人手不足を乗り越える

多能工化で「休みやすい」職場環境づくり推進【株式会社エーピーシィ(愛知県安城市)】

2024年 9月 17日

エーピーシィの安藤寛高社長
エーピーシィの安藤寛高社長

愛知県安城市で自動車用外装モール部品を製造する株式会社エーピーシィ(APC)は、女性の活躍推進に取り組む中小企業として東海地域でよく知られた会社だ。約60人いる従業員のうち女性の占める割合は8割にのぼる。上司に気兼ねなく有給休暇を取れるしくみを設けるなど女性が働きやすい職場環境を整備して人材を確保。従業員の「多能工化」を推進することで、生産性を落とすことなく、高い有休取得率を実現している。

非正規主体の人員、「入っては辞め」の繰り返しに

自動車用外装モール部品の二次加工に特化した事業を手掛けている
自動車用外装モール部品の二次加工に特化した事業を手掛けている

「うちの会社はもともと女性が多い職場だったが、改革を始める前は現場人員のほぼ100%がパート・アルバイト、派遣社員といった非正規従業員だった。仕事も残業が多く、なかなか長続きしない。入っては辞め、入っては辞めの繰り返しだった」と代表取締役社長の安藤寛高氏は振り返る。

エーピーシィは、安藤氏の祖父が1978年に設立。自動車部品メーカーが製造したモール基材を車両に組み付くように加工する二次加工に特化した事業を創業当時から続けている。モールは自動車のボディやガラスのつなぎ目などに取り付ける細長いプラスチックの部品。見た目を良くする役割に加え、雨漏りの防止や車内の気密性・静音性向上などに役立てられている。

安藤氏は2009年に大学を卒業後、中小企業大学校東京校の経営後継者研修を受講した経歴を持つ。そのころには父が経営にあたっていたが、経営は厳しい状況。当時、自身は事業を承継しようという思いはあまりなかったそうだ。大学を出て家業とほとんど関係がない会社にしばらく勤務。父から請われ、2012年、エーピーシィに入社した。入社後まもなく、取引先の部品メーカーに3年間出向し、「『家業を立て直したい』という思いが固まってきた」という。

そのころ、従業員は40人ほど。非正規主体の作業現場がさまざまなひずみを生んでいた。「従業員に一つの仕事を任せるが、結果的にその人しかこの仕事ができない、という状況に陥ってしまう。休まれると困るので、休めない。それを嫌って、会社を辞めてしまう」と安藤氏。人手不足から経験の少ない作業者を重要な工程に投入し、取引先から品質クレームを受けるような事態が起きていたという。

「何とかしないと…」 正規主体の業務体制に改革

女性従業員が約8割を占めている
女性従業員が約8割を占めている

「何とかしないといけない…」

出向先から2017年に家業に戻った安藤氏は、その状況を目の当たりにして業務改革に踏み切った。まずは、現場の人員構成を非正規主体から正規主体に切り替える必要があると考え、非正規採用でやる気のある従業員の正社員化を進める一方、ハローワークに求人を出し、新規の人材獲得に乗り出した。しかし、周辺には大手の工場が数多く立地。厳しい競争にさらされ、当初は見向きもされなかったそうだ。

そこで安藤氏は、経営理念を一新することに踏み切る。顧客向けから社員に向けたミッションに作り替え、企業のバリュー(価値観)に「ダイバーシティ」「多能工化」「休みやすい職場環境」を掲げた。周辺の大手・中堅の工場が男性をターゲットに求人している傾向があることから、女性を採用ターゲットに設定した。新たに見直した経営理念は、求職者へのアピールポイントでもある。新たな経営理念に関心を持って応募する求職者が少しずつ増えてきた。

「有休ポスト」を設置、気兼ねなく休める仕組み導入

働きやすい職場環境をつくろうと設置した「有休ポスト」
働きやすい職場環境をつくろうと設置した「有休ポスト」

理念は実行を伴わないといけない。「休みやすい職場環境」をつくるために「有休ポスト」という制度を導入した。

休憩室の一角にポストを設置。有給休暇を取りたい従業員は、記入した申請書をポストに入れるだけで有休を申請・取得できる。「この日有休をとりたい」と上司におうかがいを立てる “プロセス”をなくした。原則1週間前に申請を出してもらい、それに合わせて現場の人員を配置する。「家庭を優先したい、パートナーと一緒に休みを取りたい、という従業員は多い。休みも計画しやすいのですごく感謝されている」と安藤氏は語る。

さらに有休をとりやすい職場環境を実現するため、従業員の「多能工化」に取り組んだ。一人の従業員が複数の業務や作業をできる能力を備えてもらう。従業員の多くがいろいろな作業をこなせるため、どこかの作業工程に欠員が出た際、その作業ができる別の従業員を当てて、作業に穴が開かないようにできる。従業員も休みを取りやすくなるし、従業員が休みをとっても作業の影響をそれほど気にしなくて済むようになる。「休みやすい職場環境」をつくるうえで多能工化は必要不可欠なものだった。

