人手不足を乗り越える
短期的・季節的な人手不足を「お手伝い+旅」で解消【株式会社おてつたび(東京都渋谷区)】
2024年 9月 2日
お手伝いと旅を融合させたマッチングサイト「おてつたび」を運営する株式会社おてつたび。短期的・季節的な人手不足に悩む宿泊業や農業など地方の事業者と、「働きながら旅を楽しみたい」という若者らとを結びつける。「本当に人が来てくれるのか」と半信半疑の事業者が多かったが、今や求人に対して応募は2倍。地域経済の活性化や移住・定住など様々な“化学反応”を引き起こしているケースも。創業者の永岡里菜代表取締役CEOは、「おてつたび」が「100年続く地域を支える未来のインフラ」になることを目指している。
知られていないが魅力ある地域の課題解決に向けて起業
永岡氏は三重県尾鷲市出身。大学に進学して首都圏で暮らすようになったが、自分の出身地のことを話しても尾鷲を知っている人はなく、「そのうち、あきらめの気持ちになった」(永岡氏)。この経験がその後の起業の原点となる。
当初は教師になることを目指していたが、その前に社会人としての経験を積んでみようと大学卒業後に二つのベンチャー企業で通算4年ほど働いた。そのうち2社目は和食を通じた地域活性化事業を手掛けており、永岡氏は全国各地に足を運んだ。その際、尾鷲と同じく、人に知られていないが行ってみれば魅力のある地域が日本にはたくさんあることを実感。「そんな地域に人が訪れるようなソリューションを見つけたい」と考えるようになり、具体的なアイデアがないまま会社を辞めた。
退職して半年間は夜行バスで全国を巡った。「有名な観光スポットはないが、空気はきれい、食べ物はおいしい、人はやさしい、と、足を運んで初めてわかる、その地域の魅力がある」との思いを強くした。その一方で、地方の深刻な人手不足を目の当たりにした。とくに農業や宿泊業の場合は特定の時期に人手が欲しいという。ホームステイをしながら仕事を手伝うことを経験した永岡氏は、「短期間でお手伝いすることをきっかけにして、その地域を訪れる仕組みをつくれば、課題の解決につながるのでは」との考えに至った。その後さらに半年間の準備期間を経て2018年7月に起業した。
受け入れ側の抵抗感と不安を解消、募集をリピートする事業者も
まず手掛けたのが、お手伝いを受け入れてくれる事業者探し。ひとり起業ということもあり、当初は宿泊施設に絞ってアプローチした。「説明してもイメージがつきにくく、とても苦労した」というが、「それでも100軒に1軒は、このままで立ち行かなくなるという危機感から興味を示してくれた」と永岡氏。やがて岩手県や富山県の宿泊業者が受け入れることになり、お手伝いをする「おてつびと」をサイトで募集。大学生が現地に向かった。このうち、従業員のほとんどが60歳以上という岩手県内のホテルでは、若い学生が来たことが刺激となり、職場の雰囲気がガラッと変わったという。また、ホテルが開設していたインスタグラムをデジタルネイティブの学生が一新させ、インスタ映えする写真を数多くアップした。「人と人が会うことで様々な化学反応が起きる」と永岡氏は「おてつたび」の効果を強調する。
もちろん、受け入れ側には抵抗感や不安があった。第一に、短期の人材をうまく活用できるかという点。ただでさえ人手が足りない時期に、短期間で働きに来る人たちの指導まで手が回らないのでは、との声がよく聞かれた。しかし、たいていの場合、現場の仕事はうまく回った。食事が終わった皿を下げるなど、未経験者でもすぐできる仕事を担当させ、それだけでも従業員の負担は大きく軽減された。
第二に、たとえ短期であっても対面での面接なしに採用者を決めることへの不安があった。この点については、「応募する際に、志望動機や自己紹介を一定の字数以上で書き込んでもらい、その人の経験や興味・関心などがわかるような内容になっている。そこを読んでもらえれば面接なしでも、ふさわしい人を選ぶことができる」と永岡氏は強調する。
こうして実績を重ねるうちに受け入れ側の不安は解消され、なかには募集をリピートする事業者も出てきた。長崎県の離島、壱岐島にあるステラコート太安閣では、何人かの「おてつびと」を受けて入れているうちに彼らのポテンシャルの高さを認識。やがて短時間の研修の実施とマニュアル作成を行うようになり、より本格的な業務も任せるようになっている。このように同ホテルは「短期の労働力を繰り返し活用することで、長期を見据えた経営を実現している」(永岡氏)という。
