生産性を考える-IoTとものづくり企業-

ものづくりコミュニティと自動見積・受発注で相乗効果「栗原精機」

熟練の職人技術と最新のコンピューターシステムの「融合」を標榜する精密機械加工メーカーの栗原精機は、経営トップがインターネットを活用した「ものづくりコミュニティMAKERS LINK(メーカーズ・リンク)」を組織化、運営。展示会への共同出展や仕事の紹介などに活用している。今後、同業者が開発した自動見積り作成支援・受発注システム「Terminal(ターミナル)Q」をその会員の間に広めることで、相乗効果を生み出し、それぞれの得意分野ごとに仕事を分け合いながらスムーズに共同受注する仕組みの構築を目指す。

異業種交流組織を主宰

金属棒材の複雑形状加工が得意(写真は内視鏡部品)=栗原精機のホームページより
金属棒材の複雑形状加工が得意(写真は内視鏡部品)=栗原精機のホームページより

精密機械加工メーカー、栗原精機代表取締役社長の栗原稔(くりはら・みのる)氏(57)にはもう一つの顔がある。フェイスブックをコミュニケーションツールとする「ものづくりコミュニティMAKERS LINK(メーカーズ・リンク)」の主宰者としての顔だ。

一世を風靡したベストセラー『MAKERS~21世紀の産業革命が始まる』(クリス・アンダーセン著)を読んで触発され、「メーカーズムーブメントの波に乗ろう」と同業の仲間らに声をかけて、2013年3月にフェイスブック上にこのコミュニティを立ち上げた。3カ月後にはリアルのミーティングを行って中小製造業の仲間づくりを本格的にスタート。現在では、中小製造業の経営者をコアメンバーとしながらも、大手企業のエンジニアや個人事業主のデザイナーなど、何らかのものづくりに関わる人たち約1200人が会員として参加しており、国内だけでなく、「確認できている限りでは、日本語がわかる韓国、中国、ベトナムの人もいる」(栗原社長)という異業種交流組織に育っている。

毎年6月に東京・有明の東京ビッグサイトで開催される「機械要素技術展」に共同ブースを出展するのをはじめ、各地で物販などのワークショップや工場見学会を開いたり、「ただ集まって飲み会をやったり」(栗原社長)している。

もともとは、インターネットなどデジタル技術とものづくりの連携を模索するための情報交換を狙いに始めたものだが、「派生的に、このコミュニティを通じて取引先が増えた」(栗原社長)。同業者も多いだけに、栗原精機の持つ技術や設備の対象外となる仕事を請け負ってもらえる会員をフェイスブックを通じて探すのは、「日常的にやるようになった」(栗原社長)という。

自動見積り作成支援・受発注システムを導入

そんな栗原社長が今、期待しているのは同業者の月井精密(東京都八王子市)が開発した自動見積り作成支援・受発注システム「Terminal(ターミナル)Q」だ。予め作業工程別の時間単価と作業者などをタブレットやスマートフォン、パソコン上の同システムの画面で登録しておくと、依頼先から送られてくる図面を入力すれば見積書が自動的に作成できるシステムだ。それだけでなく、自分のところでは加工しきれない部分を他の同業者に回すなど、協力会社との受発注の事務手続きも簡単にできる。さらに、見積もりから納品に至る金額や納期をはじめとする各種データがクラウドコンピューティングの環境下で自動的に蓄積されていくので、各種の経営分析にも役立てられる。

月井精密が同システムを外販するために設立した新会社が2016年12月にテストマーケティングを始め、2017年8月に正式リリースした。栗原精機は月井精密とはもともと協力会社として長い付き合いがあったことから、テストマーケティングの初期からモニターを依頼され、栗原社長が「ターミナルQ」を使った感想や要望を伝えてきた。

その栗原社長が月井精密に対して強く実現を要望し、「いちばん使えている」と評価するのが「『ターミナルQ』の横の連携」、つまり協力会社との受発注システムだ。予め登録しておいた協力会社との間で、大手企業から受注した一つの製品の部分的な加工工程を融通し合うなどの事務作業が簡単にできるからだ。「それも、複数の同業者との間で同時に、図面や値段のやりとりなんかを非常にスムーズにできる」(栗原社長)。

