経営支援の現場から

専門家のスキル学ぶ貴重な機会に:所沢商工会議所(埼玉県所沢市)

関東経済産業局は、地域の商工会議所の経営指導員が「対話と傾聴」を重視した課題設定型支援の手法を実践的に学ぶ「OJT事業」を2022年度にスタートさせた。地域の中小企業・小規模事業者を支える商工会議所の経営支援機能の強化を目的にしている。所沢商工会議所をはじめOJT事業に参加した5つの商工会議所ではどんな成果を得たのか。その取り組みを紹介する。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)

2023年 9月 25日

所沢商工会議所の鈴木慎哉・中小企業相談所長(左)と中園龍・指導係長
所沢商工会議所の鈴木慎哉・中小企業相談所長(左)と中園龍・指導係長

プロ野球・埼玉西武ライオンズの本拠地がある埼玉県所沢市。新宿や池袋に1時間足らずで通勤でき、東京のベットタウンとして発展した街だ。古くから街道が通る交通の要衝で、幕末から明治にかけて織物の集散地として栄えた。かつて中心市街地に多く立ち並んだ土蔵造りの建物は、現在は高層マンションに姿を変えたが、郊外には緑も多く「住みたい街」として常に高い評価を受けている。

「宅地化が進展して、居住者向けのサービスを提供する事業者が増えている。約3400事業者が会員になっているが、3分の2近くは商業とサービス業。飲食業や美容業など生活関連サービスが中心になっている」と所沢商工会議所中小企業相談所長の鈴木慎哉氏は地域の産業事情を話してくれた。

半数以上が若手指導員「スキル差」が課題

OJT事業での経営支援に「多くの学びを得た」と語る鈴木氏
OJT事業での経営支援に「多くの学びを得た」と語る鈴木氏

鈴木氏のもとに相談に訪れる事業者の大半は、小規模事業者だ。「事業規模でいうと、サービス業で5人以下、製造業で20人以下といったところ。建設業でも職人が10人いる株式会社となると、支援先としては結構大きいところになる」という。

一方、相談所のメンバーは10人。鈴木氏は経営指導員として20年選手のベテラン。その下に経歴7~8年の中堅クラスの指導員が1人、経歴2年前後の若手指導員が6人という陣容だ。定年退職した大ベテランの指導員が嘱託職員としてサポートしているが、過半数が若手指導員。経営状況が切迫したハードな案件をベテランが引き受け、給付金や一次支援金のような申請支援は若手に任せる、という形で支援対応にあたっている。

「若手は非常にやる気を持っているが、どうしてもスキルに差がある。対応する職員によってサービスに差が出るのは好ましくない。どうやってスキル差を埋めたらいいのか、大きな課題を抱えていた」と鈴木氏は語る。

「主訴」がない相談「どうしたら…」

そんな中、これまで商工会議所の門をたたくことがなかった比較的規模の大きな事業者からの相談が舞い込んできた。従業員数はパート・アルバイトを含めて約130人。全国規模で飲食店や高級食パン店を展開する事業者だった。

鈴木所長によると、通常この規模の事業者は、取引先の金融機関がサポートするケースが多いそうで、所沢商工会議所では経験したことがない事業規模だった。

鈴木所長が経営者と面談すると、さらに難しい問題が表れてきた。課題らしい課題が見当たらなかったのだ。「病院に例えると、患者には『おなかが痛い』『血圧が高い』といった主訴があるが、相談を受けてみると、それがなかった」。決算書をみても財務状況も別に問題はない。強いて言えば、一度も健康診断を受けたことがない会社だという点だけだった。

「主訴がなく、会社の規模も大きい。どうしたらいいか—」。ベテランの鈴木氏は、今の相談所の陣容では対応が難しいと感じ、関東経済産業局から活用の呼びかけがあったOJT事業に名乗りを上げることにした。

まずは「管理職」がノウハウを学ぶ

中園係長にとってOJT事業は、上司の鈴木所長の支援手法を学ぶ機会にもなった
中園係長にとってOJT事業は、上司の鈴木所長の支援手法を学ぶ機会にもなった

関東経済産業局が進めるOJT事業の大きな目的は、商工会議所に所属する経営指導員のスキルアップだ。企業支援の経験が豊富な中小企業診断士などの専門家とチームを組んで、彼らの高度な経営支援の手法を実際の現場で支援に携わりながら身に着けていく。

