SDGs達成に向けて

“環境のマルワ”で印刷業から情報産業に飛躍【株式会社マルワ(愛知県名古屋市)】

2024年 8月 19日

鳥原久資社長
鳥原久資社長

印刷業は紙離れが進む中で、構造的な課題を抱える。だからこそ、それぞれが自社の先行きを考え、新しい事業領域の開拓に取り組んでいる。株式会社マルワはその中でも早い段階から環境をキーワードに新分野に挑み、業界をリードする存在となっている。

教師から経営者に転身

鳥原久資社長は、父が興した印刷会社を継いだ2代目だ。最初から後継者だったわけではない。それどころか「会社は継ぎたくない」と思い、教員の道に進んだ。小・中学校で8年間教師の経験を積み、これからという時に父親が病に倒れた。結局31歳で印刷の世界に飛び込んだ。父の時代は1色文字刷りの活字印刷で、職人が鉛の活字をひろっていた。会報誌や地域新聞などさまざまな印刷を受注し夜中まで忙しく働く日々。鳥原社長は入社してすぐに「このままでは先細りは目に見えている」と痛感した。

まず手を付けたのが、デザインの内製化。新入社員を他社へ勉強に出し、デザイン力を磨いた。さらに新規の取引先獲得に自ら奔走した。若かったこともあり、父である社長や番頭を差し置いて、現場の責任者に直言して反感を買うこともあった。「当時17人いた社員が『あなたとは合わない』と言って13人が辞めていった。それでも社長は黙ってくれていた。自分自身もっと印刷のスキルを持ち、経営者としても力を付けないと人は付いてこない」との思いを強くしていった。経営者となるのを助けたのが、中小企業大学校瀬戸校だった。瀬戸校は鳥原社長が同社に入社したのと同じ平成元年に発足した。開校当初からトップマネジメントセミナーに参加して財務やマーケティングなど経営の基礎を学んだ。同時に新しい技術だったCADなど、さまざまな科目を受講するために数年間通い詰めた。鳥原社長は「大学校で経営者の先輩方にかわいがってもらったことが自分にとって大きな財産になっている」と言う。また、印刷技能の国家資格にも挑戦した。

愛知万博を機に環境問題に開眼

製造設備にもSDGsを表記
製造設備にもSDGsを表記

40歳で父から社長を引き継いだ。いよいよ事業のウイングを広げる時に出会ったのが、環境問題だった。当時名古屋は2005年日本国際博覧会「愛・地球博」の準備で活況を呈していた。鳥原社長は万博事務局で使う封筒などの事務用品を受注しようと営業活動に励んでいた。そんな時に万博のメーン会場候補地で「オオタカ」の営巣が見つかり、環境破壊につながると反対の声があがった。政府は会場を別の場所に移す決断をした。一連の事態に鳥原社長は「環境が国家プロジェクトの方向までをも動かすのか」と大きな衝撃を受けた。

当時は環境への配慮は「いいことをしてるね」と言われても、ビジネスの本流とは別のことと考えられていた。同社は2002年に環境マネジメントシステム「ISO14001」をいち早く取得、その後も2006年にGP(グリーンプリンティング)工場認定、2010年FSC(森林認証)を取得、2012年に地産地消のカーボンオフセットを実施と、中小企業はもちろん、大手でもここまで本格的な環境対応は珍しい時代だった。これらの活動から「環境ならマルワだ」というイメージが、地元自治体や経済団体からも認識されるようになった。ただ、この時点では環境関連の認証取得が、事業の成長に直接寄与するには至っていなかった。

環境配慮がビジネスの中核に

活動が評価され多数の表彰状が並ぶ
活動が評価され多数の表彰状が並ぶ

潮目が変わったのは、「3・11」と「SDGs」だった。福島での原子力発電所事故でふるさとを失う人たちの姿を見、国連の持続可能な開発目標が話題になる中で、世の中の環境に対する意識は急速に高まった。産業界も真剣に環境を経営の中に強く位置付けるようになっていった。日本政府が2050年に温室効果ガスの排出量実質ゼロを掲げたことも、それに拍車をかけた。同社は2023年に中小企業版SBT(温室効果ガスの排出削減目標)認証を取得するなど、さらに先を行く活動を続けている。大企業は今後、自社だけでなく取引先を含めた温室効果ガスの排出削減を進めなければならない。同社の認証に裏付けられた事業は、大企業が取引先を選択する際に大きな優位点になる。地道に突き進んできた環境配慮経営が、事業においてもようやく花開こうとしている。

