パリのアスリートを支える
金メダリストも愛用 品質とデザインを追求したレスリングウェア【合同会社MAMO(岡山県西粟倉村)】
2024年 2月 5日
シングレット(レスリングウェア)を受注生産する合同会社MAMO(マモ)。選手時代に全国優勝の経験を持つ代表社員の半田守氏は多くのベンチャーが集う山あいの村に移住し、2019年からこだわりのシングレット作りを続けている。品質とデザインを追求したシングレットは、全国各地の大学を中心に顧客を獲得。東京五輪の金メダリスト、須﨑優衣選手(キッツ)は大学時代から愛用するMAMOを身にまとって試合に臨み、パリ五輪代表の座を勝ち取っている。
選手として全国大会優勝、営業職としても活躍
半田氏はレスリングが盛んな京都府網野町(当時、現京丹後市)の出身。小学校時代にレスリングを始め、中学、高校でいずれも全国大会で優勝。進学した専修大学でも全日本大学選手権などで優勝の実績を持つ。その後、郷里で指導者になることを目指し、教員免許取得のため国士舘大学の大学院に進学。ところが、講師らの話を聞くうちに視野が広がった半田氏は「一度レスリング界を離れて社会に出たい」と考え、一般企業へ就職することに。オリジナルグッズのオーダーメイドを手掛けるサンワ(埼玉県戸田市)に入社したが、ここでの経験がその後の人生に多大な影響を及ぼすことになる。とくにキーパーソンとなったのが当時の山川和邦社長(現会長)だった。
「最終面接の後で『自分はいずれ独立して社長になりたい』と伝えたところ、『まずはこの会社で結果を残しなさい。そうしないと社会に出たときに通用しない』と激励された」と半田氏は振り返る。その言葉を受け、「3年で社内の1番になる」との目標を掲げた半田氏は、選手時代に身に着けた勝ちへのこだわりを発揮し、入社3年目に一般部門(管理職を除いた部門)でトップの営業成績を達成。これを機に次のステップに進もうと退職を決意した。
移住先の“ベンチャーの聖地”でレスリング事業をスタート
半田氏が新天地として選んだのは岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)。鳥取県、兵庫県との県境に接する同村は移住と起業に注力し、“ローカルベンチャーの聖地”とも呼ばれている自治体だ。50超のベンチャーが集うなか、半田氏が関心を抱いたのはバイオマス事業。林業が盛んな同村で発生する間伐材などを薪として利用し、熱エネルギーを地元の温泉施設に供給するものだ。2018年1月に地域おこし協力隊として移住した半田氏は薪工場で働き、2020年10月からは事業譲渡を受ける形でバイオマス事業とゲストハウス「あわくら温泉元湯」を経営している。
レスリング事業は移住と同時に開始した。話は前後するが、サンワ退職時に半田氏は社長の山川氏に「レスリング事業を持ち出してもいいか」と頼みごとをしていた。半田氏は在職中、母校・専大を母体とするジュニアチームのシングレットを作っていた。「協力隊の給料だけでは足りそうになかった。なにかビジネスをやらなければ」と考え、事業の持ち出しを申し込んだのだ。これを山川氏は快諾。さらにサンワが当時縫製作業を発注していた大栄商会(大阪市)に話を通し、半田氏への協力までお願いしてくれた。こうした山川氏の“親心”でレスリング事業はスタート。2019年10月には会社を設立した。ブランド名であり社名でもある「MAMO」は、半田氏の子どもの頃からの愛称「まもちゃん」から名付けた。
立ち上げから間もなく大学シェアナンバーワンに
MAMOの販売は出だしから順調だった。母校の高校と大学から注文を受けたのを皮切りに、多くの大学などがMAMOを採用するようになり、初年度だけで20チームの顧客を獲得。その後、早稲田大学や明治大学などにも販路を広げ、現在は約150チーム。大学でのシェアはトップになった。前職での営業経験をフル活用したと思われるが、半田氏が営業をかけたのは数件だけ。「ほとんどは口コミで、先方から注文が入ってきた」というのが実態だ。指導者に対する素直な態度、練習に熱心に取り組む姿勢など、半田氏の現役時代を知る先輩や同僚らが「アイツがやっているなら相談してみよう」として発注するとともに、他のレスリング関係者にも声をかけていたのだ。半田氏がこれまでに築いてきた信頼と人望が、立ち上げから間もないMAMOを大学ナンバーワンのブランドに押し上げた格好だ。
