Be a Great Small
街の洋菓子店から洋菓子メーカーへ成長中「エコール・クリオロ株式会社」
2021年11月15日
地下鉄有楽町線と副都心線の小竹向原駅から徒歩3分。東京都板橋区の閑静な住宅街の中に、行列のできる洋菓子店「クリオロ」がある。ショーケースにはケーキに焼き菓子、チョコレートなどがずらり。パンにワイン、オリーブオイルやレトルトカレーなどの食材も揃っている。
経営はエコール・クリオロ株式会社。小竹向原の本店のほか、東京・中目黒に支店があり、ネット販売もしている。創業者はシェフを務めるフランス出身のサントス・アントワーヌ・フィリップさん(52)と、一つ年下の妻、岡田愛専務取締役だ。
せっかく日本語ができるのに
チョコレート菓子を創るショコラティエのサントスさんは来日後に勤めていたチョコの輸入会社の会合でワインソムリエの愛さんとめぐり会った。やがて結婚を決めた二人は、世界一周旅行券を買って各国を見る旅に出るつもりだった。だが、そのチケットを買いに行く途中でサントスさんがバイク事故に遭ってしまう。東京で入院1カ月半、その後も神戸の愛さんの実家で1カ月の療養を余儀なくされたサントスさんの背中を押したのは、見舞客の「せっかく日本語ができるのに日本を離れるのはもったいない」という言葉だった。
2000年4月、ふたりは板橋区内にプロやアマチュアに洋菓子の作り方を教える製菓学校「エコール・クリオロ」を開校した。エコールとはフランス語で「学校」の意味である。2001年9月に会社を設立、本社が手狭になり、2003年4月に別の場所に引っ越す際、どうせなら店舗も作ろうということになった。
夫婦補完で新レシピ
南仏プロバンス出身のサントスさんは16歳でフランスの製菓学校へ入学。18歳から親元を離れ、スイスや英国など欧州の洋菓子店で修行し、ショコラティエとして研鑽を積み、「世界パティスリー2009」最優秀味覚賞など数々の賞を受賞してきた。
ところが、学校で教えるためにサントスさんが最初に試作した「レモンタルト」に愛さんは「日本人には酸っぱ過ぎる」ときっぱりダメ出しした。日本とフランスでは洋菓子の味の嗜好が全く異なっていたからだ。彼女に「あなたのお菓子はこれが駄目、あれが駄目」とはっきり言われたサントスさんは傷つきながらも、言われるままに作り直してみた。作り直したタルトと、前に作ったタルトとを味比べしてみたら「作り直した方がはるかに美味しい」と納得した。
「彼女の言うことは正しい」と確信したサントスさんは、それまでの修行で身に着けた500種類に及ぶ洋菓子レシピを全部捨てた。「そのままでは日本で使えない。日本で仕事をやりたいのなら日本人に合わせないと」と考え、レシピをすべてゼロから作り直すことにしたのだ。
「今まで習ってきた味をもう一度やり直すのはとても大変だったが努力した」とサントスさん。「誰にでもできるわけじゃない。16歳から培ってきた技術があるから私が言ったことを再現できた」と愛さん。妻が伝えてくれることに夫が感じることを合わせ、新しいレシピが続々と生まれた。少しずつお互いが思い描く理想の味に近づき、今では美味しいと思う味がふたりとも同じになったという。
「彼女はいつも前向きでポジティブ」とサントスさんが言えば、「彼は慎重派。走りすぎる私を、ちょっと待てとブレーキをかけてくれる」と愛さん。従業員を7人雇って店を始めるときも「給料を払えるだろうか」と心配するサントスさんに、愛さんは「大丈夫でしょ」とあっけらかんとしていた。サントスさんは「一般的にフランス人は自己主張が強いし、日本人は自分の考えをあいまいにする。だけどはっきりモノを言う彼女はどちらかというとフランス人っぽくて、私は日本人っぽい。それぞれで補い合っているのでは」と笑う。
専門家から経営を学ぶ
ふたりで生み出した洋菓子の味は「美味しい」と評判を呼んだ。ほどなく学校をたたみ、店舗経営にシフトした。オンラインサイトを含め年10万本売れるチーズケーキをはじめ、売り上げは順調に伸び、30代半ばの女性を中心に固定客が付き、少しずつ男性客も増えてきた。
3年ほど前、取引のある地元金融機関の担当者が「経営が勉強できる講座がある」と教えてくれた。東京都中小企業振興公社の「商人大学校」で、小売店や飲食店を対象に店舗設営や運営ノウハウを学ぶ全10回ほどの講座だった。同講座で知り合った講師に「うちは生産管理部門が弱い。どうしたらいいか」と相談したら「中小機構の専門家を紹介しましょう」と言われ、以来、中小機構の専門家に見てもらっている。顧客管理から人事や会計までを対象にした「IT経営簡易診断」も利用している。
次の目標は会社の質向上
専門家に経営の助言をもらっていたのは「もっといい会社をつくりたい」という思いがあるからだ。サントスさんは「これからは店舗を増やさず、洋菓子店というより洋菓子メーカーとして会社のクオリティを上げ、従業員が長く安心して勤められるようにしたい」と考えている。21年8月末、地域の評判の高い菓子店が参加する「日本銘菓総本舗」グループの一員となり、社長を冨田智夫氏に譲ったのも、経営をプロに任せてシェフの仕事に専念するためだ。
アルバイトも含めた同社の従業員は約100人。菓子製造、パッケージデザイナー、販売員と職種は異なるが約7割が女性だ。平均年齢は25~6歳で、50代の夫妻と従業員とのジェネレーションギャップもある。「かつては洗い物をしながら先輩の手元を見て技術を盗んだものだが、今は全くない。昔は残業もあたりまえだったけど、定時に仕事を切り上げないといけない。今の若い人は仕事に対する熱量が低いのかもしれない」とサントスさんはみている。
従業員の定着率は高くはない。誰かが辞めて新人が入ってくると、その度に仕事を一から教えなくてはならない。「新しく入った人が製造でも販売でも即戦力になれるように業務のマニュアルづくりに力を入れなければ」と愛さんは話す。
夫妻に子供はいない。「会社は私たち1代限りで終わってもいい。有名画家が自分の子供に絵の描き方を教えてもその子に同じ画が描けるわけではない。たとえ子供がいてもそれぞれに人生があり、やりたいことが違うはず」と達観している。ふたりが一番うれしいのは「自分たちの店の前にお客さんが並んでいるのを見るとき」という。
企業データ
- 企業名
- エコール・クリオロ株式会社
- Webサイト
- 設立
- 2001年9月
- 資本金
- 1000万円
- 従業員数
- 108人(2021年10月28日現在)
- 代表者
- 冨田智夫氏
- 所在地
- 東京都板橋区向原3-9-2サントスビル
- Tel
- 03-5917-5037
- 事業内容
- 菓子製造・販売、酒類販売、喫茶業、通信販売