若手の経験不足という課題を持つ所沢商工会議所。OJT事業は若手のスキルアップの絶好の機会となるが、今回の支援チームには、あえて若手をつけず、ベテランの鈴木氏と指導係長で中堅クラスの中園龍氏が加わった。

「経験が少ない若手をつけてボトムアップで組織に手法を浸透させるのは難しい。管理職がトップダウンで行った方が浸透は早い」(鈴木氏)との判断からだ。メンバーは関東経済産業局の担当職員が2~3人、専門家は中小企業診断士ら2~3人。総勢で約8人のメンバーで、2022年9月からOJT事業による課題設定型の支援をスタートした。

1年間の支援スケジュールの中で、まず前半はOJT事業に参加した専門家のコンサルタント2人が、支援先の幹部職員や従業員らにヒアリングを実施し、事業内容を総点検した。総点検であぶりだした経営課題を今年2月に事業者側に提示。3月以降、経営課題の解決に向けた新たなステップに進んでいる。

支援先の幹部社員たちが自ら課題を見つけ出し、自ら課題の克服に取り組む。PDCA(計画・実行・評価・改善)のマネジメントサイクルをしっかりと回し、改善の道筋を立てる。そんな「自走化」できる体制づくりを目指したサポートを展開中だ。

前半の総点検の作業では、コンサルタントがヒアリングから課題を設定する手法を学んでいった。だが、「それだけでは受け身の勉強になる」と鈴木氏。後半の支援では、自らが経営指導の前面にたって実地で経験を積む方法を申し出た。

「われわれ自身でやらせてもらって、後でコンサルタントからアドバイスをしてもらう。『あそこはよかった』『あれはこうだったからよくない』と指摘していただく」(鈴木氏)。コンサルタントから率直な意見をもらい、さまざまな「気づき」を得たという。

「傾聴」の大切さを再認識

所沢商工会議所のオフィス
所沢商工会議所のオフィス

経営指導員として20年選手の大ベテランである鈴木氏。今回のOJT事業からどんな「気づき」を得たのか。

「普段の支援の現場で、『これも伝えたい』『あれも伝えたい』と話しすぎていた」と反省する。相手に問いかけて、丁寧に情報を聞き出し、対話を重ねて、相手の理解を促す—。支援先と寄り添い継続的にサポートするためには、「対話と傾聴」が重要になってくるが、知らず知らずの間に主導的に対話を進めていたそうだ。コンサルタントから指摘を受け、「相手の話を引き出す。『傾聴』が非常に大切であることを再認識した」という。

もう一つの「気づき」は、経験と勘に頼り過ぎていたことだった。経営者から相談を受け、財務内容などを調べる中で「この会社はこうだ、こうに違いない」と決めつけていた部分があったという。ベテランだからこそ陥りやすい落とし穴ともいえる。勘や経験だけでなく、論理的に裏打ちされた支援の大切さを学んだ。

鈴木所長とともに支援チームに参加した中園氏は、「小規模事業者から相談を受ける場合、経営指導員と社長の一対一が一般的なパターン。今回のようなチームを組んだ支援では、相手もプロジェクトチームを組んで社長以下幹部も加わる。こうした取り組みも初めてで、考えるきっかけになった」と語る。

同じ職場にいながら所長の仕事ぶりに接することは少なかったが、OJT事業を通じて、その指導スタイルを学ぶことができた。「専門家の指導を受けると、ずっと話を聞いて、質問をちょっとするだけということになりがち。私たちが主になって動いて、専門家に指摘をもらう方法は、私たちの成長になると感じた。いろいろなことが学べる貴重な機会になった」と評価した。

これから先はOJT事業を通じて、2人が学んだスキルや経験を若手指導員に伝えていく仕事が始まる。先輩から若手へと継承されることで、所沢商工会議所の経営支援の力がこれまで以上に強くなることが期待される。