ユニバーサルデザインの普及に尽力

社員が手書きで書いたメッセージ
社員が手書きで書いたメッセージ

同社は印刷物の文字や色などに配慮や工夫を加えることで、一般の人はもちろん高齢者、障がい者、色覚障がい者など、誰もが使いやすく、見やすいメディア(メディア・ユニバーサル・デザイン(MUD)の普及にも力を入れている。文字を大きくしたり、ひと目で意味が分かるイラストで表示したりするなどだ。介護や福祉関連機器の取り扱い説明書や公共施設の案内板などへの採用を働きかけている。こうした取り組みが評価され、同社は愛知県の委託を受け、視覚情報を正しく伝えるための指針「視覚情報のユニバーサルデザインガイドブック」を作成するなど、MUDの分野におけるパイオニアとみられるようになっている。また、鳥原社長はNPO法人メディア・ユニバーサル・デザイン協会の理事を務め、MUDの全国規模での普及活動にも尽力している。また、長年にわたり全社員で近くの公園や近隣の商店街の清掃活動を行ったり、中学生から大学生の職場体験やインターンシップを受け入れるなど、地域に貢献する活動にも力を入れている。会社の1階に設置した黒板には、社員が手書きで日々気づいたことを掲示してあり、地域住民にとっても心温まるものとなっている。

YouTubeで動画配信

同社が配信する動画で環境王として活躍する土屋さん
同社が配信する動画で環境王として活躍する土屋さん

同社がユニークなのは、これらの活動を動画や印刷物で積極的に世の中に発信していることだ。YouTubeには122本の動画があり、社員が登場して毎回テーマに沿った事業を紹介している。普段は印刷工場で勤務する土屋さんは、YouTubeで配信する動画の中では自ら「環境王」と称して、同社のさまざまな活動を紹介している。また、3か月ごとに発行するマガジン「Printalk」は、印刷業のノウハウを詰め込みわかりやすいと評判だ。これらは社員参加型の委員会で企画され実行されている。同社の活動を対外的に公表するものとして、早い時期から「CSRレポート」を作成していたが、現在はこれを「サステナビリティレポート」として、具体的な数値も示して活動を公表している。徹底的に開示することで「ここまでやっている会社があるのか」と再評価されるだけでなく、後に続く多くの中小企業に一歩を踏み出す気づきを与えている。

情報産業へ転身

2025年には長男の鳥原裕史専務(左)に経営をバトンタッチする
2025年には長男の鳥原裕史専務(左)に経営をバトンタッチする

鳥原社長は同社の将来像を「情報産業になる」と社員に言っている。情報を伝える手段は、かつては紙が主体だったが、現在はネット配信が大きな比率を占めるようになっている。同社の社屋にはネット配信に必要な設備もそろえられている。例えばあるイベント開催の仕事があれば、それまでならチラシやポスターの受注にとどまっていたものが、今ではイベントそのものの受注ができるだけの体制を整えている。2025年には、息子で専務取締役の鳥原裕史氏への事業承継も控えている。裕史専務は、大学卒業後スタートアップ企業で経営を学んだ後に同社に入社した。中小企業大学校の経営後継者研修を受講し、経営者としての素養も着実に身に付けている。海外ビジネスを一から立ち上げるなど、現社長とは違う分野で頭角を現しつつある。鳥原社長は「新体制でどんな会社になっていくのかは新社長しだい。しかし、経営理念に掲げる『人が自然に集まる会社づくり』だけは変えないでもらいたい」と願っている。

企業データ

企業名
株式会社マルワ
Webサイト
設立
(創業)1958年6月
資本金
1200万円
代表者
鳥原久資 氏
所在地
名古屋市天白区平針四丁目211番地
Tel
052-8021-4141
事業内容
総合印刷関連やマルチメディア事業