中小企業とDX
「小さな会社」を強みに低予算・短期間で成果、歯科医院向けDX支援を事業化へ【有限会社イヴニングスター(静岡県浜松市)】
2024年 2月 13日
歯科医院のホームページ制作を手掛ける有限会社イヴニングスターは西谷美和社長を含め女性3人だけの小さな会社だ。同社は「可処分時間」の創出を目的にDXを始めて売り上げ増を実現。小規模で同じ課題を抱える顧客の歯科医院にも低予算・短期間で同様の成果をもたらした。「デジタルを味方にすれば小さな会社であることが強みになる」(西谷氏)という同社の取り組みは高く評価され、昨年12月開催の全国クラウド実践大賞(中小機構など後援)でライトハウスDX支援協会理事長賞を受賞した。
社名は「一番先に輝き、一番明るくて、一番最後まで輝く」宵の明星
創業者の西谷氏は、大学と大学院で認知心理学を学び、就職したマーケットリサーチ会社で心理統計学を活用したデータ分析を担当した。その後、チェーン展開するホテルで副支配人としての勤務を経て2005年に起業した。社名は宵の明星(金星)の意味だが、西谷氏がかつて鑑賞したアメリカ映画「夕べの星」(原題「The Evening Star」)から付けた。その中で登場する「(宵の明星は)一番先に輝き、一番明るくて、一番最後まで輝く」とのセリフが西谷氏の心に響き続け、起業に際して社名にした。
事業は歯科医院のHP制作。「なんで歯科医院なの、とよく聞かれるが、実は子どもの頃から歯医者さんが好きだった」と話す西谷氏は、起業に向けて準備していた時期に歯科医のコミュニティと繋がりを持つ人と出会い、歯科医が抱える課題を知った。「歯科医院はコンビニより多いと言われていて周囲が思うほどには儲かっていないのが実情。ならば昔から好きだった歯医者さんのお役に立ちたいと考えた」という。身に着けたスキルをフル活用し、入念に事前のマーケットリサーチを実施。そのうえで全国の歯科医院にファクスDMを送信し、反応があった医院にメルマガで情報配信。HPやその他サービスへクロスセル(他の商品・サービスをあわせて提供)、アップセル(より高い商品・サービスを提供)していくという、きわめて効率的な営業活動を続けて顧客を獲得。現在、40都道府県の数百の医院が顧客となり、うち60ほどが繰り返し注文を受ける“お得意さん”だという。
浜松商工会議所で受講、すぐさま実践して売上高30%アップ
DXの最初のきっかけは2021年。2人のパートスタッフの家庭の事情によるもので、1人が名古屋市に転居することになり、もう1人も子どもの小学校入学を機に働ける時間が短くなりそう、という状況となった。「非常にいい関係性を築いている今のメンバーで仕事を続けたい」と考えた西谷氏はまずZoomによるリモートワークを導入。スタッフの子どもについては、“子連れ出勤”を認め、西谷氏のオフィス兼自宅で預かるというアナログ的な手法で対応した。それでも業務の効率化に向けたDXの必要性を強く感じ続けたという。
そんな折、地元の浜松商工会議所が「DX経営塾」(全10回、2022年11月~23年3月)を開催することに。これが次の大きなきっかけとなった。西谷氏は迷うことなく同塾に参加。講師は、前職の建設会社でDXを担当し、2021年の全国中小企業クラウド実践大賞で最高賞を受賞した和田正典・モノデジタル代表取締役。同塾では和田氏がとくに重視する「可処分時間」の創出をテーマに掲げた。
「学んだことを定着させるには(学んだことを)人に教えることが一番」をモットーとする西谷氏は、受講するたびに講義内容をスタッフらにプレゼンテーションするとともに、すぐさま実践に移した。無料のアプリやクラウドサービスを中心に、まずは試しに導入し、1週間ほど使用して選別し、自社の業務に適したものを採用するという手順を繰り返した。その結果、グーグルが提供するアプリ開発プラットフォーム「Google Apps Script(GAS)」など15のツールを正式に導入。「従来は、受注後に顧客と連絡を何度も取り合うなど、実際に仕事に取りかかるまでの時間が長くかかっていたが、DXによって大幅に圧縮できた」(西谷氏)などの成果が、ツールを導入するたびに即座に表れ、最終的には年間約252時間の可処分時間を生みだすことになった。時間に余裕が生じたことで、西谷氏はそれまで多忙を理由に断っていた既存顧客のHPリニューアルを引き受けるなどの営業活動を展開。スタッフを増員することなく、しかも多額の費用をかけることなく、売上高を30%程度アップすることができた。
