経営支援の現場から
頼られる存在へ事業を一新。デジタル駆使で小規模の弱みをカバー:島田市商工会(静岡県島田市)
経営環境の変化が非常に激しい中「本質的な経営課題は何か?」を見極めて解決につなげる「課題設定型」の支援が注目されている。多くの中小・小規模事業者にとって最も身近な存在である商工会議所・商工会では、この課題設定型支援の取り組みが広がりつつある。経営支援の現場における新たな挑戦をレポートする。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)
2023年 9月 11日
静岡県島田市は、大井川の流域に位置し、SLが現役で活躍する大井川鐡道やお茶の一大産地として知られる。島田市商工会は市町村合併により、金谷・初倉・川根の3商工会が合併し、現在の金谷支所、初倉支所、川根町支所の体制となった。合併前は各支所に経営指導員が各2名合計6名配置されていたが、合併特例の終了や定年退職により、経営指導員が3名に減少。限られた人材で、いかに効率的に支援を届けるかという課題に直面した。デジタルツールを有効活用してコミュニケーションの質を高めるとともに、既存の地域イベントを見直し、コロナ禍で厳しい事業者にとって真に役立つ施策を厳選して提供することで、課題解決に結び付けるなど、小規模ながら〝とがった〟取り組みを進めている。同時に商工会職員と会員企業とのつながりを強化し、商工会だけでなく、静岡県商工会連合会(以下、県連)の広域指導員とも連携した包括的な支援体制を構築している。商工会全体で「つながり」を意識した結果として、会員企業が「次はこれを相談しよう」と自然に商工会を頼りにする風土を醸成している。
3人の経営指導員
島田市商工会の経営指導員は小塚裕万氏(46歳、20年のキャリア)、落合剣人氏(32歳、11年)、中村直紀氏(32歳 10年)の3人。他の商工会と比べて若手が多いのが特徴だ。落合氏は商工会で久々に新卒採用した人材。経営指導員の3人はあえて金谷支所に集まって活動し、他の2支所は経営支援員で対応する体制をとっている。3人が一緒にいることで、情報共有が密になり、業務の担当調整も簡単で迅速に動けるという判断からだ。同時にITツール(サイボウズ)を活用した情報共有に取り組み、職員がいつどんな事業に関わっているかを見える化することで、3支所に離れていても、効率的な支援ができる体制を構築している。
事業者の経済支援につながる事業に衣替え
島田市商工会が事業の大胆な見直しに着手したきっかけは、コロナ禍だった。それまで商工会が実施するイベントは、夜店市・初倉まつりといった集客イベントが中心。賑わいはあるがその日限りで、地域の会員企業にとって経済的なメリットは薄かった。新型コロナ感染が猛威を振るう中で、既存の集客イベントはことごとく中止を余儀なくされた。3人の経営指導員と職員が今後の事業について話し合う中で「せっかくやるなら、コロナで困っている事業者にとって経済的に役立つ企画であるべきだ」と、今後の事業を考える根底に、真に役立つというキーワードを埋め込んだ。とはいえ、商工会は総勢12人の小所帯。やれることには限界がある。おりしもコロナ禍の持続化給付金申請支援などの相談で職員は多忙を極めていた。
とにかくやれることから始めようと、2020年9月から毎月事業を展開した。最初に取り組んだのは、地域で使えるプレミアム付き商品券の販売。「お得ランチチケット」や「お得理美容チケット」など、コロナ禍の悪影響を特に受けている業種別に絞ったものにした。また、同年12月に、旧金谷中学校跡地を利用したドライブインシアターを開催した。密を回避しながらも、参加者が一体感を感じられるイベントとして企画したが、裏テーマとして「DX」を掲げた。予約受付は予約サイトサービスを提供する「STORES」を利用、入場料車1台あたり2000円はすべて電子チケットとし、スマートフォンなどから購入するようにした。この方式なら、紙のチケットを用意したり現地で現金収受をする人員が不要で、少ない職員でも対応できる。これらITツールの積極活用は、その後に実施するさまざまなイベントにも踏襲された。ただ、電子チケット導入については、当初商工会内でも議論はあった。「スマホを持っていない高齢者はどうするのか」、「デジタルに不慣れな人が来てくれなくなる」など。最終的には岡村修会長が「会員企業にデジタル化のメリットを感じてもらうようにするべき」と実施を決断した。その後も持ち帰り需要の拡大とフードロス削減を目指した「テイクアウトフライデー」や、低炭素をテーマにしたリフォーム助成事業など、会員企業をピンポイントで支援する事業を次々と投入した。
会員増に結び付く成果
デジタル化は、思わぬ効用を生んだ。商工会の情報発信ツールへの登録者が大幅に増加したのだ。2020年時点で商工会のLINE公式アカウントの登録者数は240人から800人に、さらに2021年には3000人へと拡大した。特に50歳代の女性が爆発的に伸びたという。毎月新しい事業を展開したことで「ここに来ればお得な情報がある」と周知された結果だ。
一方、事業者からも「事前予約でどれだけの購入者がいるのかわかるので、フードロスの削減になる。売り上げも増えた」と好評だった。デジタルの活用と事業者に真に役立つ事業に徹底した姿勢が話題となり、商工会の会員数も2019年まで減少傾向だったのが、2020年から増加に転じ、2021年に58社純増の1050社にまで増えた。
