経営支援の現場から

伴走から自走へ—事業者の「気づき+行動」を促す支援に注力:深谷商工会議所(埼玉県深谷市)

経営環境の変化が非常に激しい中「本質的な経営課題は何か?」を見極めて解決につなげる「課題設定型」の支援が注目されている。多くの中小・小規模事業者にとって最も身近な存在である商工会議所・商工会では、この課題設定型支援の取り組みが広がりつつある。経営支援の現場における新たな挑戦をレポートする。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)

2023年 7月 6日

約2000者の会員事業者を抱える深谷商工会議所の経営指導員
約2000者の会員事業者を抱える深谷商工会議所の経営指導員

深谷商工会議所は、経営革新計画や補助金申請時の事業計画など事業者の計画策定の支援に力を入れている。その際に意識しているのが支援先事業者の“自走化”だ。事業者に寄り添った支援を通じ、やがては事業者自身が課題に気づき、課題解決に向けて自発的に行動してもらう。こうした「伴走から自走へ」の流れを目指し、事業者に喜ばれる支援を心掛けている。

各種の計画策定、商工会議所が取り組むべき支援の本丸

商工会議所の改革や支援の在り方などについて議論する「イノベーション会議」
商工会議所の改革や支援の在り方などについて議論する「イノベーション会議」

埼玉県北部に位置する深谷市は“近代日本経済の父”渋沢栄一の生誕地としても知られる。歴史を遡れば、室町時代の武将、上杉房顕が15世紀半ばに深谷城を築き、その周辺に形成された城下町が現在の市中心地の始まりだ。その城跡に整備された城址公園に隣接するのが深谷商工会議所である。

建設業や製造業、卸売・小売業、飲食業など約2000者の会員事業者を抱える深谷商工会議所が特に重視しているのが、中小企業等経営強化法に基づく経営革新計画・事業継続力強化計画や補助金申請の際の事業計画といった計画策定に対する支援だ。商工会議所の事務局長兼中小企業相談所長をつとめる鈴木浩史氏は「イベントの支援などと異なり、各種の計画策定を通じて事業者自身が現状の課題・やるべきことに気づくといった効果が期待できる。これこそ当商工会議所が取り組むべき支援の本丸だ」と話す。

計画策定の支援を強化するため、商工会議所自身の経営革新と職員のさらなるスキルアップが必要と判断。10年ほど前からは、民間コンサルティング会社をアドバイザーとして「イノベーション会議」を月1回開催し、職員らが商工会議所の改革や支援の在り方などについて議論を交わしてきている。

事業者の“自走化”も常に意識している。商工会議所の経営指導員は現在4人。マンパワーが限られているなか、効率的に支援していくには、事業者に独り立ちしてもらうことが望ましい。最初は指導員の助けを借りながら計画策定を行うにしても、慣れるにつれ、事業者自身が経営課題に気づき、その解決に向けて行動する。そうした「気づき+行動」を促すよう各種のマニュアルや支援ツールの作成・活用、セミナーの開催などを行っている。「できる事業者には自走してもらう。もちろんわからないとき、慣れていないときには当商工会議所を頼ってもらいたい」(鈴木氏)というのが支援における基本的な考え方だという。

イノベーションマトリックスで素早く効果的に現状分析

支援ツールのひとつが「イノベーションマトリックス」だ。民間コンサルティング会社と共同で考案したもので、中小・小規模企業のビジネスモデル再構築に活用されている。縦横3つずつ計9つのマスの中心に事業計画の対象となる「商品・サービス」のマスが位置し、その周りを「ターゲット・顧客」「調達・生産」「ヒト」といった8つのマスが囲っている。各マスについて質問シートが付いており、事業者が自問自答しながらマスを埋められるよう工夫されている。これらのマスに現状や見込みなどを書き込んでいくことで、簡単に素早く、そして効果的に現状分析やビジネスモデルづくりを進められるという。

経営支援課課長補佐で経営指導員の倉上元徳氏は「最初は事業者にヒアリングしながら一緒に書き込んでいるが、慣れてくれば事業者だけで記入できるようになる」と話す。既存の商品・サービスだけでなく、新規事業についても活用でき、「しっかりと書き込めないコマがひとつでもあれば、まだ立ち上げる段階には至っていない、と判断できる」(倉上氏)という。