もちろん品質は顧客の信頼に応えるものである。選手からの声に耳を傾け、半田氏自身も納得いくまで改良していく。たとえば生地。当初、「縦伸びが弱く、きつく感じる」という感想を選手から聞いた半田氏は生地探しに奔走。ただ伸びればいいものでもない。生地が伸びて薄くなると中の下着が透けてしまい、とくに女子選手は気になる。縦伸びに強くて透けにくい生地を求め続け、これまでに5回も使用する生地を変更したという。
デザインにも凝っている。シングレットのラインや柄は通常プリントでデザインしており、バリエーションも限られている。これに対し、MAMOでは、縫製を行う大栄商会の協力のもと、生地を丁寧に縫い合わせることで独自のデザインを生み出している。「MAMOを着ると体つきがシャープに見える」と半田氏は胸を張る。また、顧客との話し合いでデザインを決めているため、「他のチームとデザインがかぶることがない」として選手から喜ばれている。
“こだわりの塊(かたまり)”とも言えるMAMOはトップ選手の信頼も勝ち得た。東京五輪で金メダル(女子フリースタイル50kg級)を獲得した須﨑選手は、早稲田大学でMAMOのシングレットを着用していたが、「卒業してからのユニフォームもMAMOでお願いできるか」と要望。キッツ(東京都港区)に所属している今もMAMOを着て試合に臨み、2023年9月の世界選手権で優勝して2大会連続の代表に内定した。五輪で代表選手は大手メーカー製のシングレットを着用するが、半田氏は「レスリングを楽しんでいるとき須﨑選手は無敵になる。パリではぜひ楽しんできてほしい」とエールを送る。
他競技のブランド作りで事業展開も
小ロットの受注生産で在庫を持たないビジネススタイルを続けるMAMOは収益を順調に伸ばし、売上高は2022年9月期で2200万円、翌年9月期では3000万円を超えた。そして今期(2024年9月期)は「新たに二つの分野で事業を広げ、5000万円を目指す」(半田氏)という。
まず一つはエンタメグッズ。営業職として半田氏の経験を知る関係者から「シングレット以外のグッズ販売を始めてはどうか」と持ち掛けられ、前職の経験と現在持っている小ロット対応のノウハウを活かしてエンタメグッズ事業にも意欲を見せる。もう一つの新規事業が今春に予定している自動裁断機の導入。シングレットの製造は完全に外部に委託しているが、数枚単位の受注の場合は作業効率が悪くなるため、価格が割高になったり納期が遅くなったりするケースが出ていた。そこで、裁断機を購入し、自前で生地のカットを行うことで極めて小さい受注にも適切に対応できる体制を整えることにしたのだ。
さらに、この設備投資を機にレスリング以外の競技への事業展開も進めたいとしている。「レスリングだけでは限界がある。たとえばフィールドホッケーやアメリカンフットボール、ウエイトリフティングなどの競技で、(半田氏と同様に)自分でブランドを作りたいと考えている人たちとつながってチームを組む。それによって可能性を広げていきたい」と半田氏。その場合、選手として一定の実績を持ち、指導者や選手からの信頼を得られる、まさに半田氏のような人物像を想定している。「基本的には、各自が起業してMAMOのパートナーとして提携してもらう。自分の経験を元にアドバイスしていきたい」と話す。
レスリングをカッコいい、モテる競技に
こうした事業展開をにらみつつもMAMOの事業の中心は今後もレスリングだ。「事業拡大によって資金が集まってくれば、それをレスリング競技の発展に活用したい」との考えを抱いている。少子化が進むなか、レスリングを子どもたちから選ばれる競技にしたいという。「そのためには、レスリング競技を内側から充実させて魅力的なものとし、それによって外部から競技に流入する子どもたちを増やす」と半田氏は語る。さらに「一度競技に入った子どもたちがレスリングを継続できる環境を整えることも必要」だという。地元のジュニアチームで競技を始めても進学した中学・高校にレスリング部がなく、キャリアを中断せざるをえないケースが多いからだ。
実に壮大な野望だが、半田氏の思いは極めて熱い。「実現には多額の資金と多くの仲間たちが必要となるが、まずはMAMOの売り上げシェアを伸ばしていく。MAMOの美しいシングレットを着た選手が活躍することでレスリングをカッコいい競技、レスリングをモテる競技にしていきたい」と半田氏は力強く語った。
企業データ
- 企業名
- 合同会社MAMO
- Webサイト
- 設立
- 2019年10月
- 代表者
- 半田守 氏
- 所在地
- 岡山県英田郡西粟倉村
- 事業内容
- レスリングシングレット製造販売・アパレル企画製造販売