JAグループが支援、農業分野でもマッチング
次なるターゲットは、宿泊業と同様、短期的・季節的な人手不足に悩む農業。農作物は収穫や出荷の時期が限られており、繁忙期の人手の確保は農家にとって死活問題だが、求人しても応募がないのが実情だ。そんななか、同社は2019年5月、JAグループが起業家らを支援する「JAアクセラレータープログラム」の第1期企業に採択され、全国各地のJAの協力により、農家の間で「おてつたび」の認知度と信用が高まった。同年9月には、JAおいらせ(青森県三沢市)管内で学生らが農家にホームステイしながらゴボウの収穫を手伝うという事例につながり、それ以降、農業分野でのマッチングが広がっていった。
このうち北海道平取(びらとり)町でブロッコリーなどを栽培するWFPダチョウファームは、「おてつたび」を繰り返し活用し、昨年の収穫には60人以上が手伝いに訪れた。農作業がはかどるのはもちろん、定期的に多くの若者たちが訪れることで、地元店舗の売り上げが増加しているという。
また、和歌山県由良町の数見農園で1週間ほど柑橘類の収穫作業を手伝った学生は「ゆら早生(わせ)」というミカンの味に感動。東京に戻ってからバイト先のカフェの店長に直談判し、同農園のゆら早生を使ったタルトを商品化してもらったという。「農作業の人手不足解消だけではなく、いろいろな形で地域の活性化につながっている」と永岡氏は話す。
コロナ禍が追い風に 移住・定住・起業など“化学反応”も
事業開始からしばらくしてコロナ禍に見舞われた。ところが、同社にとっては追い風になった。「海外に行けないかわりに、国内に目を向けるようになり、地方に関する関心が高まった。お手伝いに行きたいという学生を中心に登録者数が増えた」という。受け入れる側についても、コロナ禍で技能実習生が来なくなった農家や、必要な時期に柔軟に雇用したいと考える宿泊業者などからの依頼が多くなった。
コロナ禍を機に想定外のケースも。流行が収束に向かい、外国人のインバウンドが復活しつつある時期、「今のうちに国内を巡ろう」と考えた沖縄県在住の女性が「おてつたび」に登録。2軒目に訪れた奈良県川上村の旅館、朝日館で跡継ぎの男性と出会い1週間ほどの滞在中に意気投合。昨年3月に結婚し、今は若女将をつとめている。女性は朝日館の後も別の旅館で働いたが、「旅館の勉強をするための“若女将修業”だった」(永岡氏)という。
このほかにも「おてつたび」がきっかけになって移住や定住、現地での起業などにつながっている。知らなかった地域を訪れ、人と出会うことが様々な形で“化学反応”を引き起こしている。
目指すは「100年続く地域を支える未来のインフラ」
ユーザー登録者数は今年8月現在で約5万8000人。学生が中心だが、子育てを終えた主婦や第二の人生を模索する中高年の男性なども。そして受け入れ先となる事業者数は全国47都道府県に約1500。当初は「こんな地方に本当に人が来てくれるのか」と半信半疑の事業者が多かったが、今では求人に対して平均で2倍の応募があり、2日も経たないうちに枠が埋まってしまうという。「人手不足に悩む事業者にはぜひ一度、『おてつたび』を利用してほしい。初めての場合は不安を感じるだろうが、当社が手厚く伴走支援を行っていくので心配しないでほしい」と永岡氏は呼びかける。
自治体との連携も進めている。今年7月には、以前から農業アルバイトで協力していた徳島県鳴門市と連携協定を結び、移住交流の促進や関係人口の創出・拡大、人手不足の解消など、持続可能な地域づくりに資する取り組みをさらに推進していくことになった。同市以外の自治体とも連携に向けた協議を進めているという。
永岡氏が目指すのは、「おてつたび」を「100年続く地域を支える未来のインフラ」にすることだ。「人口減少のしわ寄せは地方がより大きく受けている。『おてつたび』を活用することで、都市部に集中している多くの若者が地方に関心を持ち、関係人口となり、労働や消費などで地域を元気づけられれば」と永岡氏は話している。
企業データ
- 企業名
- 株式会社おてつたび
- Webサイト
- 設立
- 2018年7月
- 資本金
- 7028万6500円
- 従業員数
- 12人(役員を含む)
- 代表者
- 永岡里菜 氏
- 所在地
- 東京都渋谷区代々木3丁目31-12
- 事業内容
- 有料職業紹介