中小企業応援士に聞く
地域の魅力を広げ、会社の成長につなげる【有限会社菊井鋏製作所(和歌山市)代表取締役・菊井健一氏】
中小機構は令和元年度から中小企業・小規模事業者の活躍や地域の発展に貢献する全国各地の経営者や支援機関に「中小企業応援士」を委嘱している。どんな事業に取り組んでいるのか、応援士の横顔を紹介する。
2023年 1月 23日
1.事業内容をおしえてください
1953年に祖父が創業して以来、理美容師が使う鋏(はさみ)を専門で製造して、まもなく70年になる。和歌山市内の工房で、9人の熟練した職人たちが手作業で仕上げた最高級の鋏を提供している。道具にこだわる理美容師のニーズに応えるため、当社のものづくりはすべてオーダーメードで対応しており、購入後も安心して使っていただけるよう工房での修理やメンテナンスも引き受けている。
当社を代表するのが1973年から販売するコバルト基合金製の鋏だ。ステンレス素材に比較して水やシャンプー、パーマ液に触れても錆びることがなく、耐摩耗性にも優れている。長く使い続けても切れ味が落ちない。創業者である祖父が世界で初めて開発したものだ。シンプルなデザインで、50年近くほとんど変わっていないのだが、2015年に試しにグッドデザイン賞に応募したところみごと受賞することができた。
自社では、祖父が立ち上げた「キクイシザース」というブランドを展開しているが、他社の製品を製造するOEM(相手先ブランド製造)の受注を多く引き受けている。その中で、もっと自社ブランドを盛り上げていこうと、中小機構のF/S(フィジビリティスタディ)事業を活用して、2016年に海外展開をスタートさせた。また、ネットを通じて、お客様との接点を持つためホームページを立ち上げるなどの取り組みも行っている。新型コロナウイルスの感染が広がる中、IT導入補助金を活用してECサイトを構築し、自社ブランドの認知度アップと販路拡大に力を入れている。
製造販売している鋏は高いもので1本10万円以上するものもあるのだが、お客様からは、高い評価をいただいており、ステンレス製やOEMを含め、年間で5000本以上を生産している。
2.強みは何でしょう
当社の大きな強みは、長年にわたって培われてきた職人の技術だ。コバルト基合金はステンレスに比べて防錆性が高く、耐摩耗性に優れている半面、削りにくく、折れやすいなど加工が難しい。熟練した技があるからこそ製品化を実現できた。
職人は、自分の仕事をあまり表に出したがらないところがあるが、むしろ、私は、製造の現場を見せていきたいと考えている。最近はテレビなどの取材も増え、それに伴って工場見学の問い合せも来るようになった。「自社が外からどうみられているか」ということを社内で意識できる機会と捉え、作業の支障にならない範囲で対応している。
また、当社は製品をオーダーメードで製作しているため、お客様の希望があれば、仮組の段階の製品を一度、お客様にお渡しして感触を事前に確認いただく、フィッティングの対応も行っている。注文から完成まで1カ月ほどの時間がかかるが、お客様の納得した製品を作り上げることができる。こうしたサービスができるのも鋏は小さく、軽くて送りやすい製品なので、送料の負担が比較的小さいことがメリットになっている。
プロが使う道具だからこその難しさもある。当社の鋏を10年以上使われている方が多い。そういったお客様が買い替えをされるときなど、「前のものと違う」と指摘されることもある。当社の鋏は人の手で製作しているので、以前と同じ材料・製法で作ったものだが、こだわりを持ったお客様には微妙な違いも敏感に感じられる。そこは大変な点ではあるが、そういったこだわりを持ったお客様に会社を支えていただき、当社の成長につながっているのだと感じている。
3.課題はありますか
自社ブランドを今後どのように展開していくかが大きな課題となっている。長く事業を続けていると、新規の販路を開拓しようとしても既存の取引先とバッティングしてしまうことが少なくない。そういったことを避けたい思いもあり、海外への販路開拓を目指した。少しずつではあるが、売り上げも見込めている。
コロナ禍の2年前、業務が一時ストップした時期があった。そういったなかでも月に1、2件くらいのペースで、ヨーロッパの方からインスタグラムのダイレクトメールで製品の問い合わせが来る。製品の画像などでやり取りしながら購入に結びついたケースがあった。まだ、大きな伸びにはなっていないが、一方で、「海外展開を積極的に進めている会社」「若手経営者のいる美容鋏の会社」という視点から外部に注目されることが多くなった。企業のブランディングという点で前向きな効果が出ている。
