経営支援の現場から
広域指導員をフル活用し、若手を育成:川越商工会議所(埼玉県川越市)
経営環境の変化が非常に激しい中「本質的な経営課題は何か?」を見極めて解決につなげる「課題設定型」の支援が注目されている。多くの中小・小規模事業者にとって最も身近な存在である商工会議所・商工会では、この課題設定型支援の取り組みが広がりつつある。経営支援の現場における新たな挑戦をレポートする。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)
2023年 3月 8日
経営指導員の育成について課題を抱える商工会議所を支援するため、埼玉県商工会議所連合会は2021年、「広域指導員制度」を創設。これを受け、県西部の川越商工会議所が真っ先に手を挙げた。川越商工会議所はこのほか、人事制度の改革、業務の外部委託、所内のIT化に加え、「マインドマップ」を活用したヒアリングを通じて「事業者の本音」を引き出す工夫を進めている。
OJT形式で支援手法を学ぶ
江戸時代に川越藩の城下町として栄えた埼玉県川越市—。蔵造りの町並みや「時の鐘」をはじめとした歴史的な建造物が立ち並び、平日でも観光客で賑わう。パルテノン神殿を思わせる川越商工会議所の建屋も1927年(昭和2年)に武州銀行川越支店として建造され、国の有形文化財に指定されている。
川越商工会議所は1900年(明治33年)に埼玉県内で最初に設立された商工会議所で、120年以上の歴史を持つ。商工会議所が音頭をとって始まった地域イベントも数多いため、「夏まつりや正月のだるま市といった地域振興業務の比重が高く、逆に個社の経営支援業務は遅れをとっていた」と栗原良則事務局次長兼経営支援部長は振り返る。
現在の会員数は4190社(2月17日時点)。これに対し正規職員は20人で、このうち個社支援を担う経営指導員は9人、経営支援員3人の計12人。ただ、ここ5年間でベテラン指導員が断続的に定年退職し、若手指導員の経験不足による「おっかなびっくり」の姿勢が目立っていた。このため県連合会が広域指導員制度を創設するという話を聞いた段階で、真っ先に飛びついた。
その効果は著しく現れた。高度な経営課題を抱えた事業者に対し、広域経営指導員の第1号となった黒澤元国氏のサポートを受け支援を行った。OJT形式で支援手法を直に学んだ結果、多くの職員が、経営支援に対して前向きな姿勢となり、1社1社本気で課題解決しようとする心意気が感じられるようになった。経営支援部の須山正規副部長は「黒澤さんと同行したことで、とにかくチャレンジしてみようという考えに変わったことと、どういった支援をすればよいか理解できたことが大きい」と語る。個社への経営支援は、課題が多岐に渡ることが多く、支援の組み立て方が非常に難しいが、OJTではこうした点も学ぶことができた。
また課題を一人で抱え込まず、相談し合う土壌が生まれたほか、対話と傾聴の実践力が身についてきたという。広域指導員制度は初年度に集中的に活用し、支援した企業は昨年夏までに17社、これまでに19社に上った。
並行して、人事制度改革に着手した。企業からの経営相談ニーズの高度化・多様化に対応した人材や、マネジメント人材の育成につなげるためで、コンサルタントとともに1年間かけて検討を重ね、等級・給与・評価の各制度を決めた。例えば役職と等級をリンクさせたり、複数部署を経験しなければ昇格できないようなルールを確立。目標チャレンジ制度を導入し、賞与に反映させるなどの運用を進めている。目標チャレンジ制度では、目標を、職員個人が上司と面談をしながら個々で設定する。こうすることで、画一的な評価基準や、支援数などの量では測りきれない性質を持つ個社支援業務への適切な評価が可能となった。
外部委託を活用し、全会員にフォローコール
一方、会員企業へのプッシュ型支援として、2022年度に全会員を対象とした「会員別課題解決プロジェクト」をスタートさせた。外部の営業コンサルタント会社に委託し、全会員にフォローコール(電話)を行う活動で、商工会議所のサービスの利用案内に加え、会員のニーズや困りごと、個別フォロー需要の有無を電話で聞き取る。
栗原事務局次長は「川口商工会議所さんの取り組みを参考に導入した」と話す。聞き取りの結果に応じて経営指導員が〝出動〟する仕組みで、これにより、経営指導員は高度な案件に集中することができ、巡回指導時間の確保や効果的な支援につながる。きめ細やかなフォローコールにより、会員の満足度が向上し、事業利用率の向上や退会防止につながることも期待できる。
当初2カ月間は「入会3年以内かつ共済未加入事業所」を対象に、1500件超に集中的に架電した。その結果、住所や代表者といった会員情報の更新や、各種サービスの活用、パンフレットの送付、さらには職員訪問・会員来所につながった。22年末時点で延べ6214社超にフォローコールしており、全会員に対する声掛けはほぼ一巡した格好だ。
業務効率化では、所内のIT化を進めるため、国の「IT導入補助金」を活用するという商工会議所では珍しい試みも実施した。出勤簿の押印や給与の手計算など総務・経理業務でアナログであった部分をデジタル化し、コミュニケーションツールを導入したことにより、所内全体の業務効率化につながった。あわせて、各職員にスマートフォンを貸与し連携することで、指導員が外出中に所内の情報にアクセスできるようになって不在時の伝言メモが減ったり、稟議決裁が円滑化することで意思決定がスムーズになったりした。
マインドマップで交通整理
