がPTに最初の指示を出してから、実に3年半の年月がかかった。PTの中核メンバーだった伊藤浩嗣取締役営業デジタル推進本部長は「会社もよく辛抱して待ってくれたと思う。おかげで自分たちで1から考えて作り上げることができた。もし1年でやれと言われたら失敗していたでしょう」と振り返る。

新システムの稼働により、顧客とのやりとりはFAXからWEB-EDI(電子データ交換)や電子メールによる受注へと移行した。それまでFAXで届いた出荷指示書を入力する作業に人手をかけていたが、その人員が不要になった。また、保管する荷物はバーコードで管理し、倉庫内の無線LANを介して、管理状況をリアルタイムで把握できるようにした。顧客は同社に電話で自社の荷物の状況を問い合わせていたが、新システムへの移行後は顧客のパソコンから自分の荷物がどこにあり、いつ出荷されたのかを確認できるようになった。顧客の満足度が上がり、同社の生産性も大幅に改善した。さらに集められたデータをBI(データ分析)ツールで解析することで、顧客に新たな提案をすることも可能になり、売り上げ向上に貢献するようになった。事務業務にはRPA(定型作業の自動化)を導入し、効率化をさらに進めた。

生産性30%向上、10人分の人員を生み出す

倉庫の稼働状況をモニターに表示
倉庫の稼働状況をモニターに表示

もちろんすんなりと新システムに移行できたわけではない。同社はすべての取引先を訪問して、新システム導入を説明し、同社の社員が顧客のパソコンにシステムをインストールしたり、メールでのデータ送信をお願いしたりするなど、きめ細かい対応に力を注いだ。結果として「顧客との情報共有で100%のペーパーレス化を実現できた」(伊藤取締役)。
また、社内においても、中山社長が就業時間中にPT会議のために業務から離れる若手社員の上司にPTの意義を説明し、理解を得ることで、若手社員がPTに安心して参加できる環境を作っていった。新システムの導入においても、まず若手が新システムを使い、それを中高年層の社員に伝えることで全体の習熟度を高めていくなどの工夫を凝らした。新システムの稼働で生産性は30%向上し、営業利益率4.5%向上を達成した。従業員の改善力も大幅に向上した。効率化で10人の人員を捻出できたことで、新設の倉庫に必要な人員を確保することができた。

中山社長は「当社が行っている取り組みの一つひとつは決して目新しいものではないが、実効性を上げる工夫がさまざまなところに詰まっている」と言う。例えばDX推進の担当者が定期的に倉庫や営業所などの拠点を訪問し、困っていることを聞き出す常駐相談会を実施している。担当者をあえて若手にすることで、言いやすい雰囲気にしているという。集められた情報から次の改革の芽を探ろうとしている。これまでに固定電話の廃止やかご台車の有効活用でトラックドライバーの荷積み作業を軽減させるなど、着実に成果を生み出している。「一つひとつの変革を積み重ねて大きな変革にしていく」ことを目指している。

医療機器物流に参入し新たな成長段階へ

フォークリフト操作の半分は女性が担っている
フォークリフト操作の半分は女性が担っている

同社の変革への取り組みはこれからも続く。2025年に変革の集大成として都田流通センター(浜松市浜名区)に新倉庫を建設し、医療機器物流に参入する。すでに医薬品や医療機器の保管に必要な認証は取得済み。新倉庫は自動倉庫や自動搬送システムなどのロボットを採用し、生産性の大幅向上を狙う。さらに建物はZEB(エネルギー消費を実質ゼロとする建物)を実現させた「GX(グリーン・トランスフォーメーション)倉庫」とすることを構想している。都田流通センターは内陸部の高台にあり、万一南海トラフ地震が発生し、本社に被害が生じた際のバックアップ拠点という役割も担っている。

DX推進の目的の一つである従業員のマインドチェンジも着実に進んでいる。受け身の姿勢から、従業員一人ひとりが考えて行動するものへと意識改革はできつつある。従業員の発案でシステム連携が実現するなど、成果が生まれている。同社にとっても人材確保は重要な課題の一つ。早い段階から女性の活用を進め、倉庫内の作業に不可欠なフォークリフト操作に女性を積極的に投入してきた。女性従業員の声を反映して、作業環境を改善するなど、働きやすい職場環境の整備も進めている。2023年には人事評価制度を見直し、従業員のモチベーションを高めるものへと改めた。DXで得られた成果で生み出した利益は賃上げとして還元し「給与水準を浜松地域の製造業の平均を上回るようにしたい」と考えている。

搬出入口はSDGsを意識したカラーリングを採用
搬出入口はSDGsを意識したカラーリングを採用

DXセレクションの受賞で中山社長には、全国から話を聞きたいという要望が寄せられているという。中山社長は対外的にDXを表現する時に「DX」と表記する。デジタルが小さく、トランスフォーメーション(変革)のXを大きくしている。やるべきはXであり、Dはそのための手段であるという考えを体現したものだ。DX人材がいない会社であっても、トップが強い意志を持ち、従業員がそれに応えて取り組めば、多くの成果を生み出すことを同社は証明している。

企業データ

企業名
浜松倉庫株式会社
Webサイト
設立
1907年(明治40年)2月
資本金
5,445万円
従業員数
116人
代表者
中山彰人 氏
所在地
静岡県浜松市中央区中央三丁目8番35号
Tel
053-453-0151
事業内容
倉庫業、通運業、一般区域貨物自動車運送業、不動産賃貸業、レストラン事業