ソニー創業者
井深大(ソニー) 第3回 ソニー成功秘話
著者・歴史作家=加来耕三
イラスト=大田依良
磁気録音機=テープレコーダーの製造であった。
NHKに進駐軍が一台のテープレコーダーを持ち込んだのを見た瞬間、井深は自分たちの造るものはこれ以外にない、と決断した。
ごく初歩的な原理の、それも一部分しか分からず、テープひとつとっても、材料もなければ磁気材料の塗り方も分からない。製作は、試行錯誤のくりかえし。しかし、井深は決して中断、撤退はしなかった。
のちに彼は、次のような述懐を残している。
こういう目的を達成したいと思ったら、無謀と思われることでもやろうという姿勢は同じですね。目的をピシャッと決めて、その目的達成のためにはどんな困難があってもやり抜いてきたのです。目的意識というのが非常に強い。
そりゃあ、すべて新しい物を作るのだから、初めはなかなかうまくいかないし、製品の歩留まりも悪いのだけれど、ついには完成させた。偉そうな言い方になりますが、ものを作る本質をわきまえてやってきたということでしょうか。
そもそも、日本の産業界ではサンプルのない製品を作ったことがなかった。これを打ち破ったのは、本田さんやわれわれだと自負しているのです。
(小島徹著『井深大の世界』毎日新聞社)
では、忍耐強く目的達成に辿りつけた秘訣は、どこにあったのだろう。
技術者として、本田さんと私とのあいだに共通していたのは、ふたりとも、厳密にいえば技術の専門家ではなく、ある意味で“素人”だったということでしょう。
技術者というのは、一般的にいえば、ある専門の技術を持っていて、その技術を生かして仕事をしている人ということになるでしょう。しかし、私も本田さんも、この技術があるから、それを生かして何かしようなどということは、まずしませんでした。最初にあるのは、こういうものをこしらえたい、という目的、目標なのです。それも、ふたりとも人真似が嫌いですから、いままでにないものをつくろうと、いきなり大きな目標を立ててしまいます。この目標があって、さあ、それを実現するためにどうしたらいいか、ということになります。この技術はどうか、あの技術はどうか、使えるものがなければ、自分で工夫しよう、というように、すでにある技術や手法にはこだわらず、とにかく目標に合ったものを探していく——そんなやり方を、私も本田さんもしていました。(中略)
こういう話をすると、ずいぶん無茶苦茶をしていたものだと感じられるかもしれませんが、まったくそうなのです。本田さんも私も、目的を達成しようという執念がひじょうに強い。目的のためには、どんなに無茶苦茶に見える手法であろうと、取り入れられるものはなんでも取り入れるのです。その意味で、技術的には専門家でも玄人でもなく、まったくの“素人”なのです。 しかし、“素人”がこうして、ひとつひとつ苦労して自分自身の手でつくりあげていくからこそ、人真似でないものができるし、人が真似をできないものがつくれるのです。この“素人”という点では、本田さんも私も、まったく同じだったのだと思います。
(『わが友本田宗一郎』)
別なところで井深は、本田と行なったゴルフのプレイを語っている。木の根っこにボールが飛んでいくと、本田は
「キャディーさん、ノコギリを持ってきてくれないか」
と冗談を飛ばしたという。よけて通らず、なぎ倒してでもまっすぐに進む。この姿勢が、世界へのパスポートであったように思われてならない。
井深はついに、日本初のテープレコーダーを作り、テープも製作。双方を作った会社というのは、おそらく例がなかったのではあるまいか。(この項つづく)
掲載日:2006年1月18日