このほか、項目ごとのチェックで最後に点数が出てくる「生産性向上チェックリスト」や、セミナー参加後に実際の行動につなげてもらおうという「ことだまシート」といったツールを活用。マニュアルでは、BCP作成マニュアルのほか、最近ではSDGsとDXの取組状況を診断できる「SDGs&DXマニュアル」を作成している。

支援ツールの「イノベーションマトリックス」。事業者が自問自答しながらマスを埋めていく
支援ツールの「イノベーションマトリックス」。事業者が自問自答しながらマスを埋めていく

起業に向けアドバイス、動画作成で事業者を紹介

会員事業者の動画を作成してYouTube公式チャンネルで紹介
会員事業者の動画を作成してYouTube公式チャンネルで紹介

7、8年ほど前からは創業支援にも力を注いでいる。商工会議所が深谷市に要望して導入された同市の起業家支援事業補助金交付制度では、補助金申請の際に商工会議所に相談したうえで推薦書を出してもらうことが要件に含まれている。そのため起業について年に30~40件ほどの相談を受けているという。経営指導員の小暮雄一氏は「起業したいと言うだけで事業内容が漠然としているケースが多い。相手の話をじっくりと聞いたうえで、必要なアドバイスを行い、アイデアの棚卸しなど起業に向けた支援を行っている。また、創業時に対話を重ねて事業計画を作ってもらうことで、その後の計画策定にも抵抗感がなくなる」と話す。

たとえば、5年ほど前に30代の男性から相談を受けたときのこと。市内のバイク修理工場で働いていた男性はとくに旧車(製造年度が古い車)のバイクに興味があり、旧車を仕入れ修理を施して販売する事業を始めたいと考えていた。人気の旧車を見極める目は持っているが、店舗を持つには資金が足りず、また修理の技術にも自信がなかったという。

そこで商工会議所では「まずは仕入れた旧車をネットオークションで販売することから始めてみてはどうか。軌道に乗ってきた段階で店舗を持ち、修理工を雇って事業を本格化させればいい」とアドバイス。それにしたがって男性はネット上で起業し、その後、商工会議所の支援も受けて事業を拡大。今では実店舗を構えて従業員2人を雇用し、年商は2億円にのぼる。このケースを含め、開業した事業者の9割は商工会議所に入会しているという。

ユニークな取り組みとしては動画作成がある。会員事業者の動画を作成し、商工会議所のYouTube公式チャンネルで紹介している。昨年には美容サロンや整骨院、学習塾など40のサービス事業者を掲載した小冊子「知らなきゃ損!くらし役立ちサービス40」を作成。事業者ごとに付けられたQRコードから動画にアクセスできる。また毎月発行している「深谷商工会議所報」でも、動画につながるQRコード付きで飲食店の紹介記事を掲載している。

これらの動画はプロから手ほどきを受けた商工会議所の職員が作成しているが、短い宣伝動画を撮影・編集するセミナーを開くなどして動画作成でも事業者の“自走化”を後押ししている。

「ありがたみを感じてもらえる支援」に取り組む

深谷商工会議所は自走を目指した支援に注力
深谷商工会議所は自走を目指した支援に注力

限られた人員で一連の取組を進める商工会議所が常に心掛けているのが情報共有の徹底、そして外部の専門家との連携だ。「職員の異動や退職があるなか、担当者しかわからない、ということでは事業者も困る。また職員にも得意・不得意があり、自分が得意とする支援策を事業者に勧めがちだ」と鈴木氏。そうした事態を避けるため、職員間だけでなく、外部の専門家との間でも情報を共有し連携して支援にあたっている。「とくに昨今は経営課題がいっそう複雑・多様化しており、課題に応じて専門家との連携を深めていくことがより重要になっている」(鈴木氏)という。

計画策定支援を核として、独自の支援ツールやマニュアルの活用、専門家との連携などを進め、商工会議所は事業者自らの「気づき+行動」を促していく。鈴木氏は「自走を目指して支援に注力するようになってからは、会員事業者から『ありがとう。助かった』とよく言ってもらえるようになった。これからも事業者にありがたみを感じてもらえる支援に取り組んでいきたい」と話している。

支援企業を訪問

補助金申請を通じて商工会議所から事業計画策定支援、3回目で独り立ち 株式会社滝澤酒造(埼玉県深谷市、滝澤英之代表取締役)

