SDGs達成に向けて

“捨てないアパレル”で衣料廃棄問題に一石【株式会社ニィニ(埼玉県蕨市)】

2024年 5月 30日

保坂郁美社長
保坂郁美社長

衣類の大量生産・大量廃棄が社会問題となり、アパレルメーカーの中にも対策に取り組む企業が登場している。株式会社ニィニは衣類の中でも、着物や毛皮、ドレスなどの比較的高額な衣類をリメイクする事業で成長している。一連の取り組みを「捨てないアパレル」と称し、当初は自社店舗で小規模に始めた。やがて同社の考え方に賛同した大手呉服店や百貨店から提携の話が相次ぎ、衣料のリメイク市場で存在感を示すようになっている。

丁寧な縫製に定評

ニィニ本社
ニィニ本社

ニィニ本社1階には、ショールーム兼店舗があり、色鮮やかなドレスやブラウス、ワンピースが並んでいる。その大半が、着物やドレスなどの高級衣料をリメイクし、新しい洋服として生まれ変わらせたものだ。

同社は保坂晴代専務が縫製工場として創業したのが始まり。その後晴代専務の夫の保坂峻氏が社長となり、二人体制で経営していた。素材や丁寧な縫製には定評があり、有名ブランドからも指名が入る実績があった。やがて自社の婦人服のオリジナルブランドを立ち上げ、客の要望に応じてセミオーダースタイルで提供する事業も始めた。紳士服にはオーダーメードがあることは知られているが、婦人服は珍しかったという。その後、娘の保坂郁美氏(現社長)もデザイナーとして経営に関わるようになった。

思いのこもった着物を洋服に

着物をリメイクしたドレス
着物をリメイクしたドレス

リメイクに取り組むきっかけとなったのは、ある時客が着物を手に来店し、「何とか洋服に作り替えられないか」と持ち掛けたことからだった。見るからに高価とわかる着物。絹の生地は縫製に失敗したらやり直しがきかない。「とてもリスクが高いとその時は丁重にことわった」(郁美氏)。しかし、その客がつぶやいた「母が大切にしていた着物だからこのまま捨てるのは寂しい」という言葉が心の中にずっと残っていた。その後も何度か同じような要望が寄せられるようになり、一念発起してリメイク事業に取り組むことを決意した。

ただ、リメイクには独特の難しさがある。生地から自由に裁断して作るものではないので、デザイン面で制約が多い。中でも着物を洋服に作り替えるには、平面の着物を立体的に見せる切り替え技術や裾模様をどう生かすかなど、創意工夫が求められる。試行錯誤をしながら、新しい洋服へと生まれ変わらせる作業は想像以上に大変なものだった。しかし、苦労の末に仕上がった服を見て、客が驚き、喜ぶ姿を見て、この取り組みにはやる意義があることを確信した。洋服のリメイク、バッグやポーチなど客の要望に応じてリメイク技術を磨いていった。

「捨てないアパレル」の誕生

着物をバッグにリメイク
着物をバッグにリメイク

リメイク事業は当初は口コミで持ち込まれたものに対応する小規模なもので、主力事業は縫製のOEM生産だった。そのころ、世界のアパレル産業を震撼させる出来事が起こった。バングラデシュの縫製工場のビルが崩落し、そこで働く1100人以上が死傷した。事故をきっかけに世界的なブランドの服が、劣悪な環境・低賃金で搾取される労働者のもとで縫製されていたことが白日の下となり、アパレル業界への批判が一気に高まった。背景には、ファストファッションの台頭による衣料の大量生産・大量廃棄問題があった。郁美氏はこうした事態を見て「捨てることを前提にしたアパレル産業には限界がある。だったら『捨てないアパレル』に本格的に挑戦しよう」と心に決めた。