もう一つ、人材の確保と育成も悩ましい課題だ。求人を出すと、来てくれる人はいて、若手社員が増え始めている。その中で、技術の引き継ぎをどのよう進めていくか。現在は、工場長が一対一で教える、という形ではなく、社員同士で技術を教え合う形で進めているが、引き継ぐ側と受け継ぐ側の気持ちの噛み合うタイミングを探ることが難しいと感じるところがある。
4.将来をどう展望しますか
今後は理美容師だけではなく、理髪店や美容室に行く一般の方にも当社を知ってもらいたい。一般向けのイベントを主催したり、取材の依頼があれば対応したりしている。BtoB(企業間取引)向けの製品を取り扱う会社であっても一般の方に知っていただき、接点を持つことで、特に採用の面で大きな意味があると考えている。内定者の家族にも「いいものを作っている会社」ということを知ってもらえることはとても重要だ。
ECを活用したマーケティング展開は今後、重要になる。当社の商品は、大手のECサイトに出品しただけでカートに入れてもらえるような性質の商品ではない。間口を広げる狙いからLINEを使った問い合わせ窓口を設けた。理美容師は仕事中に電話になかなかでられないが、「LINEであればやりとりがしやすい」という声を聞いている。また、製作過程の写真をみせることができ、製作側・顧客側双方にとっても安心材料になる。オーダーメードの事業との親和性が高く、海外展開を含め新たなビジネスの可能性を期待している。
5.経営者として大切にしていることは何ですか
中小企業が人材を確保するうえで、自社だけでなく、地域そのものが魅力的で住みやすいということが重要だと思っている。例えば、「ものづくり 求人」といった形でネット検索をしても、和歌山県のことが上位には表示されない。「和歌山県でものづくりの仕事をしたい」という人と、どうやってつながるかを考えると、地域としての魅力を広げていく必要がある。地域の活性化には地域の企業の経営者として積極的に関わっていかなくてはらないと思っている。
県内のものづくり企業の若手経営者を集めた和歌山オープンファクトリー推進委員会を組織し、2022年11月に和歌山市内で「和歌山ものづくり文化祭」というイベントを開催した。実行委員長を務めたのだが、県北のものづくり企業20社に出展してもらい、当日は、目標を大きく上回る5803人が来場した。
出展の呼びかけに対し、申し込み期限ぎりぎりまで迷われている会社もあったが、出展を決めると、経営者と社員が一緒になって取り組まれている姿を見た。出展者それぞれに、これを何かのきっかけにしていただいたと思う。初めての開催だったので、来場者の見込みなどわからないことだらけだったが、個社だけでなく、複数の会社と手を携えることで地域という「面」での魅力を発信できたのではないかと思っている。
6.応援士としての抱負は
先日のイベントについても、周りの方に応援してもらって開催することができた。出展してくれた全ての会社を見学し、たくさんのことを学ばせてもらった。地域を応援する、という気持ちよりも自分がやりたいと思ったことに多くの会社が賛同してくれた、と言った方が近いかもしれない。その結果として、お互いに体験と学びを得られたが、何よりも自分自身が一番学ばせてもらった。それを何かの形で還元していきたい。
中小企業が主体となって何かを企画すると、一体感が生まれやすい。和歌山の中で産地を横断して皆で何かをする、ということをしたことはあまりなかったように思うので、イベントを通してつながる場になってよかった。すでに来年に向けても動き出しているが、このイベントを通じて人々が産地に訪れるためのハブ的な存在になってくれたらと考えている。そんな取り組みも中小企業応援士の役割の一つかな、と思っている。
企業データ
- 企業名
- 有限会社菊井鋏製作所
- Webサイト
- 設立
- 1953年
- 代表者
- 菊井健一 氏
- 所在地
- 和歌山県和歌山市小雑賀2-2-31
- Tel
- 073-423-4495
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