スパークリング純米酒「菊泉 ひとすじ」を手にする滝澤英之氏
スパークリング純米酒「菊泉 ひとすじ」を手にする滝澤英之氏

江戸時代末期の1863年に創業し、1959年に法人化した滝澤酒造株式会社。1900年に旧中山道沿いに移転した現在の店舗は、高さ20メートルを超えるレンガ煙突と酒蔵を示す杉玉が下がった店構えとが歴史を感じさせる。「さけ武蔵」をはじめとした埼玉県産米と荒川水系の伏流水といった地域の風土をいかして地酒を造り、代表銘柄である「菊泉(きくいずみ)」大吟醸は全国新酒鑑評会で15回の金賞を獲得している。

淡いピンク色が特徴の「菊泉 ひとすじロゼ」
淡いピンク色が特徴の「菊泉 ひとすじロゼ」

6代目となる滝澤英之代表取締役は杜氏(とうじ)でもあり、経営と酒造りの最高責任者をつとめる。滝澤氏が取り組んだのが発泡性日本酒だ。そして2016年、シャンパンの製法を応用したスパークリング純米酒「菊泉 ひとすじ」を発売。「ひとすじ」というネーミングは、グラスに注いだときの一筋の泡立ちと「酒造りひとすじ」を意味している。続いて2018年、赤色酵母由来の淡いピンク色で高級感を出した「菊泉 ひとすじロゼ」を送り出した。2021年には、世界最大規模のワインコンペティション「インターナショナルワインチャレンジ(IWC)」のSAKE部門で「ひとすじ」と「ひとすじロゼ」がそろって最高の栄誉となる「トロフィー」に選ばれるなど、海外でも高い評価を受けている。

さらに今年秋には、より高度に精米して製造した新商品「菊泉 ひとすじレイ」を発売する予定。大吟醸酒並みの精米歩合で、価格は1本3万円(税別)という超高級スパークリング日本酒だ。

同社の新たな代表銘柄となった「ひとすじ」の開発に際し、滝澤氏は深谷商工会議所の支援を受けた。中小企業庁のものづくり補助金を活用することとした滝澤氏は2014年、申請について商工会議所に相談。「それまで補助金の申請を作成したことがなく、自分では書けそうになかった」という滝澤氏。商工会議所の経営指導員、倉上元徳氏や民間コンサルティング会社と打ち合わせを行い、申請書類の記入や必要な資料の準備などの支援をしてもらった。

倉上氏らが強調したのは、スパークリング日本酒の革新性や国内外の受賞歴など自社の強みを前面に出すことがポイントだという点。「申請書類はA4の紙1枚ぐらいでいいのかと思っていた」という滝澤氏だったが、「文章だけでなく、図解などビジュアル的にわかりやすい資料をそろえるといいともアドバイスを受けた」という。その甲斐あって申請は一発で通り、補助金の交付を受けられることとなった。

歴史を感じさせる店構えの滝澤酒造
歴史を感じさせる店構えの滝澤酒造

「(商工会議所からは)補助金の情報を教えてもらっているほか、最後まで面倒を見てもらえるのが本当に助かる」と話す滝澤氏はその後も補助金を活用した。そして、コロナ禍を受けて始まった事業再構築補助金でも商工会議所の助けを借りて申請書類を作成。このときは2回目とあって、ものづくり補助金の申請時に比べてはるかにスムーズに書類を書き上げることができたという。さらに、酒類事業者の新たな取組を支援する国税庁の新市場開拓支援事業費補助金(フロンティア補助金)では、商工会議所に頼ることなく申請し、採択された。「申請書のスキームはほぼ同じ。過去2回の申請で事業計画を作成するノウハウが蓄積され、自分一人でできるという自信がついた」と滝澤氏。商工会議所が重視している事業者の“自走化”が実現した格好だ。

自力で獲得したフロンティア補助金を活用して滝澤氏が次に目指すのは、生のスパークリング日本酒だ。日本酒の製造過程では通常、品質を保つために加熱処理を施している。これに対して生酒ではフレッシュな味わいを保つために加熱処理を行わない。補助金によって必要な装置を導入し、「生の特徴であるフレッシュさを保ったスパークリング日本酒を2年後には売り出したい」と滝澤氏は話している。

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