パリのアスリートを支える
物理療法機器で選手の「ベストパフォーマンス」をサポート【伊藤超短波株式会社(埼玉県川口市)】
2024年 3月 11日
超短波治療器をはじめとした物理療法機器のパイオニアとして100年以上の歴史を有する伊藤超短波株式会社。野球、サッカーなど国内外のプロ選手ら多くのアスリートの治療やコンディショニングをサポートし、スポーツ界を陰で支えている企業である。25年前に「ITO Sports Project」を立ち上げて以来、五輪では柔道など数多くの競技でメダル獲得を陰から支える。今夏のパリ大会でも各選手がベストパフォーマンスを発揮できるよう応援していく。
他人の幸せを優先する「菩薩行」の精神で多くの人を健康に
物理療法は、理学療法の一種で、超音波や低周波、電気、温熱などの物理的刺激で症状を軽減し、基本的な動作能力の回復を図るための治療法。同社の創業者・伊藤賢治氏は、アメリカでレントゲンの研究を進めたのち、1916年に東京医学電気株式会社を設立し、日本初の交流式レントゲン装置の開発に成功。その後、ドイツの学者の論文から超短波の治療効果を知った伊藤氏は独自に研究した末、1934年に日本初の医療用大型超短波治療機器を開発した。その2年後には小型化した家庭用超短波治療器を世に送り出した。戦後の1946年、伊藤超短波研究所株式会社を設立(1957年の改組で現社名に)。低周波治療器など各種の物理療法機器を開発・製造している。
伊藤氏が常々口にしていたのが「菩薩行(ぼさつぎょう)」の精神。自分よりも他人の幸せを優先するという利他の心を信条とし、商品を売って金儲けするのではなく、一人でも多くの人を健康にすることを第一に考え、実践していた。実際、買うお金がなかった人たちに無料で治療器を提供したことも。7代目社長の倉橋司氏は「引退後に(伊藤氏が)箱根で暮らしていた際には『あのときの代金を少しずつでも支払いたい』と現金書留がときどき届いたというエピソードを聞いたことがある」と話す。
シドニー五輪前年に「ITO Sports Project」スタート
創業者の思いを受け継いだともいえる取り組みの一つが、アスリートの治療やコンディショニングをサポートし、活躍を応援しようという「ITO Sports Project」だ。始まりはシドニー五輪を翌年に控えた1999年のこと。もともと柔道関係者とのつながりが深かったことから、全日本柔道連盟から依頼を受け、選手のサポートをスタート。五輪本番では、前の試合で痛めた部位を同社の治療器でケア。次の試合に臨めるようにするなどの支援を行った。もちろん物理療法機器ならば飲み薬などと異なりドーピングの心配もない。
シドニーで金メダルを獲得した野村忠宏選手をはじめとする多くの選手が治療器を持ち歩いていたことで、他の競技の選手からも注目されるようになり、その後、同プロジェクトのサポート対象は拡大。全日本柔道連盟の公認スポンサーとなっているほか、新体操日本代表チームや日本陸上競技連盟、日本ホッケー協会、日本トライアスロン連合といった競技団体、JリーグやBリーグのチーム・クラブなど現在40以上の団体と契約を結んでいる。
「ITO」の評判は海外にも広がっている。中国・上海事務所の開設(1994年)、世界最大の医療機器関連展示会「MEDICA」への初出展(1996年)など早い段階で海外展開を進めたことや、日本国内でプレーした外国人選手が本国に戻って同社製品を紹介したことによるもので、2002年のサッカー・ワールドカップ(W杯)日韓大会では多くの国々の代表チームから依頼があり、無償で機器を貸し出したという。
また2016年のリオデジャネイロ五輪では外国選手の歴史的快挙に貢献した。同社の事務所があるベトナムで治療器を代表選手団に提供したところ、同国初のメダル獲得につながった。ベトナム政府からは「おかげさまでメダルが取れました」と感謝されたという。倉橋氏は「1998年に事務所を設置して以来、ベトナムとは長い付き合いがある。メダル獲得でお役に立てることができ、大変うれしかった」と話す。場合によっては日本選手のライバルになりうる外国選手に対しても“菩薩の心”でサポートしている格好だ。
カヌー・羽根田選手、男子バレー・石川選手、髙橋選手も
