中小企業NEWS特集記事
「八正精工(川崎市)」助言受け売り方に気づく
この記事の内容
- 脳卒中を患う友人のため刺しやすいゴルフティーを製造するが売れない
- サイト開設とティーを贈答用にするアドバイス受けPRも行い在庫は完売
- プレゼント用の開発趣旨とは違う商品価値を見いだす
「町工場として成形部品をできるだけ安く提供することで発注先の要望に長年応えてきたが、よろず支援拠点の助言で、商品によっては消費者が価値を認めるのにふさわしい適正価格があることに初めて気付かされた」
よろず支援拠点による助言の成果をこう振り返るのは、プラスチック成形部品製造の南舘正士・八正精工代表取締役社長。宮城県蔵王町から中卒で上京し、都内の町工場で腕を磨いて独立、今年で創業47年目を迎える同社を牽引してきた〝たたき上げ〟の職人だ。
よろず支援拠点に相談したきっかけは、趣味のゴルフを楽しむ同年代の仲間の1人が脳卒中を患ったこと。友人は回復したが、後遺症で手が震えるようになり、ティーをうまく刺せなくなった。コースで後続組を気にしながらのプレーを苦に、ゴルフを諦めると言い出した。
南舘氏は友人にゴルフを続けてほしいとの思いから、震える手でもボールをセットしやすいゴルフティーをつくった。「ティーは、少し重くてボールを乗せる面も広い方が安定するから、高齢者には刺しやすいはず。強化プラスチック製だから壊れにくい。高さを調節できる構造で特許も出願した」。
高齢者に絶好のティーを開発し、廉価で売り出した—つもりだった。
ところが、ティーはまったく売れなかった。プロゴルフツアーの公式使用許可を取ってゴルフ用品店に掛け合ったが、「壊れなければ、新しいティーが売れない」と一蹴された。
打開策に困り、地元・川崎市の「ものづくり中小企業販路開拓支援事業」を介して知った神奈川県よろず支援拠点を2014年7月に訪ね、販路開拓案を求めた。
アドバイスは、自社サイト開設とティーに贈答価値を付加すること。加えて同業他社が倒産の憂き目に遭っている中で、八正精工だけが生き残っていることをPRするマーケティングだった。
外部に積極的にアピールするという発想は、「来た仕事を黙って受けるのが当たり前」の部品職人にはなかったが、コーディネーターの説得に応じて、地元紙の取材を受けた。
「高齢者向けゴルフティーを開発した町工場の社長」の記事が掲載されたのは、14年11月下旬のこと。合わせて価格も贈答用に〝値上げ〟した。1000本あった在庫は、この後の1カ月半で売り切れた。
「丈夫で安いゴルフティーは、特許さえ取れば売れると思っていた。助言を受け、子や孫からのプレゼント用という開発趣旨とは違う商品価値を見いだすことができた」。価格見直し案に当初、「バチが当たる」と難色を示した昔気質の職人が、〝モノの売り方〟に気付いた瞬間だった。
南舘氏は、NASA(米航空宇宙局)などが開発した耐熱効果に優れた特殊プラスチックの成形技術を持つ日本で数少ない人材の1人だ。材料には、通常より高温でないと成形できない樹脂を用いる。高価だから成形に失敗すると損失が大きい。成形用の専用機も市販のままでは使えないため、発注部品の性能に合わせて自ら改造し、繊細な手作業と判断力で操作している。作業が機械化される前から経験を積んできた南舘氏でなければ手に負えない仕事だ。
成形部品は「宇宙開発に関係のある半導体に使われること以外、知らされていない」が、本業は、この社外秘技術で順調だ。会社を継ぐのは次男。作業手順と改造仕様は詳しくマニュアル化してある。
地元紙に紹介されて以来、メディアの取材が相次ぐ南舘氏には、ものづくり職人と町工場に勇気を与える存在になることが期待される。1940年生まれの75歳。次男に代を譲るのは、まだ先のようだ。
浦川拓也・神奈川県よろず支援拠点コーディネーターの話
南舘社長が販路開拓で相談に来た時は、ゴルフティーを製造した後でした。話を聞くうちに、八正精工が地域で唯一操業を続けている町工場であることから、南舘社長自身を有名にする必要があると考えました。
実現策として地元へのパブリシティーを提案しました。ティーのターゲットを高齢者に絞り、具体的な利用シーンを明確化して発信したところ、在庫完売という好結果が出たことで、自己宣伝を好感しない南舘社長に周知活動の必要性を理解してもらえたのは大きな収穫でした。以来、地元メディアへの露出が続き、南舘社長の県内知名度は上がりました。自社サイト開設に、IT(情報技術)に明るいお孫さんの協力が得られたことも幸いでした。
これからは、コンテンツを増強しながら小さな町工場が宇宙開発に貢献していることを効果的に発信して、南舘社長をものづくり職人に希望を与える全国的なスターにしていこうと考えています。
企業データ
- 企業名
- (有)八正(はちまさ)精工
- Webサイト
- 資本金
- 600万円
- 代表者
- 南舘正士氏
- 所在地
- 川崎市宮前区有馬2丁目9番9号
- Tel
- 044-855-3343
- 事業内容
- プラスチック製品製造販売、プラスチック金型・製造販売など