少ない職員ではあるが、担当者の割り振りを行い、全員参加型で責任をもって運営してやり遂げ、それが会員数の増加や市民の参加意欲増進という成果に結びついたことは、大きな自信につながった。「もっと会員に役立つことができないか」と自然にみんなが考えるようになり、傾聴や提案が当たり前にできる気風が生み出された。結果として経営指導員だけでなく、全職員が積極的に伴走支援に取り組むことが実現しているという。
連携で経営指導力をアップ
経営指導そのものにも、さまざまな知恵と工夫を重ねている。コロナ禍で急増した補助金申請にどう対応するべきか。特に事業再構築補助金やものづくり補助金に採択されるには、しっかりした事業計画づくりが欠かせない。ここでは、県連の広域指導員の力を借りた。県連の広域指導員は、東部、中部、西部の各地区に3名ずつ計9名いる。中小企業診断士の資格を持つ者や金融機関からの出向者、ITツールに精通している者など、それぞれが得意分野を持っている。例えばアフターコロナを見据えて、事業の再構築に取り組む企業向けの補助金「事業再構築補助金」は、事業計画書の作成が肝となるが、広域指導員と連携してアドバイスをすることで、ブラッシュアップすることができた。また、静岡県独自の補助金や経営革新計画、経営力向上計画など、県や国の支援策のどれがこの企業に適切かについても、商工会の経営指導員と県連の広域指導員が連携して検討し、企業にとって無理なく段階を踏んで申請できるように工夫している。
経営指導員の落合氏は「申請に必要な書類は、会員企業に書いてもらい、それをこちらで磨き上げるやり方をとっている。企業が自分の進むべき道をしっかりと意識してもらうためには、このやり方が適切だと考えている。そのためにも個々の企業が何をしたいのかを1社1時間ぐらいかけて丁寧にヒアリングし、方向性を一緒に導き出すよう心掛けている。県連の広域指導員が最初からかかわることもあるし、計画書作成の最後の段階で相談に乗ってもらうなど、ケースバイケースで対応している」と言い、密接に連携して企業に対応している。
また、中小機構の仲介で都内の企業内中小企業診断士14名に来てもらい、半年間にわたって会員企業を支援してもらうといった取り組みも実施している。他地域の診断士がかかわることで、気づかなかった企業の良さを引き出してもらおうというものだ。2022年度は3社がこの事業に手を挙げた。今年度も引き続き継続していく計画だ。
支援企業を訪問
最初は不信感、今ではなんでも相談する関係に 有限会社ラブリーホースガーデン(静岡県島田市、松島和徳代表取締役)
「実は商工会には最初いい印象を持っていなかった。イベントばっかりで、どうせ当社には何もしてもらえないだろうと思っていた」。ラブリーホースガーデンの松島和徳社長は、かつては商工会と距離を置いていた。同社の事業は乗馬レッスン教室、宿泊施設の運営、堆肥販売、移動動物園の4本柱。新型コロナが流行しだした矢先に、父親である先代社長が亡くなり、松島社長一人で異なる4つの事業を切り盛りするのに精いっぱい。父親が経営していたガソリンスタンド事業の経営も担うこととなり、さらに負担は増加した。
そんな中、落合氏が粘り強く同社にアプローチし、話をする中で「自転車操業的だった事業を整理して示してくれ、自分のやるべきことを一緒に考えてくれる」と感じるようになった。同時に、補助金申請も最初は持続化補助金、さらに県の経営力向上事業費補助金など、寄り添って申請書作成に取り組み、採択された。ものづくり補助金の申請に挑戦した時は、「当初はこんな大きな補助金、うちには無理だろうと思っていた」と言うが、落合氏だけでなく、県連の広域指導員とも連携して、採択された。ところが、事業を進める段階で予定していた融資が受けられないという事態に直面、すると今度は県連の広域指導員が金融機関に掛け合って融資も引き出してくれた。「こんなにうちの会社のために汗水たらしてくれる人がいるんだ。経営者として周りに相談できる人がいることが、こんなにもありがたいことなのだと思い知った。だからこちらも経営の中身を全部見せている」と、心を開いて相談するようになっていった。「補助金に挑戦したことで、社内のコンテンツの充実や事業の整理、自社の強みの明確化、やるべきことの把握ができた。これは補助金をお金として受け取ること以上にメリットがあり、商工会と共に挑戦して良かった」と感じている。
同社はものづくり補助金で、日本でもまだ導入事例が少ない乗馬体験ができるシミュレーターを導入した。乗馬初心者の人にまずシミュレーターで乗り心地を体験してもらい、その次に実際の馬に乗ってもらうことで、緊張せずに乗馬が楽しめるようにするのが狙いだ。コロナ禍の最中は、宿泊客がゼロになるなど、苦労を重ねたが「今年はリスタート。春先から週末にカフェを開設すると、人が集まってくるようになった。今までは遠くから客を呼ぶことを考えていたが、地域の方々の交流の場となり、将来はテーマをもった村のような場所になっていけたら良い」と構想を練っている。
松島社長は今では商工会の青年部メンバーとして、地域の若手経営者をけん引する役割を担っているほか、商工会が開催する勉強会にも参加し、経営者としてのスキルアップに努めている。「どん底にいた時に手を差し伸べてくれたことは忘れない。そのためにも、地域が元気になることで商工会に恩返しをしていきたい」と、商工会活動にも積極的に参画している。