個人で同社の治療器を所有・使用するアスリートも数多い。大リーグで活躍する前田健太投手やプロゴルファーの有村智恵選手、カヌーでパリ五輪代表に内定している羽根田卓也選手、男子バレーボールの主力メンバーである石川祐希選手と髙橋藍選手ら枚挙にいとまがない。
このうち、日本体育大学に籍を置きながらイタリアでプレーする髙橋選手は昨年、同社のインタビューに答え、「夜に(治療器を)使用すると朝には感覚が違っていて、膝が楽に感じられる。治療器は欠かせないセルフケアアイテム」と話していた。また、当初はトレーナーからの指導どおりに使用していたが、「その後、自分なりに試行錯誤しながらセルフケアも行い、1年前くらいに現在のやり方に至った」と述べ、カスタマイズした使用方法を続けているという。
こうしたアスリートたちの声は同社にフィードバックされ、活用されている。第一営業本部スポーツ事業推進統括の荒井慧氏は「競技ごとに効果的な使用方法や設定方法が蓄積されてきており、それらのノウハウをもとに、ケガなどを早く治すという当初の目的から、ケガをしないようにするコンディションづくりへと進み、さらに現在は選手のパフォーマンスを向上させることも目的となっている。当社の機器を勝つためのアスリートの武器にしていきたい」と話す。
負傷したアスリートが秘密裏に治療、早い回復に驚き
治療器を使用するアスリートからはこんな話も。リオ、東京と2大会連続出場した女子体操の杉原愛子選手は、2019年の冬から翌年春にかけて右足の舟状骨(しゅうじょうこつ)が完全骨折寸前の状態となり、その手術後の治療の際に同社の超音波骨折治療器を使用した。これは超音波の音圧効果で骨折部位の骨の形成を促進する機器。負傷した部位に当て続けるだけで特に刺激はなく、杉原選手は「これで治るの?」と半信半疑だったが、数日で痛みが軽減され、予定より2カ月ほど早く復帰できたという。
思いのほか早い回復に杉原選手は驚いたが、一方で荒井氏らは、杉原選手がそれほど大きなケガをしていたことを東京五輪からだいぶ経ってから知り、驚いたという。知っていたのは担当の社員だけ。「アスリートのケガなどコンディションはトップシークレット。時期によっては代表選考にも影響を及ぼしかねないだけに厳しく情報統制が行われる。社長や上司に報告する必要もない」と荒井氏は話す。
このほかにも、日本代表選考に関わる大会の数週間前にある選手が事故に遭って負傷するというアクシデントがあった。負傷の事実は伏せられたまま、同社は治療器を貸し出してサポートした結果、選手は大会で優秀な成績を残すことができ、その後の五輪では見事メダルを獲得した。荒井氏は「表に出せない話が非常に多いが、自分たちはいい仕事をしているんだ、と胸を張って言える」と強調した。
世界が注目する大舞台に向け代表選手を支援
パリ大会では、会期中だけでなく、競技ごとに国内外で行われる事前合宿でもサポートを行っていく。大会本番よりも厳しい練習が行われる事前合宿の方がケガなどコンディションを崩すリスクが大きいという。そのため同社では、治療器を貸し出すとともに、社員が現地に出向き、使用方法などについて選手向けに研修を実施する。個人所有の機器を持参する場合にも個別に対応するなど、選手ひとりひとりに寄り添った支援を心掛ける。また、日本とは電圧が異なる海外での合宿もあるが、約100カ国に輸出しているなど積極的な海外展開を進めてきたことで、「どの国でも当社の機器が十分な効果を発揮できるという自信がある」(倉橋氏)という。
そのうえで倉橋氏は「ハードな練習でもコンディションを崩すことなく十分なトレーニングができる環境をつくり、大会でベストパフォーマンスを発揮できるようサポートしていきたい」と話す。「アスリートの全力をサポートする」との思いを胸に、世界が注目するパリの大舞台に向け、代表選手の果敢な挑戦を支えていく。
企業データ
- 企業名
- 伊藤超短波株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1916年
- 資本金
- 9950万円
- 従業員数
- 333人(2023年12月現在)
- 代表者
- 倉橋司 氏
- 所在地
- 埼玉県川口市栄町3-1-8
- Tel
- 048-254-1011
- 事業内容
- 病院用および家庭用治療器、リハビリテーション機器、健康機器、美容機器などの製造・販売