異業種交流組織と組み合わせて受注共同体も

「中小製造業の受注共同体ができつつある」と話す栗原稔社長
「中小製造業の受注共同体ができつつある」と話す栗原稔社長

こうしたことから、栗原社長は現在、主宰する「MAKERS LINK」の仲間を「ターミナルQ」のユーザーに引き入れることに注力。「ものづくりコミュニティとターミナルQを組み合わせた受注共同体みたいなものができつつある」と語る。

栗原精機は従来から、各種展示会に出展したり、ホームページを充実させたり、中小企業基盤整備機構が運営するマッチングサイト「ジェグテック」に登録したりと、それなりにマーケティングに努めてきた。このため、仕事依頼の問い合わせは多い方だという。しかし、「お引き受けします」と答えられるのは10件のうち1件にも満たないという。他の多くの中小製造業がそうであるように、得意とする加工技術の適用範囲がごく限定的だからだ。それゆえに、栗原社長は、中小製造業同士の横の連携がスムーズにできるようになれば、仕事を受ける範囲を拡大できると期待する。

「ターミナルQ」のもう一つの機能である自動見積り作成支援についても高評価。現在は、従来からの手書きによる見積書作成作業と並行して利用している段階だが、「どこかの時点で、ターミナルQに移行するべく社内態勢を見直すことになる」としている。

というのも、同じ製品の見積書を作成するにも、「鉛筆を舐め舐め」(栗原社長)しながら、忙しい時には高めの金額、逆に仕事がなくて苦しいときには安めの金額を書くなどしていたからだ。つい安い金額で見積もったために、儲からない仕事がいつまでも続いたこともあった。材料を調達するにしても、今は作業者が自分の使いたいタイミングで、頼みやすい事業者に発注しており、後に事業者から伝票が送られてきて初めて経理担当者が仕入れ金額を知るという状況になっている。それが、ターミナルQの活用により、取引ごとのデータが蓄積されれば、材料調達の最も適正な価格や時期がわかるようになるとみている。

今後もコンピューターを積極活用へ

リーマン・ショック直後の苦しい時期に導入したCNC旋盤の前に立つ栗原稔社長
リーマン・ショック直後の苦しい時期に導入したCNC旋盤の前に立つ栗原稔社長

栗原社長は、早くからコンピューターと職人が持つ高い技術力の融合を目指してきた。栗原精機の創業者で叩き上げの職人でもあった父親から従業員が長い時間をかけて受け継いできた技を尊重する一方、自動化、省力化機械の導入を果敢に進めてきた。その象徴的な工作機械が2009年1月に導入したコンピューターによる数値制御(CNC)旋盤だ。直径80mmの棒材の先端部分を多方面から自在に加工できるという先進的な機械だった。

実はその工作機械を発注した直後の2008年9月にリーマン・ショックが勃発。それまで好調に伸びてきていた受注がピーク時の3割にまで急減し、メーカーの森精機から「当然、キャンセルしますよね」と打診があり、いったんはキャンセルした。しかし、「このまま低迷してしまうよりも、いちかばちか賭けてみよう」(栗原社長)と思い直し、父親をはじめ周囲の誰もが反対するのを振り切って導入。受注がどん底のタイミングで工場に設置されたが、ギリギリのところで持ちこたえた。この機械にしかできないデジタルカメラ部品の仕事が舞い込み、業績を再び軌道に乗せることができたのだ。その後、同じ種類の工作機械を3台追加導入、現在の同社の主力事業を担う設備となっている。

人口減少を背景に、中小製造業の人手不足が恒久化する中、栗原社長は今後も生産性向上に向けて、「あくまでも職人の技術をベースとしながらも、コンピューターやロボット、AI(人工知能)などの活用を進めることになる」とみている。

企業データ

企業名
株式会社栗原精機
Webサイト
法人番号
40300001074648
所在地
埼玉県川口市峯68-1
事業内容
精密機械加工