中小企業診断士との出会い

丁寧なものづくりには定評がある
丁寧なものづくりには定評がある

リメイク事業を拡大させるには、どうすればいいか。郁美氏があるセミナーを聴講した時に講師をしていた中小企業診断士の秋田舞美氏との出会いが、次の扉を開くきっかけとなった。同社は秋田氏と顧問契約を結び、販路開拓に取り組むことにした。まず、「捨てないアパレル」という同社の考え方を世の中に発信することに取り組んだ。同社のホームページを一新し、考えや、リメイク事業の具体的な内容について分かりやすく説明した。国連のSDGs17の目標の中に同社の取り組みを落とし込み、12番目の目標である「つくる責任、つかう責任」が「捨てないアパレル」と直結しているなど、消費者や取引先に理解してもらえるように表記していった。同時に「捨てないアパレル」を商標登録し、今後の事業拡大に備えた。また、地元の小中学校で製造業の責任や洋服の廃棄を削減することについて特別講義を行ったり、シンポジウム・パネルディスカッションやファッションショーを開催し、一般の人に同社の思いを地道に伝えたりする活動にも取り組んだ。さらに埼玉県が主催する女性のためのビジネスプランコンテストに参加し、最優秀賞を受賞したことで、メディアからも注目されるようになっていった。

小学校で捨てないアパレルの授業
小学校で捨てないアパレルの授業

秋田氏の仲介で大手呉服店が顧客向けに開催する展示会で、着物のリメイクを紹介できるようになり、販路が一段拡大した。神奈川県でクリーング店を多店舗展開する株式会社誠屋から、「捨てないアパレルの方針に共感したので、是非一緒に事業をしたい」と提案され、クリーニング店の顧客にリメイク事業を紹介することにもつながった。また、取引先の金融機関の紹介で知り合った販路開拓アドバイザーを通して、大手百貨店のきものサロンで、着物のリメイクを要望する顧客を紹介してもらうことになるなど、捨てないアパレルは着実に広がりをみせている。ECサイトを開設し、同社がリメイクした服をレンタルする事業も始めた。

事業承継でリメイクを事業の柱に

捨てないアパレルとSDGsの目標との関係を表現
     捨てないアパレルとSDGsの目標との関係を表現
事業承継を終え、捨てないアパレルに磨きをかける 保坂専務(左)、保坂会長(右)
事業承継を終え、捨てないアパレルに磨きをかける 保坂専務(左)、保坂会長(右)

同社は2023年9月に郁美氏の父である保坂峻社長が会長になり、郁美氏が社長に就任する事業承継を行った。郁美社長はリメイク事業の拡大、晴代専務は縫製現場の指揮、峻会長は資金繰りや官庁との折衝と、当面は親子3人で経営を担う。保坂峻会長は「今はまだ縫製のOEM事業が主力で、リメイク事業は小さい割合だが、今後はリメイク事業を柱に据えていく」と、同社の事業を郁美社長が手掛ける捨てないアパレルへと転換させていく。郁美社長は「当社が手掛けるリメイクの服は決して安価ではないが、価値観を理解してもらえる顧客が増えてきたことを実感している。ネットで当社のことを知って、見るからに高級そうな毛皮を送ってこられたときには、さすがにハサミを入れる時に緊張した」と、顧客の思いの詰まった衣料を一つひとつ大切に仕上げていくことを心掛けている。顧客から預けられた服をほどくと、かつて日本で縫製されたものは縫い方が丁寧で「日本の縫製の技術はつくづくすばらしいと実感する」という。そんな高級な衣料でも、廃棄されてしまったり、売っても二束三文の値段しかつかなかったりすることが多い。同社は最近新たに「保護きもの」という言葉を商標登録した。「保護猫」や「保護犬」という言葉があるように、大切なきものや洋服を保護して、新しい命をそこに吹き込みたいという思いが込められている。今後「捨てないアパレル」とともに、同社の企業イメージを示すものとして活用していく。絶滅寸前にあった日本の縫製産業の中で、新しい挑戦をする同社の事業の行く末に注目したい。

企業データ

企業名
株式会社 ニィニ(NINI)
Webサイト
設立
創立1983年4月、設立1992年3月
資本金
1,000万円
従業員数
7人
代表者
保坂郁美 氏
所在地
埼玉県蕨市塚越5-50-4
事業内容
婦人服の企画、デザイン、生産、販売 婦人服のOEM生産