社会課題を解決する

治療用アプリ開発・普及を進める「株式会社CureApp」

2022年 4月4日

佐竹晃太社長
佐竹晃太社長

病気を治すために、従来の医薬品やハードウエアだけでなく、患者の行動変容に着目した治療用アプリという新しい手法がある。普及すれば健康維持のほか、医療費適正化など社会課題の解決にも役立ちそうだ。中小機構主催の「第21回Japan Venture Awards」で最高賞にあたる経済産業大臣賞を受賞したニコチン依存症やアルコール依存症など様々な疾患のアプリ開発を行う株式会社CureApp(キュアアップ)の佐竹晃太代表取締役社長兼医師(39)に話を聞いた。

論文の衝撃

JVA授賞式で、左は細田健一経済産業副大臣
JVA授賞式で、左は細田健一経済産業副大臣

きっかけは、2013年初夏から14年まで1年間、米メリーランド州のジョンズ・ポプキンズ大学医学部大学院に留学していた時に読んだ論文だった。

糖尿病患者にアプリを使ったデジタル療法を試みたときの効果を説いた論文だ。患者が個々の状態をスマートフォンのアプリに入力すると、症例に合わせて生活習慣を指導するメッセージや動画が出てくる。それに従って食事や運動などをセルフコントロールすると糖尿病を示す数値が次第に改善されてくる。アプリを使った人と使わない人とでは明らかに数値に差があり、使った人の数値は糖尿病の治療薬と比べても遜色ない効果を示していた。

衝撃だった。それまでの医師としての経験では、病気を治すには、薬を飲んでもらうか、手術をするしかなかった。それなのに、薬と同じくらいの効果を持つ、アプリを使ったデジタル療法がある。医師として、ものすごく惹かれた。同時にビジネスとして大きく成長できる可能性も感じた。2013年後半のことで、米国でデジタル療法が始まりつつある時期だったが、日本でもこのアプリをしっかり育てれば米国と同じようなスピード感で新しい産業育成ができるのではないかと考えた。

最初のアプリ開発に6年

ニコチン依存症治療用機器一式。中央は患者呼気中の一酸化炭素濃度を測る端末
       ニコチン依存症治療用機器一式。中央は患者呼気中の一酸化炭素濃度を測る端末

2014年夏前に帰国し、同年7月、会社を立ち上げた。当時の日本には、治療用アプリに対する薬事承認や保険適用をはじめ、医師がアプリで処方する概念すらなかったが、「病気で困っている患者さんだけでなく、医療従事者を手助けできるし、社会的な意義もある、アプリを完成させて役に立ちたい」と強く念じていた。米国に自費留学したため手持ちが少なかったが、親族などから資本金300万円を調達した。

2014年12月、総務省のベンチャー支援助成金「I-Challenge」に採択された。「助成金数千万円が下り、ベンチャーキャピタルから投資も頂いて、人を集めたり、開発を進めたりと事業を加速させることができた」と振り返る。その後も経産省やNEDO、東京都と幅広い省庁から次々に支援が決まった。

最初のプロダクトはニコチン依存症治療用アプリに決めた。喫煙は深刻な死亡要因のひとつで、治療は患者の心理的ケアが極めて重要なのに、ケアしきれていないというのが佐竹さんも含め多くの医師が抱える課題だったからだ。

だが、自社に開発チームをつくったものの、ソフトウエア開発経験ゼロの佐竹医師にとって、道は平たんではなかった。ラッキーだったのは、同社の共同創業者で、慶大医学部で3年後輩だった鈴木晋さんの存在だ。在学中からコンピュータープログラミングを手掛けていて、医療もソフトウエアも分かる彼が最高開発責任者(CDO)として治療用アプリのベーシック開発を手伝ってくれた。それでも患者の使い勝手が良いソフトを求め、4回、5回とアプリをゼロから作り直した。

医療の世界はエビデンス(証拠)が非常に大事だ。アプリを実際に患者に使ってもらい、効果を測る臨床試験を何回も行った。治験の中で、アプリを使った方が、禁煙成功率が高くニコチン依存率も減るということを学術的にしっかり証明し、論文化してデータを公表していった。こうしたエビデンスの積み重ねで、2020年8月、ニコチン依存症治療用アプリに日本初の薬事承認が下りた。同年12月に保険適用にもなったため、販売を開始した。研究開発は2014年から6年間に及ぶ。他社との競合優位性を保つのに必要な多くの特許も取得済みだ。