可処分時間創出の共通目標に3人全員が向かう
DXに取り組む西谷氏に2人のスタッフも協力。浜松のオフィスで働くスタッフは「自分たちの時間を作り出すにはどうしたらいいのかという課題を認識し、みんなが同じ方向を向くことができた」と話し、リモートワークのスタッフは「離れた場所にいて物理的に手伝うことができないので、時短につながるアイデアを提案した」という。たとえば、Googleカレンダーで依頼の内容や進捗状況を一目見て全員が共有できるようにしたことで、担当していたスタッフが急な休みを取っても、すぐさま他のスタッフが仕事を引き継げるようになったという。こうした3人のチームワークの良さがDXをさらに実り多きものにした。
「DXなど新しいことを始めようとすると、大抵の場合、社内で反発がある。役立つツールを導入しても全員が使わないと効果が十分発揮できない。それは働く人が多い大規模な組織ほど起こりやすい」と西谷氏。「(同社のように)人数が少ないと意思が統一しやすい。DXによって可処分時間を生みだそうという共通の目標に3人全員が向かっているので、短期間で、しかも低予算で大きな成果を出すことができた。DXでは小さな会社であることを強みにできる」と強調する。
同じ課題を抱える歯科医院のDXを支援、近く事業化
DXを進めるうち、西谷氏は顧客の歯科医院も同じ課題を抱えていることに気づいた。大半の医院は歯科医である院長と数人のスタッフだけという小規模事業者。院長は診察や他の業務で多忙を極め、診察できる患者数を増やせず、新しいスキルを学ぶ余裕もない。「院長の可処分時間を増やすことが売り上げ増に直結するのでは」と考えた西谷氏は2022年12月に東京都内の歯科医院を訪問した。そこは院長と歯科助手の2人体制で、経営状態は思わしくなく、閉院も視野に入りつつあったという。
西谷氏は、医院にスタッフが出勤する時間から診察と業務を終える時間まで、一日の業務内容を細かくチェック。「どんな業務があって、それぞれどれだけの時間がかかっているかを把握したうえで、低予算で大きな効果を出せるツールを提案した」という。それを受けて医院では、レセコン(健康保険組合などに対して診療報酬を請求するためのレセプトを作成するコンピューターシステム)のソフトを入れ替えるなどのDXを実施。院長とスタッフの負担は大きく軽減され、経営状態も見る見るうちに改善。閉院どころか、売上高は右肩上がりを続けている。
「歯科医院が抱える課題は共通しているものが多い」として、西谷氏がこれまで培ってきたデータリテラシー(データの内容を理解し、活用すべきデータを選んで分析し、その結果を正しく解釈する能力)を発揮し、課題と解決策をパターン化。歯科医院向けDX支援のパッケージを近く事業化する予定だ。
小さくても“はじめの一歩”で世界が変わる
将来的には、支援対象を一般企業に広げていくことも視野に入れている。2023年10月には、SNSで繋がる中小企業経営者らを対象にDXに関する講演をオンラインで開催し、そのなかで特に強い関心を寄せた奈良県内の飲食業者を訪問してDXを支援するという実績を挙げている。
「DXは費用がかかるもの、大企業が行うもの、と考えがちだが、それは誤り。私は費用ゼロ円で始めたし、小さい会社ほど短期間で大きな成果を出せる」と西谷氏。「小さくてもいいから、まず一歩踏み出してほしい。そうすれば世界が変わる。歩いた分だけ景色が変わってくる」と述べ、小規模であることを強みにできる歯科医院や小さな会社に向けて“はじめの一歩”を呼びかけた。
企業データ
- 企業名
- 有限会社イヴニングスター
- Webサイト
- 設立
- 2005年7月
- 資本金
- 300万円
- 従業員数
- 3人(代表とパート)
- 代表者
- 西谷美和 氏
- 所在地
- 静岡県浜松市中央区富塚町932-3-3
- Tel
- 053-525-9404
- 事業内容
- 歯科医院ホームページ制作、SEO、MEO、ビジネスブログ制作、歯科経営コンサルティング、DX導入支援など