さらに「事業者の本音を引き出せない」という課題に対しては、事業者との対話を繰り返しながら、例えば「マインドマップ」を使って事業者の現状を分析する。マインドマップとは真っ白な紙を使い、頭の中で考えていることを脳内に近い形に描き出すことで、思考を整理するもので、複雑な概念もコンパクトに表現できるとされる。
事業者からの相談は「補助金があると聞いたので、私も利用したい」といった内容がほとんど。ところが実際は補助金の概要も知らず、支援金と補助金の区別さえついていない事業者もいるという。このため、本質的な課題を掘り起こすための導入手段としてマインドマップを活用し、事業者が「何をやりたいのか」を聞き、書き出していく。須山副部長は「何をやりたいかを掘り下げながら、事業者の頭から補助金を離していくイメージ」だと言う。
例えば、「小規模事業者持続化補助金」と「事業再構築補助金」を申請・獲得した仕出し弁当製造・宅配業のアカマツ(埼玉県川越市)の場合。「補助金を使いたい」が最初の相談だった。そこから、「なぜ」「コロナ禍で売り上げが減少したから」→「なぜ」「主力の取引先での販売が減少した」→「どうする」「売上減を補填するため、テイクアウト事業を始めたい」→「どうやって」「自社ホームページでPR、看板設置、チラシ作成」…という風に、事業者の考えをマインドマップを使って交通整理していったという。
ただ、「事業者の本音を引き出すツールとして、マインドマップだけにこだわっているわけではいない」と須山副部長。経済産業省が作成・推奨する「財務」「非財務」の両面から経営状態を診断する「ローカルベンチマーク」をはじめ、他のさまざまな支援ツールも有効だと話す。「事業者側に相談したいことが整理されているかどうか、やりたいことが決まっているか否か、おしゃべりな人か寡黙な人かなど、ケース・バイ・ケースで支援ツールを変えている」という。
支援企業を訪問
新規事業でコロナ禍乗り越える:株式会社アカマツ(埼玉県川越市、長澤美智子代表取締役)
現社長の長澤美智子氏の父・長澤邦次郎氏が1968年に創業し、2007年に事業を承継した。「3人姉妹の3女なのに、小さい時から家業を継ぐと決めていた」と長澤さん。川越市を中心とした近隣市町村の事業所を対象に、日替わり弁当や仕出し弁当を製造・宅配しており、プロスポーツのスタジアムでの弁当販売なども手がける。
ところが新型コロナの感染拡大を機に、プロスポーツの観客制限などでスタジアムでの販売数が激減。主要顧客である建設・工事現場の工期短縮化や、企業のテレワーク拡大、慶事・弔事の少人数化、イベント開催の見合わせなどにより、売り上げは減少した。さらに主要取引先でもある介護施設から「高齢者は感染すると重症化しやすく、外部関係者との接触をできるだけ避けたい」という要望があり、対応を迫られた。
対策として、配送ルートを従来の10ルートから8ルートに見直したほか、弁当容器を回収型から使い捨て型に変更。回収作業そのものを無くし、従業員も週に1回程度、交代で休んでもらった。ただ、2020年12月期の売上高は前年比20%以上減少した。
川越商工会議所に最初に相談したのは、コロナ禍になって1年後の21年4月。長澤さんは「1年もすれば解決すると思っていたが、予想以上に長引き、使える補助金はないかと相談した。初めて経営者としての悩みを聞いてもらい、ありがたかった」と振り返る。商工会議所の須山副部長とマインドマップを使って2回、1回当たり2時間程度面談し、あらためて現状を把握・分析した結果、二つの課題が浮かび上がった。
一つ目は、販売数量の減少である。対策として新たに「テイクアウト事業」への進出を決め、「持続化補助金」を活用して自社ホームページを刷新し、弁当の注文をネットで対応できるようにした。支払いも現金ではなく QR コードやクレジットカードでの決済を導入し、キャッシュレス化を図った。チラシやDM、看板も作成し、テイクアウト事業の周知を徹底させている。
第二の課題は、介護施設から要望のあった非接触対応である。対策として、数日間保存が可能で簡単に調理できる「真空包装商品」の開発・販売に着手し、「事業再構築補助金」の活用を決めた。真空包装商品ならば接触機会の減少だけでなく、食材の廃棄ロスも低減できる。このため大手企業で真空商品製造の立ち上げから運営までを経験したスタッフを採用し、料理や素材の良さを保持しつつ、商品を長期保存する技術開発を可能とする体制を整えた。
また補助金申請作業と同時に「経営革新計画」も作成し、しっかりとした事業計画策定と進捗管理を手がけることにした。「最初は、“補助金を活用したい”と商工会議所を訪れたが、須山さんと話しているうちに現状の課題について整理することが出来て、事業計画も策定したことで、やるべきことが明確になった」と振り返る。
結果として両補助金とも無事に採択されたが、補助金を申請するに当たって「申請書を書くのに苦労した」と長澤さん。特に数値計画を積み上げる作業が難しく、須山さんに手伝ってもらったという。須山副部長は「申請書作成の代行はしない。何をやりたいのか、そのための課題は何かなどを整理し、棚卸しをするお手伝いに徹した」と強調する。
コロナ禍も最近ではようやく落ち着き、弁当需要も徐々に戻っており、22年12月期の売上高はコロナ禍前の19年12月期まで回復してきている。長澤さんは「まず真空包装商品の新規顧客獲得に力を入れる一方で、この調理技術を介護施設向けだけでなく他の分野の調理も応用して、コスト競争力を強化したい」と話す。