多能工化を進めるため、多能工に対応できる従業員の人事評価を高くする仕組みを取り入れた。これまで一つの作業だけしかしていなかった従業員も率先してほかの業務ができるようスキルを積むようになった。また、新規採用の際も「多能工化」に対応できる人材の獲得を進めたという。

「今は10~15の工程をこなせる従業員はざらにいる」安藤氏。「毎年、2、3人ずつ地道な採用を続けていると、数年で全体の半数以上の従業員が多能工化に対応できるようになった」と胸を張った。エーピーシィの従業員の有給休暇の取得率は実に約90%。全国レベルが6割程度にとどまっていることを考えると、破格の取得率といえる。

ベテラン従業員からの引き継ぎ「2人なら怖くない」

「多能工化」が進み10~15の工程をこなせるのが当たり前に。資格取得も支援している
「多能工化」が進み10~15の工程をこなせるのが当たり前に。資格取得も支援している

安藤氏によると、多能工化が軌道に乗るまでは苦労だらけだったという。有休ポストを始めた当初は、一人の従業員が一つの工程の仕事しかできない「単能工」の状態。ほかの生産ラインにしわ寄せがくることもあり、残業が増え、従業員から不満が出ることもあった。安藤氏ら管理職が休みをとった従業員の業務を引き受け、残業して作業をこなすこともあった。

ベテランの従業員に任せきりにして属人化している業務も多く、その人がいないとどこに何があるかわからない。他の作業者に円滑に業務の引き継ぎができるよう保管場所を整理したり、作業方法をマニュアル化したりするなど作業環境を整備した。

ベテラン社員からの業務・ノウハウの引き継ぎでは、こんな工夫をした。

「1人に引き継がせるのではなく、同時に2人に引き継ぐ形をとった。引き継ぎの失敗例では、定年間際の社員に若手1人を充ててノウハウを伝えたが、その若手が辞めてしまい、ノウハウが断絶してしまった、ということが起きている。『2人なら怖くない』というのはキーワード。リスク対策だけでなく、引き継ぐ側の心理的・身体的なプレッシャーも下げられる」。

「多能工化」はさらに進化している。従業員の資格取得を支援。フォークリフトやクレーン、溶接の免許や衛生管理者、簿記など複数の従業員がさまざまな資格を取得している。これまで男性管理職が一人でやっていた業務を女性従業員に権限移譲できるようになった。「同じ生産現場での多能工化から他部署・他機能への多能工化と社員のスキルが広がっている。資格を持った従業員が増えれば、事業展開の選択肢も広がってくる」と安藤氏は語った。

多能工化が軌道に乗り、有休ポストをきっかけに残業や休日出勤も同様に「できない日」の申し出ができるようにした。「有休がコントロールできるということは、残業や休日出勤もコントロールしやすくなる」と安藤氏。管理表を作成し、事前に残業ができない日に「×」をつけ、定時に帰宅できるようになっている。

「サーバント型リーダーシップ」従業員と信頼構築

愛知県安城市にあるエーピーシィ本社
愛知県安城市にあるエーピーシィ本社

安藤氏が父から事業承継し、社長に就任したのは2019年。この年度には、愛知県が女性の活躍を推進している企業を認証する「あいち女性輝きカンパニー」の優良企業に選定された。当時、選ばれた企業の中で、唯一の中小企業だった。ダイバーシティを掲げるエーピーシィは外国人の採用も積極的に進めており、従業員の37%を占めている。

少子高齢化を背景にした人口減少に歯止めがかからず、人手不足は今後、さらに深刻化することが見込まれている。安藤氏は人手不足解消に向けて「従業員に対しても顧客に対するのと同様に地道な努力で信頼関係を構築することが必要だ」と説く。

エーピーシィでは、従業員から定期的にアンケートを取ったり、個人面談で要望を聞いたりして、できる限り要望を反映させる取り組みを行っているという。要望を反映させたことについては、掲示板などを通じてアピールしているという。

「従業員からの要望を放っておくと信頼関係は作れない。リーダーシップでいうとサーバント型リーダーシップ。召使い型だ。上下関係でこちらが上ではない。働いてもらうほうが上」と安藤氏。「人口減少による人手不足は会社の生死にかかわるほどの問題。担当者まかせにせず、社長が自ら動くことが大事だ」と安藤氏は訴えていた。

企業データ

企業名
株式会社エーピーシィ
Webサイト
設立
1978年10月
資本金
1000万円
従業員数
65人
代表者
安藤寛高 氏
所在地
愛知県安城市赤松町新屋敷264
Tel
0566-74-3881
事業内容
自動車用プラスチック製外装部品の製造