起業のススメ
「株式会社テクナビ」3周遅れの起業、苦労した分顧客に寄り添える
「娘に『やりたいことをやりなさい』と言いたい」との思いから2014年の5月に三度目の起業を果たしたのは、テクナビの山口義昭社長だ。同社は、YouTube(ユーチューブ)の動画広告や検索連動型広告(リスティング広告)などインターネット広告の出稿・運用・管理事業が主力。動画広告は視聴率向上や視聴者情報に基づいた効果的な配信の提案がクライントの信頼を得ている。
ネット広告を出すことは個人でも可能だ。だが、山口は「効果的にやるには、それなりの技術が必要。同じ費用をかけても、効果は違ってくる」と言う。広告配信後の閲覧状況をモニタリングしており、結果が思わしくない場合は、配信先の変更といったフォローも欠かさない。動画広告の契約先は現在までに約100社。広告代理店や同じ会社からのリピート案件が増えてきた。
起業するも父が倒れ実家は廃業
山口が起業を本格的に意識したのは2006年、東京工科大学3年生の時だ。小学校の卒業アルバムに将来の夢を父と同じ「社長」と書いたことを思い出し、同大の大学院アントレプレナー専攻に進学した。
座学で起業の知識を学ぶかたわら、個人事業主としてホームページの製作や買い物の代行業で起業した。起業家のビジネスコンテストにも参加し、ECサイトや口コミサイトなどの売買仲介業務というアイデアで、数々の賞を受賞する。ウェブサイトをいち早く投資資産と見るもので、これは現在も実施している業務の1つだ。
しかし、在学中に父親が脳梗塞で倒れ、環境は一変した。父親は一命を取り留めたものの半身不随となり、経営していた自動車整備工場は廃業を余儀なくされた。当時、就職は考えていなかったが、まだ事業は軌道に載っていない。急きょ自分の力が活かせるウェブの製作・コンサルティング会社に入社した。
営業マンに代って電話でのアポイント取りやシステム開発に携わる。だが、「営業マンが、できないこともできると言ってしまう会社で、裁判所から訴状が毎日のように来ていた」という。いわゆるブラック企業だった。そんな会社だったが、社員の中には「能力が高く、尊敬できる人たち」もおり、同僚2人を誘って2010年にホームページ製作会社を立ち上げ、社長に就任した。
だが、現実は甘くなかった。すぐに空中分解してしまった。事業計画を深く考えず、会社の強みも把握していなかったためだ。3人の意志統一も図れていなかった。
社会経験と後輩の刺激
山口はここで一度、経営者の道を諦め、病院や介護施設を経営する医療法人に再就職する。グループ全体のウェブサイト管理などを担当する総務部に配属された。社内では予算や実行計画がない状態から、「社史を作って」「チラシを作って」など漠然とした依頼が次々と舞い込み、工夫して処理していった。「よくわからない話を形にする力が養えました」と話す。補助金の申請などの事務処理や1億円規模の新規事業計画も担当し、総務の枠にとらわれずに働いた。
しばらくして、母校の大学から「ビジネスプラン構築実習」の講師の誘いがきた。勤務の合間に教壇に立つ。学生向けに事業の収支計画やアイデアの出し方、取引先との会話力などを教える内容で、再び「起業」との関わりがでてきた。大学では「人前で話すのは苦手でしたが、話す力はここで鍛えられた」という。
そんなある日、娘の寝姿を見ていると、「この子には『やりたいことをやりなさい』と言えるのだろうか。自分は正直に生きているのだろうか」との思いが湧いてきた。学生起業家を目指したころの思い、やむを得ず就職し再び独立して失敗したこと、母校の後輩に起業を教えている今の自分...いろいろな思いが交錯した。自問自答を繰り返し、「会社を退職してもう一度起業しよう」と決心を固めた。そして立ち上げたのが現在の会社、テクナビだ。「ネット対応が必要というのは分かっていても、やり方が分からない人は多い。自分の父親もそうだった。そういう人たちの手伝いをしたい」という思いもあった。
顧客に寄り添う
もう同じ失敗は許されない。山口は起業に当たって自社の強みを具体的に書き出した。これまでの経験から、効果的なリスティングや動画の視聴率の向上には自信を持っていた。同時に起業の厳しさも覚悟していた。設立半年間は鳴かず飛ばず。だが、同年末に依頼を受けた大手動画制作会社からの一言で、自社の強みを発見する。それは「料金体系がわかりやすい」ことだった。これを営業面の強みとして全面に押し出した。広告代理店や動画製作会社に自社のサービスを案内してもらうことで、徐々に取引先が拡大する。地方のテレビ局からもテレビCMと連動した動画広告の、視聴率アップの依頼が来るようになった。今、山口は一段一段、確実にステップを上っている。
ところで、ウェブ上で最も一般的なユーチューブ動画を展開するgoogle(グーグル)は、しばしば広告の表示やカウントの仕様を予告なしに突然、変える。グーグル日本法人の担当者も含め、誰もがグーグル米国本社に振り回されており、動画広告に携わる人は皆苦労している。顧客は不安でいっぱいだ。そんな時こそ「グーグルパートナーの自覚と責任を持って、お客様目線で可能な限り迅速に対応していく」と、仕様変更などに臨機応変に対応し信頼を深めている。
父親の病気により一度はあきらめた起業の夢、ブラック企業を経て2度目の起業での失敗、人より多くの経験をした三度目の起業だけに、クライアントの気持ちに寄り添うことができる。3周遅れの起業だったが、それが糧となっている。
(敬称略)
今までのすべての経験が資産になっている。ブラック企業に入社し、無駄な時間を過ごしていると思っていたが、振り返ると当時の経験がフルに活きている。この会社では、最初から怒って電話してくる人に対応力が鍛えられた。仲間との会社設立と空中分解、再就職、ここでも多くを学んだ。最初からうまくいくことのほうが少ない。どんな失敗も経験も次に活かすことができる。必要なのは踏み出す勇気だ。
掲載日:2016年3月7日
企業データ
- 企業名
- 株式会社テクナビ
- Webサイト
- 設立
- 2014年5月
- 法人番号
- 5010101011312
- 代表者
- 山口義昭
- 所在地
- 東京都八王子市片倉町1345-7
- 事業内容
- インターネット広告