第2弾は高血圧症治療用アプリ

ニコチン依存症治療用アプリの画面
ニコチン依存症治療用アプリの画面

創業直後からニコチン依存症治療用アプリを日本禁煙学会などで積極的にアピールした甲斐あって、同学会の禁煙治療のガイドラインに標準治療として掲載されるなど、少しずつ認知が進み、現在は日本国内の数百の病院・医療機関で導入され、禁煙外来で保険診療の治療用アプリが処方されている。アプリ導入でニコチンの心理的依存の改善がみられ、禁煙に成功した人も出てきた。

ニコチン依存症の後は、高血圧症、NASH(ナッシュ)と呼ばれる非アルコール性脂肪肝炎、アルコール依存症、次が乳がん、最後が慢性心不全と、順番に開発に着手している。いずれも患者数が多く、治療ニーズの高い疾患だ。

第2弾の高血圧症治療用アプリはすでに治験が終了し、2021年に薬事申請をしており、2022年中に承認される見込みだ。承認されれば、街のクリニックでもパソコン1台あれば医師が処方できるようになるという。

2022年現在の従業員数は160人を超えた。東京都日本橋小伝馬町の本社のほか、19年3月、米国西海岸に子会社を設立、米国でも事業を進めている。マーケットは日本だけに留まらない。当面は日本と米国、次は中国などアジアを視野に入れている。

新型コロナウイルス感染症の拡大で、病院から営業活動を断わられることもあったが、コロナをきっかけにオンライン診療など医療のIT化が進んだ。「オンライン診療でケアがしっかりできない分をアプリで補強していく」と前向きだ。

治療用アプリ産業育成を

将来展望を語る佐竹社長
将来展望を語る佐竹社長

21年から重点的に取り組んでいるのは、治療用アプリの認知と普及だ。ニコチン依存症治療用アプリが数百の病院で導入されているといっても、医療機関全体からみればまだほんの一部にすぎない。薬と同じくらい効果があって、薬の副作用を気にしなくていい治療があるということを患者に知ってもらいたい。治療用アプリに対する医師の理解も広がる必要がある。患者の役に立つだけでなく、保険診療ができるから医療従事者や病院の収益も上がる。メリットは少なくないはずだ。

治療用アプリは、高い医療費や医療間格差の是正にも良い影響を及ぼす。日本の医療費は年間約45兆円で、近い将来50兆、60兆円にも増大すると試算されている。高齢化の影響もあるが、値段が数千万円する新薬や億単位の手術ロボットなど先端医療が登場しているのも医療費高騰の一端だ。ひとつの新薬を出すのに最低で平均1000億円要る。アプリの開発コストは治験費用を含めてもその数十分の1、数億から数十億円だ。新薬より圧倒的にコストが安く、費用対効果が高い治療用アプリは、医療費適正化に貢献できるのではないか。

海外ではアメリカ、ドイツ、イギリス、フランスで治療用アプリの治験成功や薬事承認事例が複数出てきている。日本でも、2014年に同社だけだった治療用アプリ開発をベンチャー企業や医薬品メーカーなど約10社が手掛けるようになっており、今後も増えるだろう。「ソフトウエアを使った新しい治療法を育成し、10年後は日本経済を支えるひとつの大きな産業として確立させたい。治療用アプリを活用することで、一人でも多くの患者さんの病気を良くして健康に資するような価値を作れるように」と話す。

佐竹さんは毎週木曜日の午後、東京都渋谷区の日本赤十字社医療センター呼吸器内科で医師として勤務している。起業したばかりのころ、医師の仕事から離れていた時期があり、困っている患者さんを助けたいという思いが少しずつ薄れていくのを感じたからだ。週に一度でも病院に来て診察することで、自分はなんのためにこの事業をやっているのかという原点に立ち返ることができる。治療用アプリの旗手は初心を忘れていない。

企業データ

企業名
株式会社CureApp(CureApp, Inc.)
Webサイト
設立
2014年7月31日
資本金
1億円
従業員数
160人
代表者
佐竹晃太氏
所在地
東京都中央区日本橋小伝馬町12-5 小伝馬町YSビル4階
Tel
03-6231-0183