支援企業を訪問

経営課題が明確化「幹部社員の意識が変わった」 有限会社かんながら(埼玉県所沢市、大舘誠代表取締役)

かんながらの大舘誠代表取締役
かんながらの大舘誠代表取締役

「考えた人すごいわ」。埼玉県所沢市の有限会社かんながらが運営する高級食パン店だ。著名なベーカリープロデューサーのプロデュースを受け、2018年に東京・清瀬に第一号店を出店。ブームに乗って東北や関東を中心に9店舗を展開している。

「考えた人すごいわ」のこだわりの食パン「魂仕込(こんじこみ)」
「考えた人すごいわ」のこだわりの食パン「魂仕込(こんじこみ)」

「小麦や塩、バターだけでなく、高性能の浄水器を導入するなど水にもこだわって、パン作りをしている」と代表取締役の大舘誠氏。2斤サイズで価格は1000円前後。一般的な食パンよりも割高ながら固定客の胃袋をしっかりとつかんでいる。

創業は1997年。大学を卒業後、洋食レストランを経営する会社に入社した大舘氏は8年間の勤務後に勤務していた会社からのれん分けを受ける形で独立し、株式会社オーネスティを創業した。「学生時代から『いつか経営者になる』と心に決めていた。勤めていた会社が『社員は全員独立させる。わが社は経営者養成学校』という経営方針を持っていて、その夢をかなえることができた」という。

オーネスティで洋食レストランのフランチャイズ(FC)店を運営する一方、新たな業態の店舗展開を模索。その店舗を運営するために設立したのが、子会社の「かんながら」だ。コンセプトは和食系レストラン。大手スーパーのショッピングセンターを中心に店舗を広げている。さらに新規展開した高級食パン店では、念願だった出身地の所沢市内にも店舗をオープンさせた。

大舘氏は、鈴木所長の中小企業活性化に対するパワフルな思いにも共鳴したという
大舘氏は、鈴木所長の中小企業活性化に対するパワフルな思いにも共鳴したという

そんな大舘氏が所沢商工会議所の鈴木所長のもとを訪れたのは、経営セミナーに参加したことがきっかけだった。「取引のある金融機関からも鈴木さんのことを耳にしていた。セミナーに参加して、名刺交換し、相談してみようと思った」と語る。

高級食パンのブームに乗り、売り上げは順調だったが、そのブームに陰りが見え始めた時期だった。「甘い感覚が抜け切れていない状況の中で、次に会社をどうしていくべきか、その対応が後手に回っていた。今回の支援は絶好のタイミングだった」と語る。

2022年9月に支援がスタートすると、社内の空気に変化が表れたという。「社員のモチベーションが高まってきた。会社をよくするにはどうしたらいいかということを社員全員が意識して行動するようになり、自主性やチーム感が生まれている」と大舘氏は目を細める。

総合型ベーカリーの考えた人すごいわブレッドパーク所沢店。大舘氏が念願だった出身地に初出店した
総合型ベーカリーの考えた人すごいわブレッドパーク所沢店。大舘氏が念願だった出身地に初出店した

特に感銘を受けたのは6月に開いた提案会だったという。支援チームは幹部社員だけを集めたミーティングを開催。会社や事業を成長させるために一人一人が何をしなくてはならないのか行動方針を考えてもらった。さらにその方針を提案会で社長の前で表明。「今までになく、社員たちの気持ちが見えた。経営者と従業員という分け方ではなく、全員が経営者として会社を運営するという意識を持った」という。

「オーナー経営の会社は、トップダウンで経営を進めてしまう傾向がある。一方で、ボトムアップで経営を考えることも重要。その意識を持ってもらうためのプログラム」と鈴木氏は説明する。大舘氏も定例の会議などで幹部社員とコミュニケーションを増やし、このプログラムをいち早く経営に活かしている。

また、今後の事業展開では支援チームのサポートを受けながら、不採算店のスクラップを進める考えだ。さらにイートインコーナーやカフェを設けた総合型ベーカリー店や米粉を使ったパン店などの新業態の店舗にもチャレンジし、さらなる成長につなげる考えだ。

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